法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『アシュラ』

アンナム市の再開発をめぐって、ポピュリスト市長パク・ソンべはさまざまな策謀をしかけ、多くの勢力を操っていた。
ソンベの汚れ仕事を引き受けていた刑事ハン・ドギョンは、ひょんなことから検察のスパイになることを強いられる。
検察官ド・チャンハクと市長パク・ソンべの板挟みになりながら、ドギョンは逃げ場を失っていく……


同名の3DCGアニメ映画も良かったが、こちらは2016年の韓国映画。歴史アクション『MUSA-武士-』のキム・ソンスが監督と脚本をつとめる。

とにかく凄いのが、平均して重く暑苦しい韓国ノワールにしても、悪党しか出てこないこと。
誰もが登場時の印象から悪化するか、せいぜい維持するだけで、好転する局面がひとつもない。どれほど血みどろなノワールであっても、一瞬だけ良心を輝かせる登場人物がどこかにいるのが定石だが、この映画では信念をもっていたように見えた人物も例外なく闇に落ちていく。
地上げ問題から社会派テーマにつながるかと予想して、実際に意外な人物の善良さが発揮されるかと思いきや、むしろあらゆる勢力が街を私物化する悪党でしかないことを暴いてしまう。
さすがに主人公ドギョンだけは重病の妻のために悪事に手を染めていることが示唆されるが……それを前提にキャラクターを理解しようとすると、すぐにそれをくつがえす情報が検察から提示されてしまう。


しかも悪党にしても全員の頭が弱くて、いわば幼稚園児の群れに対して中学生レベルの権力者が無双しているような状態。カンシャクを起こして水をズボンにこぼしながら、下半身裸のまま権力をふるうソンベは、いっそ小学生レベルか。
ドギョンも頭が良さげなのはモノローグくらいで、行動は最初から最後まで場当たり的。それを象徴するのが、映像表現としてはスタイリッシュでVFXもきわめて高水準なカーチェイス*1。始めるドギョンにとっても利益がなく、ただの怒りまかせの暴走でしかない。それが物語において誰も得しない真相をあばいてしまう。


そのような悪党同士の出口が見えない衝突が、最後は主人公の思いつきから強引に幕引きされる。
そこから始まる血みどろの全てを巻きこむ暴力は痛々しく、舞台状況もあって閉塞感がつきまとう。それぞれの想いが分断され、同時並行で挫折と堕落をくりかえす。
しかしその光景は同時に、全てを終わらせるカタルシスに満ちていた。

       *'``・* 。
       |     `*。
      ,。∩      *
     + (´・ω・`) *。+゜  もうどうにでもなーれ
     `*。 ヽ、  つ *゜*
      `・+。*・' ゜⊃ +゜←血飛沫
      ☆   ∪~ 。*゜  
      `・+。*・ ゜

つきぬけた破壊が、もうそれ以上は悪くなることがないという、かわいた笑いを生みだす。そう感じさせるだけの映像の力がたしかにあった。
エピローグを長くしがちな韓国映画にあって、すべてが終わってすぐエンディングに入ったことも効果をあげている。

*1:1カットでフロントガラスをつきぬけるカメラワークは3DCGだけにたよらず、セットや合成を複雑に併用していて、メイキング映像がけっこう楽しい。아수라: Asura: The City of Madness (2016) Show-reel on Vimeo