法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

アングレーム国際漫画祭で「慰安婦の真実」を伝ようとしたプロジェクトの内実

アングレーム国際漫画祭からしめだされた団体の内実
・作品を掲載した雑誌と宗教の、微妙な関係の内実
・サービスシーンをどう表現するかという、漫画としての内実
吉田清治証言の時系列からうかがえる、付け焼刃な制作の内実
・情報源をインターネットにたよっている内実
・過大視され敵視されている朝日新聞報道の内実
・日本が韓国に補償したとして出されている数字の内実
・民間業者が悪い、植民地人が悪い、という責任転嫁の内実
・作者の人形でしかない登場人物には存在しない内実
ロンダリングされつづける社会運動の内実

アングレーム国際漫画祭からしめだされた団体の内実

2014年1月、フランスで開催されたアングレーム国際漫画祭において、民間団体「論破プロジェクト」*1の出展が主催者から拒否された。
アングレーム国際漫画祭で、日本作品がノミネートされているという情報と、ALL JAPANを称する団体がしめだされたという報道 - 法華狼の日記
団体は韓国側の公式出展で題材にされた従軍慰安婦問題を否認するため、寄付金や漫画作品をつのって活動していた。


ただし背後に幸福の科学が存在しており、出展しようとしていた作品も主張から表現まで稚拙なものだった。
「慰安婦漫画で日本が倍返しだ!」「見た目は派手だが、脇はがら空きだぞ」 - 法華狼の日記
そもそも2014年度のアングレーム国際漫画祭は「社会的重要テーマ」をとりあげていた。
アングレーム・バンド・デシネ・フェスティバル... - La France au Japon - 在日フランス大使館 | Facebook

バンド・デシネ・フェスティバルが1月30日から2月2日まで、フランス西部のアングレームで開催されます。今年は第1次世界大戦、政治風刺、女性に対する暴力など社会的重要テーマを大きく取り上げます

慰安婦証言の証拠能力を否定し、戦争犯罪を容認させようとする主張が排除されたのも、当然の結果だろう。


しかし出展拒否に対して、自民党片山さつき議員などは団体をバックアップするよう日本大使館へはたらきかけていた。
片山さつき Official Blog : アングレームの藤木さんとさき程電話で直接話しが出来ました!何とか漫画祭終了前に、記者会見を!

残念ですが、藤木さんたちによる反論会見だけでも、行われた方がベターだと思われますので、そこは大使館もバックアップするように、伝えます。

展示物は、藤木さんのフェイスブックで全て公開されているそうで、外務省もいかなる展示がフランスで、否定され、表現の自由を奪われたのか、国民に公表すべきでしょう。

実際に2月13日、自民党内の会議でアングレーム国際漫画祭における韓国側出展が議題になったという。
韓国による慰安婦漫画企画展について議論 党外交関係合同会議 | 党内活動 | ニュース | 自由民主党

出席議員からは日頃から国際広報を徹底させるべきだとの意見が多く出されました。

さらに片山さつき議員は藤井代表たちと1時間近くの対談映像を公開し、あくまで翻訳等で協力を受けただけという見解をそのまま伝えた。
コトの本質はこれだ!!「仏アングレーム漫画祭で何が起きたのか!! 参加者が真実を語る!!50分間の白熱ライブ」!! アングレーム - YouTube
ちなみに開始5分すぎから、知識がないためAmazonで60冊ほど購入して原作を書いたと藤井代表が語っている。なかなかの泥縄感だ。


また、団体の展示が撤去されてすぐ、WEBニュース番組「THE FACT」による韓国アニメ批判もインターネットで拡散していた。
YouTube
しかし、きちんと最後まで映像を見ていない人ほど、この映像を拡散させようとしているようだ。
http://www.youtube.com/watch?v=yDqkITP6by8 - Twitter Search
12分30秒から河野洋平官房長官の「本音」を聞きはじめるのだが、その光景は「事実」から遠くかけはなれている。

大川隆法総裁による守護霊のイタコ芸。
見てのとおり、「THE FACT」は幸福の科学が制作している番組なのだ。
この映像をアングレーム国際漫画祭の主催者に見せれば、より撤去の正しさを確信することだろう。

