法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『テキサス・チェーンソー ビギニング』

食肉処理場のゴミ捨て場に、醜い赤子が捨てられていた。その赤子は社会から隠れるように解体職人として育ったが、食肉処理場が閉鎖されてしまう……
一方、米国南部へと向かう自動車があった。ベトナムの戦場へ戻ろうとする兄弟と、それぞれの恋人が乗る自動車は、暴走族にとりかこまれてしまう……


伝説的ホラー映画『悪魔のいけにえ*1を2003年にリメイクした『テキサス・チェーンソー』。その前史として新しいスタッフが制作し、2006年に公開された米国映画。
テキサス・チェーンソー  ビギニング : 角川映画
新人を応援する目的でマイケル・ベイ監督がつくった低予算映画会社プラチナムデューンズの3作目であり、ジョナサン・リーベスマン監督はこれが長編2作目。とはいえ現代ハリウッド水準の低予算なので、フィルムの粗さすらも歴史に残る要因となった『悪魔のいけにえ』ほどの異形性はない。
また、前史というには怪人の誕生は早々に終わるし、精神性がゆがむ過程はほとんど描かれない。あくまで連続殺人事件の序盤を描きつつ、前作の登場人物の設定に説明をつける描写がところどころあるだけ。全体としては、オーソドックスに若者たちが惨殺されるホラー映画となっている。


人体破壊描写は多く、それ自体のリアリティは高いが、さすがに『悪魔のいけにえ』ほど怖くはない。誰が悪意を持っているのか観客にあらかじめ知らされているし、安心した瞬間に怪人が襲ってくるシチュエーションも古典的な描写ばかりで驚けない。なかなか自動車のエンジンがかからない描写など、パロディやオマージュにしても古臭い。
かといって、愚かな若者たちが無残に死ぬことでカタルシスをおぼえさせるような、悪趣味なスプラッタ―映画とも異なる。特にメインの被害者となる4人組は、弟と恋人が徴兵逃れでメキシコへ逃げようとする一方、勇敢な兵士であろうとする兄も弟を愛して怪人からかばおうと全力をつくす。


どちらかといえば、若者たちが協力してトラブルにあらがおうとするアクションホラーとしての面白味が強い。
怪人レザーフェイスがまだ殺人になれていないこと、戦闘力の平凡な人間が殺戮を主導していること。何より、怪人一家の半分は老いて戦えないことに対して、若者側はベトナム戦争帰りや暴走族のように肉体的な強者が多く、逆転できそうな場面がいくつかある。怪人の家での騒動や、食肉処理場を舞台とした逃走劇は、けっこう楽しくはあった。
ベトナム戦争と同じように世相を表現する暴走族も存在感があり*2、初期から状況を刺激しつづけて、同種の映画に比べて中だるみが少ない。4人組が目的地にたどりつく前からトラブルに巻き込まれる展開の早さは娯楽作品として間違いなく長所だ。
ただし、企画との致命的なギャップが解消されないため、アクションホラーとして満足できる域には達しないまま終わった。そもそも連続殺人の初期を描いた作品なのだから、怪人一家が生きのこって殺戮をつづける結末は確定している。それでも4人組がメキシコへ逃げて事件を忘れる結末を示唆していれば、メインが生きのこるかもしれない期待をもてたのだが、そういう語り口調ではなかった。
ちなみにDVD付録のエンディング別バージョンのひとつは、最後に殺される場面を暗示にとどめて、若者の家族は事件を知らずに帰りを待ちわびるというもの。空気感が実際のエンディングよりも好みだったし、同じ方向性で工夫をすれば、最後まで手に汗をにぎる展開になれたかもしれない。