法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『戦慄の七日間』

第二次世界大戦の記憶も新しいイギリスのロンドン。首相以下、政府関係者があわただしく動いて、ひとりの原子力科学者の行方を探していた。
その科学者が首相に送った手紙によると、イギリスが核兵器を手放さなければ、持ち出した原爆を一週間後にロンドンで爆発させるという……


反核テーマを発端としてサスペンスを展開する1950年のイギリス映画。日本では第五福竜丸事件と同じ1954年3月に公開されたという。

戦慄の七日間 [DVD]

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いかにも社会的なメッセージ性を期待させる発端だが、劇中では科学者の主張は狂気におちいったためと理解され、さほど重く受け止められない。
どちらかといえば何度となく台詞で言及されるダンケルク撤退のように、人々が疎開することでロンドンが静止していくパニック性が重視された作品だ。
念のため、科学者が教会で祈りをささげる場面などもあり、けして反核メッセージを否定しているわけではない。そのようなメッセージをおりこんだこと自体が先駆的ともいえる。
しかし科学者のうったえは敵国にとどかない*1という反論ですまされ、物語はロンドンが危機を脱したところで終わる。良くも悪くも軽妙なサスペンスとして見るのがいいだろう。


現代に観て興味深いのは、美男美女で引っぱる物語ではないこと。序盤こそ科学者を追う男と科学者の娘が主人公のようだが、活躍といえるのは中盤の追跡劇と、終盤の事態収拾くらい。
物語の本筋は、官憲から身を隠そうとする老科学者と、その意図を知らず手助けしてしまった老女優の、ユーモラスなサスペンスにある。
今も自分が名女優と思いこんで煙草をふかす自立した老女の目をごまかしながら、老科学者はおとろえた肉体にむちうつように目的をとげようとする。


現代ならばパルクールを使いそうな追跡劇や脱出劇は古いアクション演出なりに悪くないし、老女優の言動が意図せぬ結果につながっていく展開もよくできている。
映像表現も、車窓を流れるテロップに始まり、老科学者の手配写真が街全体に貼られる面白味や、大規模な群衆の疎開*2無人となったロンドンの静止した情景*3、ビッグベンをカットバックしたタイムリミット演出まで、全体に見どころが多い。
さらにメッセージ性がある重苦しい場面があれば、もっと歴史を超えて言及される映画になったかもしれないが、これはこれで娯楽として完成している。

*1:単純に聞く耳を持たないというより、敵の権力者が情報を遮断して、メッセージが敵国民までとどかないという理屈。

*2:おそらく資料映像をモンタージュして疎開に見せかけているのだと思うが。

*3:動物だけが動いている寂しさがいい。