法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『劇場版 HUNTER×HUNTER―The LAST MISSION―』

ゴンとキルアのコンビは天空闘技場へ観戦に来た。そこでの師匠ウイングに招待され、友情をはぐくんだ兄弟子ズシの活躍を楽しみに。しかしトーナメントが始まる直前、謎の敵集団が襲撃する……


人気漫画『HUNTER×HUNTER』を原作とする映画の第2弾で、第1弾と同年の2013年12月に公開された。完全なアニメオリジナルストーリーとなっている。

マッドハウス制作のTV版と並行して制作するためにか、映画第1弾とも異なるスタッフが登板。
監督の川口敬一郎はどの映像化もスタッフとしてかかわったことがない。脚本の岸間信明は過去に日本アニメーションが制作したTV版でシリーズ構成をつとめつつも、マッドハウス版には未参加。
川口監督の色が出ているのか、かなり陽性な作りで、主人公所属組織の恥ずべき歴史を基盤にし、さまざまな自己犠牲を描きながら、重苦しさがない。そしてアニメオリジナル設定で原作の根幹的な設定に手を入れてしまっている。
陰鬱さを目指しつつ原作には影響を与えないような設定にしていた映画第1弾とは、良くも悪くも対照的だ。
『劇場版 HUNTER×HUNTER 緋色の幻影』 - 法華狼の日記

序盤のかなり陽性な雰囲気を強調したTV版に比べて、陰鬱さを増した映画版は好みのはずなのだが……残念ながら宣伝で期待した内容とストーリーの主軸がまったく違っていて、最後まで違和感がつきまとった。

オリジナルストーリーで幻影旅団を活躍させつつ、原作ストーリーに影響を与えないよう人形で現身を作る敵の能力はアイデアだが、性格は死ぬのでドラマは作れないし、頭脳戦も展開できない。


とりあえず、原作との距離感をつかみにくかった第1弾と比べて、原作とは別物と理解すれば期待より楽しめる娯楽作品ではあった。
舞台をひとつの建造物に制約して登場人物を整理し、因縁の対立構図を単純化したことで、物語としてまとまりはある。ゲストのタレント声優も、感情を押し殺したキャラクターを演じて早々に退場したり*1、意外な芸達者ぶりで楽しませてくれたり*2、かなり上手に使っている。


何より良かったのが作画で、格闘戦を楽しむ舞台にふさわしい見どころを生んでいる。
クレジットされたコンテや演出やアニメーターの数から見てもスケジュールは大変だったろうが、かなり高水準を維持していて、全体の統一感もある。
まず、エフェクト作監協力として冨岡寛がクレジットされているが、たしかにエフェクトの動きが全体的に良く、冒頭の爆発からして立体的で細かくて映画らしいスケールを感じさせる。そこにいたる3DCGを利用したカメラワークも画面をリッチにしている。
川口監督によるTVアニメ『SKET DANCE』のコンテ演出からキャリアを積んだ吉原達矢*3もコンテ演出で参加し、おそらく懇意にしている中山竜とともに中盤のエレベーターシャフトの戦いを担当。WEB系*4らしい若々しいフォルム重視のアニメートが楽しめた。
終盤の暴走ゴンによるアクションも、きっちり濃厚な絵柄と長い1カットで見せる複雑な殺陣、暗い情景に飛び散る火花まで、よく画面が設計されている。


ただ物語は、やはり原作の根幹に手を入れすぎではないか、と感じてしまった。
原作にクルタ族がいるように、歴史に滅んだ別の人々「影」がいたという設定は悪くない。その「影」をかつて主人公の所属組織が使い捨てて、その復讐心で動いているというのもいい。しかし、その人々が持っている「怨」なる能力の設定はいただけない。
原作は「念」という能力をさまざまな人々がもち、その性質のあらわれる方向性で多様な特殊能力を獲得する。かなり複雑に相性や限界を設定していて、頭脳戦が成立するよう万能性を排した設定だ。それをすべて上回るかのような「怨」を、原作者でもないのに設定してもいいのか、そのような設定が後の展開と矛盾しないのか、どうしても気にかかる。
「怨」の性質がはっきりしないため、戦いも全体として力押しになる。エレベーターシャフトの戦いだけは、トンチを使っていて伏線も機能していて悪くないが……
せめてクルタ族と同じように、あくまで「影」も使うのは「念」で、その特殊性の通称として「怨」と呼んだと説明すれば良かったろうに。敵の能力を無闇に強くしなくても、その血塗られた過去だけで映画のストーリーは問題なく成立する。


もうひとつ、原作との整合性を考えた時に致命的なのが、主人公組織の会長ネテロをもちだしたこと。
同時期のTV版で映像化されていた「キメラアント編」において、ネテロというキャラクターは個人として物語世界における最強の存在であり、作品の天井の基準となる象徴的な位置づけがされた*5。たかが不意打ちしたくらいで拘束できたり、映画で使い捨てる敵を同等より少し落ちるライバルに設定したり*6していいキャラクターとは思えない。
それほど強く、かつ原作の主軸にいるネテロゆえ、過去の過ちをふみこんで描写することもできない。そこでネテロより後に大規模な「影」の抹殺を命じたガルシアというキャラクターを別に出したわけだが、ただ組織で権力をもつだけの一般人なのでクライマックス以前にあっさり退場してしまった。
同じ関係構図でも、ネテロは天空闘技場とは違う場所にでもいて、過去の因縁もあって最初から戦いに参加できない立場にしておくべきだったと思う。新たな悲劇の原因となったガルシアがクライマックス前に退場したため復讐のドラマが弱くなり、クライマックスでネテロが参戦するため主人公の存在感が薄まる。
また、そのような物語最強のキャラクターを使いながら天空闘技場が舞台というところも、映画公開時には違和感があった。後に原作で別の最強クラスのキャラクターが戦う舞台になったりはしたが、それ以前は主人公コンビの修行の過程のひとつにすぎない印象で、映画でもトーナメントの出場者は「影」にあっさり全滅させられてしまう。


全体として、原作本筋に悪影響を与えないようスケールを小さくしすぎてつまらなくなった第1弾に対して、それなりに楽しめるがスケールを大きくしすぎて原作の根幹を変えるような設定をつかった第2弾といったところか。

*1:山本美月が敵の少女を演じているが、抑揚のない性格と理解できるくらいの演技は成立していて、棒読みで浮いたりはしない。ちなみに、映像ソフトの特典ディスクに収録された舞台挨拶で、アフレコ時に絵ができていなかったことに驚いたことを語っていて、全体の制作状況もうかがえる。

*2:キャイ〜ン天野ひろゆきが知的な美青年を演じて、オーディオコメンタリーで自虐的に正反対のキャラクターと語っていたが、下手な新人声優よりアニメになじんでいるくらいで、かなり出番が多いのに違和感がない。

*3:厳密には『怪物王女』のOADのおまけコーナーが初コンテらしい。吉原達矢 - 作画@wiki - アットウィキ

*4:インターネット発の新たな作画のスタイル、およびそれを使う若手アニメーターの通称。

*5:『HUNTER×HUNTER』第125話 ブノツヨミ×ト×ブノキワミ/第126話 ゼロ×ト×ローズ - 法華狼の日記

*6:そもそもキメラアントのボスとの頂上決戦時の回想を見るかぎり、ライバル的な存在が過去にいなかったように感じた。