法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『隻眼の虎』

朝鮮半島を支配していた日本軍は、各地で大規模な虎狩りをおこなっていた。そして「山の神」と恐れられる片目の大虎をめぐって、伝説の猟師たちが山に登るが……


2016年の韓国映画。『新しき世界』*1パク・フンジョンが監督と脚本をつとめ、虎狩りをめぐる人間模様を寓話的に描く。

隻眼の虎 [DVD]

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作戦を命じる日本軍将校を大杉漣が演じる。韓国俳優が日本兵*2として日本語をしゃべる作品なのだが、それに合わせたような抑揚で大杉漣もしゃべって、違和感ある発声を時代性の表現のように感じさせた。あえて演技の質を落とすことで作品全体の世界観を調整したのならば、その名優の技巧に感嘆するしかない。
狩猟の対象となる獣は3DCGで表現。狼や小虎は悪くないのだが、主軸となる巨虎は疾走感は良いものの重量感や質感がところどころ気になる。『オクジャ』の巨豚が素晴らしかった4th Creative Partyの仕事だが、残念ながらこの作品ではまだまだ発展途上といった印象が残った*3

しかし映像としては全体に一貫性があり、序盤で質感を納得できれば後は問題を感じさせない。
基本的に舞台は何もない森林で、たぶん新設セットは少ないのだが、貧しい社会を描きながら映像に貧乏くささがない。VFXも活用した多様なロケーションに、広い山林をながめまわすカメラワーク。それが虎との戦闘で破壊されていく情景は大作感がある。セットも映す時間に比べて規模が大きく、きちんと作りこんでいて見ごたえがある。
服装も、生活感ある猟師と、廃業して薄汚れた主人公に、制服で活動する日本兵で、社会階層を絵として見事に表現していた。


物語は、凄腕ながら挫折した主人公父子と、虎への復讐にはやる猟師と、山の掟を守りつつ中庸にふるまう猟師、その三者三様の生き様をドラマチックに描いていく。
設定から受ける先入観とは異なって、抗日的な内容ではない。もちろん現代の韓国映画で侵略者への単純な抵抗を描くことはまずないが、根本的に物語の構造が違うのだ。
たとえば「不逞鮮人」を山狩りした部隊が虎狩りに投入される局面もあるが、そこから虎を支配にあらがう人々になぞらえたり、猟師を侵略の尖兵になった人々になぞらえたりしない。
無茶なイベントを暴君が命じて、そのミッションに向きあうキャラクターの温度差で群像劇を作りだす。これはそんなパターンの物語だ。朝鮮半島で映画になるような狩りがおこなわれた時代で、歴史劇の王様や殿様にあたる権力者をさがすと、日本軍の現地将校になるというだけ。
だから現地猟師も日本兵も平等に自然の猛威にさらされ、現地将校は戦いをへて一抹の無常感をただよわせる。憎悪も希望も哀愁も、すべて自然が塗りつぶしていく……

*1:『新しき世界』 - 法華狼の日記

*2:元朝鮮人の日本兵もいて、日本語の下手さが強調されている。

*3:映画のCG制作会社「フォース・クリエイティブ・パーティー」では賞賛されているが、むしろ副社長インタビューで「イヌ、その後の作品でオオカミ、ネコなどを作った技術が蓄積して、トラをつくることができました」と語られていることが、小型の動物に比して虎が甘かった背景として理解できた。