作品を掲載した雑誌と宗教の、微妙な関係の内実

団体自身が出展しようとした作品は『The J Facts』という。『月刊WiLL』2014年4月号*2に全頁が掲載された時、ごく簡単な感想を書いた。
『月刊WiLL』2014年4月号に漫画が全頁掲載された「論破プロジェクト」 - 法華狼の日記
ちなみに同号には団体の藤井代表による現地ルポ記事も掲載されている。その主張によると、日本外務省の役員は「論破プロジェクト」へ一定の理解を示したそうだ*3

 外務省の方々も、「君たちの言いたいことは良く分かるが、政府がバックアップして出展させることはできない」「韓国側の展示をやめさせることもできない」との答えでした。

実行委員長のルポ記事も、収録されている漫画作品にも、幸福の科学とのつながりは明記されていない。


すでに過去に関係が明記されていたことが知られていた時期に出版されているし、作品全編に幸福実現党員をモデルにしたマスコットキャラクター「トックマ」*4が登場していて手遅れではあるが、その釈明すら書かれていない。
そのかわり幸福の科学出版の広告が1頁分あった*5。貧すれば鈍するというやつか。

雑誌の同号で、櫻井よしこ記事や籾井勝人NHK会長擁護記事が掲載されているのに、それぞれの守護霊インタビュー本が広告されているところが面白い。


それでは「ここに描かれている情報は全て、歴史的検証に耐えうる情報源にのみ依拠している」*6と自称する作品の内実を、話題ごとに前後しながら見ていこう。

サービスシーンをどう表現するかという、漫画としての内実

さとうふみやが描いているのは表紙だけで、本編は漫画表現として稚拙といわざるをえないものだった。描かれるのは、歴史研究家という設定の男性が講義する場面ばかり。


さらに最初の講義が終わった後、主人公が休んでいる場面を無意味に入れている。日常の生活で気づいたことが学習を手助けするような展開をするわけでもない。ただ一休みしているだけの場面だ。
ここで、わざわざ風呂に主人公が入っている場面を描いている。肩までしか見えていないとはいえ、日本が公的に性的サービスを求めたという批判に反論する時、なぜわざわざ性的サービスシーンを入れるのか*7

しばらく後には、叫ぶ女性教師に対して、マスコットキャラクター「トックマ」が「おばはんうるさい」と文句をつける場面がある*8

慰安婦証言を否定する作品で、このような女性観を持っていると明かして印象が悪くなると思わないのだろうか。
そもそも、軍隊が女性を性的利用した過去を容認させようとしているのに、年長の男性が少女へ一方的に講義するという関係性がおかしい。作者の意識が旧来の男尊女卑そのままと読解されることを想定できないのか。


講義の最後、これから日本の正しい歴史を世界へダイナミックに主張していくという男性に対し、少女は「かっこいい!!」と叫び、「トックマ」は「日本男児やな」と背中で語る*9
読者に影響を与えたいプロパガンダですらなく、あたかも作者と同調者の気分が良くなることを優先しているかのようだ。

吉田清治証言の時系列からうかがえる、付け焼刃な制作の内実

講義する男性の台詞で、従軍慰安婦という言葉が歴史上に存在しないと主張され*10、それが問題化された原因として1983年の吉田清治『私の戦争犯罪』を名指ししている*11

今回の慰安婦問題は、たった一人の男が創作した私小説の嘘が、日本や韓国、アジア全地域、そして世界を駆け巡っているというのが、真実の姿なんだ

この本が「従軍慰安婦」と「強制連行」という言葉が世界に広まった最大の原因なんだよ

なぜかこの作品では1973年の千田夏光従軍慰安婦』が言及されていない。吉田清治証言を否定することで問題全体を否定しようとして、それより過去の言説を無視したのだろうか。
しかし後の頁では、国連のクマラスワミ報告を否定する時、ジョージ・ヒックス『性の奴隷 従軍慰安婦』が1976年の金一勉『天皇の軍隊と朝鮮人慰安婦』にもとづいていると主張していた*12。つまり吉田証言以前から従軍慰安婦問題が論じられていたことを作品内で認めてしまっている。不都合を隠しているだけでなく、作品内の整合性すらとれていない。


