法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『キャビン』

休暇で山奥のキャビンへ向かう大学生5人。彼らの自動車がトンネルを抜ける時、横で飛んでいた鳥が見えない壁にぶつかる。そしてキャビンの地下室をひきがねに5人へ恐怖がおそいかかる……


主に脚本家として活躍してきたドリュー・ゴダード監督による2012年の米国映画。典型的なホラー映画の一幕から、はてしなく事態が拡大していく。

キャビン スペシャル・プライス [Blu-ray]

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正直にいえば、売り文句ほどの意外性を期待すべき作品ではない。映像ソフトパッケージ等のキービジュアルだけで展開に見当がつくし、冒頭に監視組織が映った時点でホラー映画的な状況を人工的に作っている設定が確定する。
これはジャンルへ自己言及することで、てらいなく定型をふまえつつ、隣接するジャンルへ移行していく作品だ。それが定型を少しずつずらした笑いと、娯楽としての見どころの多さを生みだしている。
古典に敬意をはらい、アナログな特撮手法を多用しているおかげで、映像ソフト特典のメイキングも見ていて楽しめる*1。特殊メイクや着ぐるみはもちろん、合成素材としてミニチュアまで活用している。素材のいくつかは自主制作レベルの手作りぶりで、それがまたホラー映画らしい安さで楽しい。


観察する人々が公務員のごとき真面目な立場にありながら、被害にあう若者を見世物のように楽しむ光景に、「イスラエルアイヒマン」のごとき印象を受けたりもした。新入りとのやりとりをとおして、その仕事で良心を痛めないためにあえて観客のようにふるまっていることも示唆される。
ジョークを飛ばしあう組織の描写は、近所の軍事基地で働いていた人々の記憶が反映されていると監督はいう。それが良心を切りはなした人々の描写にもなったと考えると、さらに味わい深い。若者たちが襲われる理由がいわゆる「トロッコ問題」になっていることも深読みを可能にする。


そして物語は、演者であった若者たちと観客だった組織の境界が打ち破られ、混沌としながらカタストロフを始める。この終盤の楽しさは比類ない。
それでいて、若者たちが危機を回避しつつ少しでも真実に近づいていく物語の方向性は明確で、物語を自然に追いつづけることができる。


全体の感想として、よくできた娯楽だ。ややキャビンでの襲撃シーンは暗すぎると感じたが、事態が明らかになってからは出し惜しみなく状況を見せていく。
社会派的な深読みを誘う導線を用意しつつ、娯楽にとどまって適度な歯ごたえを生んでいるのも悪くない。スプラッターも娯楽性を壊さないバランス。
設定の拡張性も高くて、そのまま違う場所を舞台としたオムニバスホラーなども作れるだろうし、結末のカタストロフから続編をそのまま作っても面白そうだ。
ただ一点だけ、てっきり「愚か者」と「処女」が若者以外から補充されるオチかと早とちりしてしまったので、ノーカウントだったのは残念に感じた。

*1:3DCGを使ったVFXのほうが簡単だという発言に、映画界の技術力の隔絶をあらためて痛感する。