法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『劇場版 花咲くいろは HOME SWEET HOME』

いつものように喜翆荘で働く主人公。そこにライバル旅館の娘がころがりこんでくる。友人として受けいれ、ともに喜翆荘で働こうとする。
やがて主人公たちは物置で日誌を見つけ、喜翆荘をめぐる母と娘のドラマを知ることになる……


ちいさな宿の過去と未来を描く、2013年のアニメ映画。2011年に放映されたTVアニメの番外編として、スタッフが続投して制作した、1時間6分の中編作品。
「劇場版 花咲くいろは HOME SWEET HOME」公式サイト
仕事の苦労にとどまらない個々人の愚かさも描いているが、それを肯定しないことははっきりしている。あいかわらず主人公の祖母は体罰を多用するが、それは必要悪ではなく欠点にすぎない*1
そのような苦しくも楽しい現在の過去として、華やかな時代の喜翆荘と、主人公の母と父の出会いが描かれる。
TVアニメ版で主人公を旅館へ押しこむ役割だった母だが、劇場版で実質的な主役となる。主人公と観客は、日誌を読むことで母の心情を追体験する。
少女時代の母は、家族のしいたレールに反発して外の世界にあこがれる。喜翆荘に泊まった父に、都会人らしい輝きを感じて、かけおちしようと考える。しかし出ていく直前に女将の働く姿を見て、家族への尊敬をとりもどす。ここまでなら、家族を描いた映画として、古典的で抑圧的な展開にすぎない。だが母は、働く親のすがたを見て、ひとりの人間として敬意をもち、それゆえに家を出ることを決意する。
強い親に依存するのではなく、愛着ゆえに同居するのでもなく、人格を認めたからこそ対等に自立する。それを確認しつづけるように、いくつもの時系列において走る母の姿がかさなりあう。その情動のもりあがりは期待をこえ、かつ納得できるものだった。
ほころびゆく共同体の再生を描くがゆえに、いったん共同体を解体したTVアニメ版。後日談として、より共同体を懐疑して、根本にたどりつこうとした劇場版。同一テーマの深化という観点でも興味深かった。


映像面で良くも悪くも印象的なのが、劇場版というにはTVアニメ版と違いがないところ。
理由のひとつは、TVアニメ版がP.A.WORKS制作らしく整った作画と緻密な背景美術をたもっていたため。おそらくデザインレベルで密度を変えなければ、映画らしいビジュアルの向上を感じない。1年以上たっても絵柄の変化を感じないのは、逆にすごいことではあるが。
理由のもうひとつは、コンテを切っている安藤真裕監督が、見せ場でクローズアップを多用しがちなため。TVアニメ版がTVアニメとしてはロングショットを多用していたため、結果として印象が似かよっている。
とはいえ、時系列をいききしながら複数の決意が重なりあっていく終盤、そのたたみかけは見事なもの。いくつかの場面ではTVアニメ版より複雑な地形や難しい構図があり、しかし距離感やパースが適切で、空間の実在感があったのも良かった。

*1:くわしくはTVアニメ全体の感想で書いた。『花咲くいろは』雑多な感想 - 法華狼の日記