法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『海賊とよばれた男』

大正時代、国岡鐡造という男が、他の商店の縄張りをふみこえるため、海上で漁船に燃料を売っていた。規模を拡大した国岡商店は、統制会社ににらまれながら満州や外地へ手をのばし、敗戦後は日承丸というタンカーをつかって海外の石油メジャーに対抗することに……


出光興産の勃興期、特に日章丸事件*1をモデルとして小説化した百田尚樹の同名作品を、山崎貴監督が2016年に実写映画化。

海賊とよばれた男(完全生産限定盤) [Blu-ray]

海賊とよばれた男(完全生産限定盤) [Blu-ray]

約2時間半に枠を拡大した「金曜ロードSHOW!」で視聴した。もとの映画も約2時間半なので、かなり描写が削られていると思われる。
事実、予告などで存在した大空襲時の空中戦が放映版では存在しない。なので以下の感想は、あくまで短縮された放映版に対してのものだ。


まず、これまで技術を蓄積してきた白組のVFXとは思えないほど、映像に力がない。戦前戦中戦後のさまざまな情景をすべて再現するにはリソースが足りていないように見える。
特に残念なのがファーストカットのB29で、1999年の『白痴』での3DCGらしからぬ重量感や、2005年の『ローレライ』のミニチュアの存在感におよんでいない。つかみとなる冒頭はもっと力を入れてほしかったし、敗戦から再起する物語にしたいなら廃墟化した都市から導入してもいい*2
初期の国岡商店も、何度も全体を映そうとするため、1階だけセットを作って他を合成で処理したことがカメラワークから見当がついてしまう。いくら重点ではないとはいえ、『ALWAYS 三丁目の夕日』のような驚きと広がりが画面に存在しないことがさびしい。
SFX/VFX映画時評 -海賊とよばれた男(2016年12月号)-

一方、中盤の雪に埋もれた満州と機関車は悪くない。終盤の日承丸にいたっては、3DCGながら質感も重量感も完璧で、進水式から強行策まで戦後の物語を支えるだけのクオリティはある。クローズアップでも違和感のほとんどない特殊メイクも感心した。
制作リソースが足りないのなら、特撮に力を入れる場面とそうでない場面のメリハリを強めて、クオリティの高い部分だけが印象に残るよう物語レベルで構成してほしい。後述のように、映画は満州と日承丸に物語をしぼるべきだったと思う。


次に、あくまで短縮された放映版とは理解しつつ、物語が構造のレベルで感心できない。
まず、はげしく時系列を前後させて情報量を圧縮しようとしているが、あまりに困難と克服のサイクルが短すぎる。いきなり難題がつきつけられたかと思えば、たいてい5分後に乗りこえてしまう。それも乗りこえかたに工夫が見られない。
海上を小舟で封鎖した商売敵は強引に突破し、巨大タンクの底に残った石油は社員が人力でかきだすゴリ押し。統制会社の妨害に対しては、戦中は陸軍の、戦後はGHQの指示ではねのけるという、より強い権力だのみ。
工夫と努力が描かれるのは、満州という地域の特殊性で、海外の石油メジャーに対抗した局面くらいだ。ここだけは技術的に困難を乗りこえつつ、政治的に敗北して挫折が戦後まで尾を引く。この映画では珍しく、あからさまなりに伏線が機能する。
また、主人公の大目標にあまり一貫性がないという問題が物語の構造をゆがめている。国岡商店を拡大して維持するため日本国内のさまざまな制約に反抗したいという心情と、日本という国家を再起させるため海外の石油メジャーに対抗するという心情。主人公の国家に対する心情のブレが、時系列を前後させていることもあってバレてしまっている。
敗戦から後者へ変化したドラマというには、少なくとも放映版からは読みとれないし、戦後も統制会社が国岡商店の足を引っぱる部分がノイズとなる。


根本的なことをいえば、愛国的なテーマが好みでないし、そもそも日本が侵略した満州や外地の権益をとられたからと対抗心を起こす主人公は身勝手なわけだが、まったく被植民地を描かないことで物語として一貫性はある。
だからそれと同じように、日本という国家を再起させるため海外の石油メジャーに対抗する心情に主人公のテーマをしぼるべきだと思うわけだ。満州での挫折が敗戦後の再起をへて、日承丸で解消されるという構成が明確になろう。
国内の統制会社については、主人公の愛国心を理解せずに足をひっぱるくらいの位置づけにすればいい。主人公の対立勢力が面と向かって相手を見くだし仕事を邪魔するという、似たり寄ったりなキャラクターなことも、困難と克服のサイクルを単調にしている。
きちんとテーマをしぼれば、侵略された第三国などの視点をエクスキューズ的に入れる余裕もできるだろう。そこからイランとの取引きを、強国にしいたげられた人々への一種の贖罪に位置づけてもいい。


比べると、同じように戦中から戦後の激動をひとりの視点で描いた韓国映画『国際市場で逢いましょう』の巧妙さがよくわかる。
『国際市場で逢いましょう』 - 法華狼の日記
大規模な情景をファーストカットで印象づけて、以降はよく見ると省力しているカットも多いのに、制作リソースの不足を感じさせなかった。
保守的な現状肯定をテーマにしながら、愛国的な描写のようなノイズは除去して、市井の主人公ひとりの心情によりそうことで、外国の観客としても見やすかった。

*1:イランとの直接取引で世界で初めて石油製品を輸入した「日章丸事件」 - 歴史 - 出光興産

*2:実は、放映版で削られた場面として、燃料不足で迎撃機が飛べないというシークエンスがあるので、つかみに大空襲をもってくる必然性はあるのだが。