法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『新感染 ファイナル・エクスプレス』

投資ファンドでチームリーダーをつとめる男がいた。仕事では冷徹に契約を進めるが、幼い娘とは何度も約束をやぶってしまう。うめあわせに、母に会いたいという娘の願いをかなえることに。
釜山行きの列車に乗るため、遠くの火事を横目に、男と娘は夜明けの街を走る。そして、さまざまな事情をもつ人々を乗せて列車が発進しようとした時、ひとりの女性が駆け込み乗車してきた……


2016年の韓国映画。アニメ出身監督*1らしく構図は精緻で、カット割りも細かいが、あまり韓国映画らしい狂気や暴力の過激さはない。ゾンビ映画として特別に設定が斬新というほどでもない。意外なほど全体のバランスがよくとれ、オーソドックスに伏線を回収する、どこまでもシンプルなアクションホラーだった。
映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』公式サイト
物語としては、必死に戦いぬく家族のドラマ。周囲の人間が他人を襲うクリーチャーへ変化していくなかで、父娘が、男女が、夫妻が、姉妹が、最も手近な者を守ろうとして、その手を少しずつ遠くまでのばしていく。
それでいて、単純に家族愛だけを押しつける嫌味もない。父娘と同居していた祖母の顛末や、いくつかのゾンビの脅威を拡大させる出来事で、家族の絆が無批判に肯定できないことも描いていく。逆に孤独な人間も気高く勇気をふりしぼる瞬間がある。
そうして群像劇らしくひとりひとりが魅力的に描かれ、資本主義の邪悪さなどの社会派テーマをおりこみながら、父が娘を見ていることを信じさせる物語へと収束し、映画は美しく閉じられた。


3DCGを中心としたVFXは、娯楽活劇へ没入させるクオリティは充分あるが、明るい場面が多いことや、明らかに危険だったり困難なカメラワークであることから、実物との区別はつけやすい。クオリティを高めて実物となじませて興奮が抑えられてしまうよりも、明らかに作りものとわかっても派手な娯楽性を優先するという判断が感じられた。いうなれば「不気味の谷*2に対する「ゲームの山」といったところか。
大挙して襲ってくるゾンビは間違いなく脅威だし、事態に気づかない人々の動きが惨劇を予感させるが、デートムービーとして成立しそうくらい怖さは抑えている*3。ゾンビは迷わず走ってくるため、不安を肥大させるタメが少なく、群衆や風景にとけこんでから現れるような驚きもない。主人公たちが直面するゾンビより、つかみかかったヘリから落下してくるゾンビの劇中映像が斬新で、ずっと怖いくらいだ。
どちらかといえば車内の構造を利用してゾンビの弱点をついていくゲーム性や、車外の情報が切断された状態で事態が拡大していくパニック性で、アクション重視のエンターテイメントとして成立させている。特に、ありえない強さで男たちがゾンビの群れを突破していくシーンは、つい笑ってしまうくらいのカタルシスにあふれていた。


ちなみに、日本公開前から各国映画祭で絶賛されて『釜山行き』という原題で注目されていたこともあり、韓国映画という出自やゾンビ映画というジャンルが隠された邦題が批判されていた。
「邦題は『釜山逝き』じゃダメなのか」「いやそれもダジャレじゃねえか」 - 法華狼の日記
不評を意識してだろうか、邦題は配給会社などがクレジットされるより前、テロップのように表示されていた。しかし内容を見ると、「新感染」という部分は、それなりに考えられたダブルミーニングと感じられた。
まず、父娘たちが乗る高速鉄道KTXは、もともと形状やカラーリングからして、ひかりやこだまによく似ている。さらに山がちな地形を高速で走る日本の新幹線と同じく、釜山行きの路線はトンネルが多くて、それがゾンビと戦う時のポイントとなり、心情や状況のメタファーとしても活用される。
また、この作品は全ての死体がよみがえってゾンビになるタイプではなく、感染によって生者がゾンビとなっていくタイプ。しかも潜伏期間がまちまちであるため、疑心暗鬼を生みだしていく。マイノリティのメタファーとして、死者と生者の境界がドラマとなる。
一方で、「ファイナル・エクスプレス」という部分は、誤解をまねくどころか、はっきり間違いといっていい。あらすじで説明したように、この映画は1日の始まりとともにゾンビが蔓延していく。つまり最終列車よりも始発列車のイメージが正しい*4。それに中盤で他に動いている列車も印象的な登場をする。
もちろん物語は妻のいる釜山へ行くという目的からぶれることなく、さすがに原題が最も内容に適合している。それを考慮して邦題をつけるなら、やはり「新感染 釜山行き」や「屍殺列車 釜山行き」といったタイトルになるだろうか。そうならなかったことが残念でしかたない。


また、ゾンビが蔓延していく世界を列車でつっきるという設定は、同じ2016年に日本で制作されたTVアニメ『甲鉄城のカバネリ』を思わせる。
劇場中編アニメーション「甲鉄城のカバネリ ~海門決戦~」公式サイト| 2019 Spring on screen
先述したように感染とその境界がポイントとなるゾンビ設定や、高い身体能力と一種の協力体制でゾンビが脅威となるアクションホラー性や、死者と生者の境界がドラマの要点になるところなど、似ているディテールも複数ある。
もちろん『甲鉄城のカバネリ』は停車した場所ごとでエピソードが完結する『銀河鉄道999』的な和風ファンタジーSFであり、列車の内と外で問題が同時進行していく現代ホラー映画とは物語の構造から違う。それでも同時代にゾンビを描いた作品として、共通点が少なくないことが興味深い。

*1:前日譚もアニメ映画として制作された。『新感染 ファイナル・エクスプレス』のヨン・サンホ監督によるアニメが興味深い - 法華狼の日記

*2:CGで人間を作る時、デフォルメされたデザインからリアルに近づけていくと、途中で不気味さが増すという問題のこと。

*3:私が観賞した劇場では、恋人らしい姿がいくつもあったし、悲鳴もあがらなかったが、泣けたという感想を上映後に小耳にはさんだ。

*4:中国語圏の「屍殺列車」というタイトルが「始発列車」の音に近いが、ひょっとして中国圏においてダブルミーニング的な効果があるのだろうか。