しかも吉田清治証言が調査された時系列がおかしい。秦郁彦調査と済州新聞調査で証言が否定されたと、男性の台詞で解説されているのだが*13

日本の歴史学者秦郁彦先生が調べたところ
それは真っ赤な嘘であって、そこで強制連行も慰安婦として連れて行かれた人もまったくいなかったことがわかったんだ

しかも韓国の「済州新聞」の記者がさらに調べたところ
やはり事実と異なることがわかっている

秦郁彦による吉田清治インタビューと現地調査は1992年。秦郁彦著作で紹介されている済州新聞記事は1989年*14
加害を否認できる数少ない局面で、なぜわざわざ時系列を間違える。

情報源をインターネットにたよっている内実

もちろんインターネットにも一定の信頼ができる情報源はある。しかし、よりによって登場するのが「テキサス親父」の再発見した尋問調書だ*15

この人は、ネット上に上がっている一九四四年に報告されたフィリピンでの慰安婦への「尋問調書」に注目した

慰安婦達の証言では、志願して雇用され、高額の給料をもらっていた
・町へでかけて、化粧品や洋服など、好きな物を買っていた
・時間の関係で、全てのお客(兵士)にサービスができないことを悔やんでいた
・日本人の兵士たちとスポーツをしたり、ピクニックをしたり、宴会をしたり、さまざまなイベント­を一緒に仲よくやっていた
・借入金がある慰安婦は、その返済が終われば、希望があれば国へ帰ることもできた
・日本の兵士と結婚する者もいた

奴隷はお金、もらえないだろう?

借金を返すまで帰国が許されないという部分もあるのに、講義を聞いていた少女たちが「全然、奴隷じゃないじゃない!」「むしろ、かなりいい待遇みたいだし」と叫ぶのもすごい。
しかしこの尋問調書は、もともと日本政府から歴史学者にまで広く知られている。そして「テキサス親父」が説明している調書のつくられた経緯も、箇条書きされた要約も間違っている。
「テキサス親父」が存在を確認した尋問調書は、たしかに重要だ……ただしそれは慰安所の非人道性の証拠としてであり、そもそも昔から知られていた資料だが - 法華狼の日記
上記エントリで指摘したように、日本人業者も尋問されており、どこまで慰安婦自身の証言かははっきりとわからない。「テキサス親父」サイトにある日本語訳全文でも「偽りの説明 を信じて、多くの女性が海外勤務に応募」と書かれており、ただ「志願」と説明できるものではない。


それでも「テキサス親父」の登場は予想できたことだった。2013年から「テキサス親父」の事務局も団体への支援を表明しており、協力してアングレーム入りしたことも明らかにされていた。
「テキサス親父」が「論破プロジェクト」の支援を表明していた - 法華狼の日記
意外だったのは、「証言」に対する反論として、Wikipediaを持ち出していることだ*16

ウィキペディアでは「証言」とはこう書いてあるよ

証言【しょうげん】とは、何らかの事柄が事実である(または事実ではない)ということを自己が証明するため、又は第三者の証明に資するために、自己が経験したこと等を述べることである。
証言を行う人物のことを証人と呼ぶ。
証人尋問の際には、証言の信頼性を確保するため、証人には原則として宣誓義務が課せられる。また、裁判官等、証言の真否を吟味する者が別に存在する場合、証人には自己が経験した事実以外の判断や推測を述べることはしばしば歓迎されない。
また、裁判においては公開主義・直接主義が要求される。

つまり、公開できる場で、宣誓を行った後、行うのが証言だね
しかし今回のクマラスワミ報告では、聞き取り調査をしたというだけであって、証言とは言えない情報だね

何の注釈もなく、誰が書いたかも判然としないWikipediaを示されるとは、さすがに予想できなかった。「歴史的検証に耐えうる情報源」だけで書いたのではなかったのか。
なぜ「法分野に属する書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています」と注意書きされている状態の項目から引用するのか。しかも「また、証人の挙動や表情を直接観測・吟味できる状況であることがのぞましいとされ、裁判においては公開主義・直接主義が要求される」という文章を断りなく短縮している*17
手軽にインターネットで情報を集めるにしても、きちんとした辞書サイトを使わないのはなぜか。それは主張の破綻が明らかになるからだろう。
証言(しょうげん)の意味 - goo国語辞書

