法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『太平洋奇跡の作戦 キスカ』

第二次世界大戦において、アリューシャン列島の一部を日本軍が占領していた。
しかし日本軍は戦線を縮小し、占領の戦略的な意味が失われたあげく、アッツ島の部隊が全滅。
残ったキスカ島の部隊も、全滅は必至と思われた。そこに濃霧を利用した撤退作戦が立案される……


1965年に公開された東宝戦争映画。丸山誠治監督に円谷英二特技監督というスタッフワークで、日本軍が珍しく人命を尊重した逸話を映像化した。

映像はモノクロのシネマスコープだが、娯楽作品として充分に現代の視聴にたえるだろう*1。富士山麓の湖を海岸に見立てて、撤退を待つ数千人の兵士を並べた光景は大作感がある。
たびかさなる米軍の爆撃もしっかり映像化。最近にDVDで見返すと、爆発は特撮ではなく実景を用いているようにも見えた。しかし同時に人間が映る場面の少なさに、ミニチュア爆破らしさを感じないでもない。地上の爆発についてはミニチュア特撮がよくできているのか、荒野を爆破するリソースくらいは当時の東宝に存在したのか、区別がつけにくい。
濃霧を進む艦船はさすがにミニチュアとわかりやすいが、これもハイビジョンテレビの大きな画面で見ると、逆に細部の粗が気にならない。円谷特撮には珍しく、艦船に人間を合成した場面が多くて、濃霧を進む苦労がよく表現されている。合成による色調の違いは、モノクロのおかげで目をつぶれる。
成功した作戦とはいえ全体が敗北したことによる撤退であり、じりじりとした華のない場面も多いのだが、結果として古い映画らしいテンポが気にならない。


物語としては、戦争全体から見ても不快感を持ちにくいところがいい。私個人としても、戦争映画ベストテン企画の実写ランキングで1位に推したことがある。
戦争映画ベストテン〜実写限定〜 - 法華狼の日記
撤退する占領地が米国の一部というところからして、ガダルカナルなどの撤退作戦に比べれば前提への嫌悪感がわかない。何もない荒野の基地で戦闘が終始するため、少なくとも映画では民間人が巻きこまれていないことも大きい*2。局地の撤退戦にすぎず、戦争全体への批判的な視野などは描かれないが、逆に戦争や犠牲を正当化する場面もない。
作戦を開始したいがために気象予報を楽観的にねじまげようとする場面もいい。もちろん指揮官に科学的な態度の大切さを指摘されるわけだが、太平洋戦争を始めたことへの批判としても成立している。
ただし上記もふくめて上層部は美化されすぎているというか、撤退作戦の指揮官はもっと昼行燈的に演出してほしい感はある。三船敏郎はヒーローとしてしか演じられないわけではない。それでも釣りをつづけて濃霧を待つ場面や、艦船を撤退作戦にまわしたため地上に移った指揮所の不平不満などは悪くなかったが。

*1:Amazonビデオで予告映像を公式で見ることができる。

*2:もともと数十人の民間人しかいない島だったため、日本軍の占領時にも大きな犠牲は出していないという。