法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

「キモくて金のないオッサン」というだけなら「救うべき綺麗な弱者」だが、この匿名記事はそうではない

まず「金のない」は当然に貧困問題として、「キモくて」が外見を指しているならルッキズム、「オッサン」が年齢への低評価ならエイジズム……どれも社会がとりくむべき差別問題であることに間違いない。
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ルッキズムとは「外見に基づく差別・偏見」という意味で、レイシズム(人種差別)やセクシズム(性差別)から派生する形で70年代末から使われ始めた、比較的新しい言葉だ(オックスフォード英語辞典より)。

エージズムとは - コトバンク

年齢による差別。特に、高齢者に対する差別。


しかし「キモくて金のないオッサン」という属性をもちだす人は、しばしばそれが他の属性より無視されていると主張し、全ての属性が救われなくてもいいと主張する。この匿名記事もそうだ。
「弱者を救えば最終的には貴方も救われる」は本当か

福祉の削減や、弱者の切り捨てに賛成する人間の事を、「正しい損得勘定勘定のできない人間」というニュアンスを込めて、「肉屋を支持する豚」と呼ぶ事があるが、本当にそうだろうか?

福祉の恩恵を受けることがない立場は、現代社会において「肉屋」になぞらえられる階級か、よほど立場の弱い外国人くらいだろう。あまりに当然すぎて実感がないのかもしれないが。

ではLGBTや外国人を救う事はどうだろうか?自分がそうなる事はまずないであろう人間がそのような属性の人間を救う事に意味はあるだろうか?

例えば「キモくて金のないオッサン」のような「救うべき綺麗な弱者」として認められる事は決してない人間が、女性やLGBTや外国人が今よりも生きていきやすい社会の実現に協力する事は本当に得だろうか?

ここで匿名記事は弱者の分断に加担している。それこそが批判されるべきことであって、「キモくて金のないオッサン」は批判されるべき理由ではない。念のため、批判されるべきであっても、もちろん人権を失うわけではない。


そもそも、匿名記事は明らかな嘘をついている。
「自分がそうなる事はまずないであろう人間」が社会に救済されることに意味がないという主張を延長すれば、それは他の「キモくて金のないオッサン」への救済にも意味がないということになる。
キモくて金のないオッサン」という属性が同じだけで、自分が他人になることはない。匿名記事が自身の理屈にしたがうならば、自分だけでも救ってほしいと主張するべきところだ。それならばそれでいいのだ。