1 ある事柄の証明となるように、体験した事実を話すこと。また、その話。「マスコミに事故の有り様を―する」
2 法廷などで証人が供述すること。

そう、証言に宣誓や公開が求められるのは、あくまで裁判のような局面に限ってだ。よく読めばWikipediaでも「証人尋問の際には」「裁判においては」と限定されていることが明記されている。
何にしても、ずいぶんインターネットにたよってつくられた作品である。本当に60冊の参考資料を読みこんだのか疑問だ。

過大視され敵視されている朝日新聞報道の内実

最初に朝日新聞の名前が出てくるのは、吉田証言を大きくとりあげた媒体としてだ*18

この吉田氏の捜索を大きく採り上げ、世界に発信した朝日新聞でさえ一九九七年には「吉田証言の真偽は確認できない」とさじを投げているんだ

その後、韓国人留学生とフランス人留学生をまじえた講義で、問題を日本のクオリティペーパーが火をつけたとして名指ししている。
どのように朝日新聞が火をつけたのかというと、まず1990年代の記事が2件*19

この二本の記事が実は、慰安婦問題報道の最強の2トップと言われているんだ
最初の記事は一九九一年の八月十一日の記事で金学順さんという韓国女性が、女子挺身隊の名目で連行され、日本軍相手に売春を強いられたという記事

しかし小さく転載されている紙面を見ても、「女子挺身隊の名目で連行され」と読める文章は書かれていない。
実際は、その文章が書かれているのは朝日新聞の大阪版夕刊記事だけで、縮刷版に入れられる全国版には掲載されていなかった。大阪版もよく読めば、全ての慰安婦が女子挺身隊の名目で連行されたと書かれていたわけではない。逆説的に、朝日新聞が「女子挺身隊の名目で連行され」たかどうかを重視していなかった証拠といえる。
一方で1987年の読売新聞も、女子挺身隊という名目で慰安婦が集められたという記事を書いていた。歴史研究が進んでいない当時、朝日新聞大阪版は一般的な認識を書いただけだったのだ。
3-4 「慰安婦」問題は『朝日新聞』の捏造? | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

「お国のためだ」と何をするのかも分らないままにだまされ、半ば強制的に動員されたおとめらも多かった。
特に昭和十七年以降「女子挺身隊」の名のもとに、日韓併合で無理矢理日本人扱いをされていた朝鮮半島の娘たちが、多数強制的に徴発されて戦場に送り込まれた。

もちろん金学順証言そのものも朝日新聞独占報道ではなく、下記エントリで指摘されているように各新聞社が報じていた。
「池田信夫の捏造」完全版 - Apeman’s diary
難しい案件にかかわる初証言であれば報じるのは当然であって、そこに陰謀を見いだすことがおかしい。


吉田証言を朝日新聞が「これでもかというほど持ち上げたんだ」という主張もおかしい*20

この前後に、吉田清治の発言や活動に関する記事が、朝日で二件、その他の新聞で二件出ているから種火に風を送っている状態だね

金学順証言の前後にたった4件、しかも朝日新聞が報じているのは2件だけ。作者は自分で不思議に思わなかったのか。
下記エントリの調査によると、1984年から2011年まで範囲を広げても、吉田証言が朝日新聞に登場するのは10件だけ。否定的であったり中立的である記事も複数ある。
捏造された「朝日新聞の捏造」?(追記あり) - Apeman’s diary

吉田清治慰安婦」でヒットする記事は「聞蔵IIビジュアル」で検索可能な全期間で10件。大部分は92年までのもの。

1984年から1990年末までの記事のうち「慰安婦」というキーワードでヒットする記事は58件。1990年の記事に絞れば23件。言うまでもなく、吉田清治氏とは関係のない記事の方が多い。

