法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

アングレーム国際漫画祭で、日本作品がノミネートされているという情報と、ALL JAPANを称する団体がしめだされたという報道

アングレーム国際漫画祭は、バンドデシネを中心としたフランスの漫画祭である。表現の方向性が異なるために日本作品の評価は低めであるものの、無視されているわけではない。
たとえば2009年には、太平洋戦争を題材にした日本作品が遺産賞を受賞していた。水木しげる『総員玉砕せよ!』だ。
フランス アングレームの遺産賞に水木しげる「総員玉砕せよ」 | アニメ!アニメ!

 このうち遺産賞(ESSENTIEL PATRIMOINE)は未来への遺産として残したい作品として、多くの巨匠の作品から1作品を選び出す。アングレームの中でも特に注目されている賞である。今年は日本から横山光輝さんや辰巳ヨシヒロさんも含む8人の作品の中から水木さんの『総員玉砕せよ』が選ばれた。

2007年に『のんのんばあとオレ』で日本人初の最優秀作品賞に輝いていたが、それにつづく快挙だった。


第41回となる2014年も、最優秀作品賞ノミネートの35作品に、日本の4作品が選ばれている。
46e Festival de la Bande Dessinée d'Angoulême – a venir - Du 24 au 27 janvier 2019 - Sélection officielle
歴史考証の細かいイタリア史劇『チェーザレ 破壊の創造者』や、今敏監督の漫画長編最終作『OUPS』は順当と思うが、良くも悪くも粗さが魅力の『進撃の巨人』は意外。あと、豊田徹也『ゴーグル』の存在は初めて知った。
日本作品をふくむ各作品の解説は下記エントリがくわしい。ノミネート作品を見ると、南北戦争やスペイン・モロッコ戦争やスペイン内戦といった題材が確認できる。
アングレーム国際漫画祭2014 ノミネート作品発表!|BDfile
つまり歴史認識のかかわる題材であっても、排除されることなく評価される漫画祭なのだ。韓国政府支援による従軍慰安婦題材作品が展示されても、それほど不思議ではない。


しかし同じ漫画祭において、日本側の作品が撤去させられたという情報がインターネットで流れていた。同時に、韓国側も予定されていた説明会が中止させられたという報道もあった。従軍慰安婦プロパガンダをめぐる対立だという。
アングレームの国際アニメフェスティバルで日本ブースが韓国に邪魔されたとする件に関するメモ - Togetter
韓国作品展示については各紙が報じていたが、日本作品撤去を速報していたのは産経新聞くらいだった*1
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140131-00000085-san-eurp

漫画祭には、慰安婦問題をめぐる日本と韓国の作品が出展されたが、主催者側は「強制連行はなかった」とする日本側の漫画を「政治的」として撤去した。韓国政府による漫画企画展は実施された。「韓国側主張の誤りを正し、真実を伝えたい」と、準備を進めた日本側関係者は納得せず、波紋が広がっている。

 主催者は産経新聞の30日の取材に、「日本の極右団体がつくった政治宣伝であり、祭典にはそぐわない。表現の自由の侵害にも当たらない」と漫画撤去を正当化した。一方、旧日本軍の軍人による婦女暴行を露骨に描いた韓国の作品は「政治宣伝ではない」と主張した。

産経新聞の報道では「日本」と表記され、公式ツイッターでは「ALL JAPANで日本をより良くしてゆきます」*2と称している「論破プロジェクト」だが、実際は幸福の科学が背後にいる一団体にすぎない。
「慰安婦漫画で日本が倍返しだ!」「見た目は派手だが、脇はがら空きだぞ」 - 法華狼の日記
その主張も、日本政府による調査からはほどとおい。参考にするよう指示する文献を見ても、歴史学者の書籍どころか、インターネットで公開されている日本政府の資料集や証言集すら入っていないくらいだ。


現在のサイトからは幸福実現党の後援という記述は削除されているが、関係者をモデルにしたマスコットキャラクター「トックマ」等は残っているし、日本政府の立場とはっきり対立する主張がかかげられたままだ。
論破プロジェクトとは | 論破プロジェクト