このような数字から考えると、朝日新聞の影響力を過大視しすることで、都合のいい敵と設定しているだけではないかと思える。


朝日新聞が独自報道をおこなったといえるのは、1992年の軍関与記事のみ。それについての要約もおかしい*21

強制連行の慰安婦狩りを、政府が行ったとする記事だったんだ

この資料をよく読むとね
まったく逆のことが書かれているんだ
この昔の新聞記事では「民間の悪徳業者が誘拐まがいの強制連行で、慰安婦として連れていく事例があるので、軍と警察がやめさせるよう協力する」という内容だったんだ

しかし実際の朝日新聞記事は「関与」が明らかになったことが主題であって、日本軍や政府が直接的に募集していたとは書かれていなかった。
3-4 「慰安婦」問題は『朝日新聞』の捏造? | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

日中戦争や太平洋戦争中、日本軍が慰安所の設置や、従軍慰安婦の募集を監督、統制していたことを示す通達類や陣中日誌が、防衛庁防衛研究所図書館に所蔵されていることが10日、明らかになった。朝鮮人慰安婦について、日本政府はこれまで国会答弁の中で「民間業者が連れて歩いていた」として、国としての関与を認めてこなかった。昨年十二月には、朝鮮人もと慰安婦らが日本政府に補償を求める訴訟を起こし、韓国政府も真相究明を要求している。国の関与を示す資料が防衛庁にあったことで、これまでの日本政府の見解は大きく揺らぐことになる。政府として新たな対応を迫られるとともに、宮沢首相の十六日からの訪韓でも深刻な課題を背負わされたことになる。

一読して明らかなように、記事の焦点は、それまで日本政府が旧日本軍慰安所について国としての関与を否定してきたにもかかわらず「軍の関与」が明らかになったことにあてられています。

さらに資料の解釈が根本的におかしい。問題の資料は「副官通牒」という通称で知られているが、この作品では原文が引用されていない。そこで永井和教授サイトの全文引用とてらしあわせてみよう。
日本軍の慰安所政策について

支那事変地ニ於ケル慰安所設置ノ為内地ニ於テ之カ従業婦等ヲ募集スルニ当リ、故サラニ軍部諒解等ノ名儀ヲ利用シ為ニ軍ノ威信ヲ傷ツケ且ツ一般民ノ誤解ヲ招ク虞アルモノ或ハ従軍記者、慰問者等ヲ介シテ不統制ニ募集シ社会問題ヲ惹起スル虞アルモノ或ハ募集ニ任スル者ノ人選適切ヲ欠キ為ニ募集ノ方法、誘拐ニ類シ警察当局ニ検挙取調ヲ受クルモノアル等注意ヲ要スルモノ少ナカラサルニ就テハ将来是等ノ募集等ニ当リテハ派遣軍ニ於イテ統制シ之ニ任スル人物ノ選定ヲ周到適切ニシ其実地ニ当リテハ関係地方ノ憲兵及警察当局トノ連携ヲ密ニシ次テ軍ノ威信保持上並ニ社会問題上遺漏ナキ様配慮相成度依命通牒ス

内容を見れば、「内地ニ於テ」と朝鮮半島や中国大陸ではなく日本国内でのことと書かれており、「任スル人物ノ選定ヲ周到適切ニシ」などと募集業者を日本軍が選定することを求めている。「内地」とは、だいたい現在の日本から沖縄を除いた地域にあたる。日本軍と独立した民間業者の話ではないし、募集しつづけることが前提だ。「関与」していると評価するしかないだろう。
そもそも「陸軍省副官」発と書かれているように、これは日本軍内部で出された通告だ。どうすれば「昔の新聞記事」などと間違うことができるのか。

日本が韓国に補償したとして出されている数字の内実

国家間条約で個人の補償請求権を放棄させたというのが日本政府の見解である。それを漫画として素直に表現すれば、むしろ個人の被害が軽視されつづけた戦後史に読者は胸を痛めることだろう。
それでも、戦後補償問題だけは日本政府と国外の認識が明らかに異なる、数少ない論点ではある。賛否両論がありつつもアジア女性基金のような半公半民の組織による支援もあった。そうした条約や過去の謝罪について、日本の外務省もアングレーム国際漫画祭の主催者へと説明した。
岸田外務大臣会見記録 | 外務省

 我が国としましては,そのフェスティバルの会場内,我が国の立場,そして,今日までの経緯を説明する資料を置き,そして,マスコミにも説明を行い,またフランスの鈴木大使も記者会見を行うなど,我が国の立場や,今日までの取り組みにつきまして説明をすることを行っております。

しかし韓国に責任転嫁したいがためだろう、この作品は戦後補償について事実関係の説明までおかしい*22

本当は、日本が正当に請求できる朝鮮半島のインフラは現在の価値にして十四兆円にのぼるんだけど
それも全部、日韓基本条約で日本は韓国にあげてしまっているよ

ところが、占領地に残されたインフラを事実上の戦後賠償にあてることはドイツでも実行されている。清水正白鴎大学教授のサイトで、1994年時点の各国の戦後賠償について書かれてあった。
http://www.geocities.jp/dasheiligewasser/essay3/essay3-3.htm

占領下のドイツでは連合国がドイツの生産設 備、車輌などを接収して現物賠償にあてることが進められ た。とりわけソ連占領地区においてこの傾向は顕著であり、これらの総額をおよそ二〇〇〇億マルクとする見方もある。

この歴史を知っている欧米人は、「ええーっ それ、民間の工場とかも全部入ってたんでしょ」という少女の台詞を、どのような気持ちで読むだろうか。


アジア通貨危機について、明らかに間違った説明もしている*23

九七年に韓国経済が破綻した時には百億ドル、経済援助を行っているしね

たしかにIMF中心に予定された緊急支援において、日本も100億ドルを出す予定ではあったが、あくまで計画段階だった。むしろ計画表明が逆効果だったという評価もある。
http://www.mof.go.jp/about_mof/policy_evaluation/mof/fy2002/evaluation/sougouhyoukasho/sougou-betsu2.pdf

総額580億ドル超の支援枠組みが決定された。日本は、第二線準備としては最大の100億ドルをコミットした。
 しかし、この支援は94年のメキシコ危機を上回る過去最大の規模であったにも関わらず、そのアナウンスメントは市場に安堵感を与えず、それどころかタイとインドネシアにおいてIMF支援パッケージが当初効果を挙げていないことも連想させて、市場に逆に悪影響を与えた。

この財務省サイトにある資料では、民間銀行を説得して短期債務繰り延べを実行させたことが日本政府の貢献としてあげられている。
そもそも、アジア通貨危機はタイから始まってアジア全体に広まり、欧米にも悪影響を与えた。そこで通貨危機を抑えようとすることは、悪影響を受ける国家としても自然な選択だ。韓国にしても当初は危機を抑えようとする側であり、タイへ5億ドルの支援を実行していたことが財務省サイト資料にも書かれている。
このような貢献を過去の反省にもとづいた国際協調路線と解釈することは可能かもしれない。しかし、さすがに戦後補償の枠内で説明しようとすることは間違いだろう。

民間業者が悪い、植民地人が悪い、という責任転嫁の内実

日本への責任を問わせたくないあまり、民間業者を全て朝鮮人にしようとする説明が明らかにおかしい*24

近代史研究家の水間政憲先生が、当時の朝鮮の新聞などを二年間かけて、すべて調べたんだ
すると、当時の朝鮮での誘拐犯は、すべて朝鮮人だったということだよ
資料が全部残っているから誰も文句はいえないよね

この記述は、作品が別の場面で言及してきた資料と矛盾するのだ。
まず副官通牒は、「内地」に向けて出された通達だ。永井教授サイトを見れば、副官通牒で言及されていた業者は日本人だったことが資料からも明らかにされている。

1937年秋、大阪市の会社重役小西、貸席業藤村、神戸市の貸席業中野の3人が、陸軍御用商人で氏名不詳の人物と共に上京、徳久少佐なる人物の仲介で荒木貞夫陸軍大将と右翼の大物頭山満に会い、年内に内地から上海に3000人の娼婦を送ることに決まったとの話を、2人の貸席業主(金澤と佐賀)が藤村から聞き込んだ。

神戸市の貸座敷業者大内の活動を紹介する。前記副官通牒にも出てくる「故サラニ軍部諒解等ノ名儀ヲ利用シ為ニ軍ノ威信ヲ傷ツケ且ツ一般民ノ誤解ヲ招ク虞アルモノ」とおぼしき実例は、以下のようなものだったのである。