当プロジェクトでは「河野談話」「村山談話」の白紙撤回も求めてまいります。

たしかに日本政府も韓国政府の企画に対して、外務省が懸念を表明しつづけているのだが、その時に村山談話を謝罪した証拠として示していたのだ。はっきり「論破プロジェクト」と衝突している。
http://mainichi.jp/select/news/20140130k0000e030212000c.html

 鈴木大使は「表現の自由の尊重と、漫画を通じて国際的相互理解を深める漫画祭の趣旨への賛同」をまず表明。そのうえで「特定の政治的主張のために(漫画祭を)使うのは残念。展示物、主張が一方的であった場合、建設的な日韓関係に資さない」と訴えた。

 大使は、仏メディアに戦後補償問題の解決を図った1965年の日韓請求権協定や、95年に当時の村山富市首相が植民地支配と侵略を謝罪した「村山談話」について説明した。

こうした違いについて、韓国作品を紹介する朝鮮日報記事は、産経新聞よりずっと正確に説明していた。タイトルでも記事本文でも、はっきり政府ではなく民間人が中心だと書いている。
Chosun Online | 朝鮮日報

日本は韓国による慰安婦問題をテーマにした企画展に対抗する内容の漫画約100編を今回の漫画祭に出展する予定だ。政府ではなく、極右の民間人が中心となり、個人向けの展示ブースを利用して漫画を展示する。この中には、元慰安婦たちが自発的に日本軍に付いていったなどという、歴史を歪曲(わいきょく)する内容も含まれていることが分かった。

すぐに日本の各紙も共同通信の配信記事を中心として、韓国作品展示と日本作品撤去、日本外務省の対抗措置表明といったことを報じるようになった。しかし、きちんと撤去された作品の背景にふみこんだ報道は少ない。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2014013102000230.html

 日本漫画の展示拒否について、岸田氏は「友好親善、国際的理解を深める趣旨に沿わない動きがあることについて残念に思う」と強調。菅氏は韓国の企画展をめぐり「フェスティバルの趣旨にそぐわない状況が発生しており、極めて残念だ」と指摘した。対抗措置として、慰安婦問題に関する日本政府の取り組みや立場を説明する文書を現地で配布し始めたことを明らかにした。

従軍慰安婦問題について、日本と韓国の争点と合意点をくわしく説明する報道記事も見つからない。


思うに、たとえ両国で合意した範囲内で漫画を制作しても、従軍慰安婦を正面から描写したならば、きっと読者の日本軍への印象が良くなることはないだろう。
ただ、欲してもいない従軍慰安婦をあてがわれ、無謀な戦争へかりだされた日本兵個々人には同情や共感がえられるかもしれない。証言集を読んでいると、列をなして慰安を要求した事例がある一方で、慰安所と距離をとった事例もないわけではない。
『昭和史の深層 15の争点から読み解く』保阪正康著 - 法華狼の日記

師団長がアンケートをとったところ兵士は女性よりも甘味をほしがったという証言や、女性に金だけわたして自由に読書する時間にあてていた学徒兵がいたという証言が、特に印象深かった

「証拠を出せ? 出したらちゃんと自分の目で見るんだろうな?」その10 - Apeman’s diary

旧日本軍の性暴力については、現役兵よりも年長で妻帯者も多い予備役・後備役兵によるものがひどかったとする証言がいくつもありますが、他方で妻子のことを思うと「慰安所」に行く気になれなかった、というケースもあったことがわかります。

日本軍将兵の証言・手記にみる慰安婦強制の実態 - Transnational History

(一般兵用)施設は藁筵(むしろ)でかこまれた粗末な小屋で、三畳ぐらいの板の間にせんべい布団を敷き、その上に仰向けになった女性の姿を見たとき、私の心には小さなヒューマニズムが燃えた。一日に何人の兵隊と営業するのか。外に列を作っている兵隊たちを一人一人殴りつけてやりたい義憤めいた衝動を覚え、その場を立ち去った。

列をなした日本兵と、距離をとった日本兵慰安所におかれた女性と、人々を無謀な戦場におくりこんだ軍組織。
日本軍に問題はなかったという人々は、はたして誰の立場によりそい、どのような物語を求めているのだろうか。