次に米軍の尋問報告においても、慰安婦をまとめていた業者は、キタムラエイブンという名前の日本人だと明記されている。こちらは先述したとおり、朝鮮半島内において甘言で募集したと書かれている。


ここでの問題は、2年間をかけて調べながら有名な資料をとりこぼしていることだけではない。植民地だった朝鮮半島で、報じられた犯罪が植民地人のものばかりということの意味に気づいていないことが、本当の問題だ。
少し想像してみてほしい。西部開拓時代のアメリカ大陸で、記録された犯罪がインディアンのものばかりだとすればどうか。連合軍に占領されていた太平洋戦争後の日本で、進駐軍の犯罪がまったく報じられていなければどうか。アパルトヘイト時代の南アフリカで、報道された犯罪が黒人のものばかりだとすればどうか。現在の中国新疆省において、検挙された犯罪者がウイグル族だけであったならどうか。
支配している側の犯罪が全く報じられていないならば、そこにこそ社会問題や作為があると考えるべきだ。

作者の人形でしかない登場人物には存在しない内実

ひとつひとつ間違いをあげていくと終わらないので、最後に漫画表現の話に戻ろう。
念のため、フィクションの登場人物に内実や内面を読みとるべきかという議論もある。ここでは、作者の意図が先走って設定と言動が不整合をきたしている、くらいの意味と思ってほしい。


この作品で講義をおこなう男性は、作者の主張や資料をそのまま台詞として口にする。他の登場人物は合いの手を入れるだけ。広報目的の作品がしばしばおちいる問題だ。
それでも韓国人留学生は反論しようとして長台詞もあるし、信じたくないことを教えられたことへ葛藤はしている。ところがゴスロリ服を着たフランス人留学生は「隠す よくないね*25とカタコト台詞で講義を追認したり、「コスプレだけじゃだめだな 日本、オモロいわい」*26と日本側を賛美するばかりで、まったく独立した人格を感じさせない。フランス人に見せることを前提にしているというより、フランス人ならば親日だろうという幻想でつくられた人形だ。


何より良くないのが、対立相手として設定された女性教師だ。

講義している男性と論争し、その最後に問題をつきつけられるのだが、そのやりとりが意味不明なのだ*27

しかし、日本のひどい侵略によって、朝鮮民族や中国の人たちは大変な苦難の歴史を味わったのよ!!

今回の話は慰安婦問題だ
それよりも、日本の事を責めてばかりで大丈夫かい?
韓国がこれからも日本の事を責めれば責める程
自分たちに慰安婦の歴史が跳ね返ってくるという事を

ここからベトナム戦争の虐殺およびレイプによる混血児が言及され、女性教師が厳しい顔で口を閉ざす。
ベトナム戦争でフランスや日本がどちらの陣営についたかを思い出せば、反論や説得として軽々しく言及できる問題ではないと思うが、それはさておこう。
問題は、「大丈夫かい?」などと口先だけでも案じることの意味不明さだ。韓国人留学生に対してならまだわかる。なぜ日本の女性教師に対していうのか。従軍慰安婦問題を追及する時、相殺目的でなければ他の戦争犯罪に目を向けることにためらう必要はない。


ちなみに韓国においても、従軍慰安婦問題を積極的に提起した側は、同じように軍事独裁政権の残した問題としてベトナム戦争にも気を配ってきた。昨年にも、従軍慰安婦の意思で生まれた基金にもとづき、ベトナムをはじめとした戦争被害者への支援がはじまったことを雑誌『ハンギョレ21』が伝えている。
慰安婦被害ハルモニ ベトナム戦争性暴行被害者 助ける : 政治•社会 : hankyoreh japan

挺対協は、日本軍慰安婦被害者の金福童(キム・ボクトン)ハルモニ(87)、吉元玉(キル・ウォンオク)ハルモニ(84)の意思により、ベトナム戦当時、派兵した韓国軍による性暴行で生まれたルオン氏とキム氏を助けることになったと明らかにした。

ハルモニの意思に賛同する市民の寄付金でナビ基金を用意した。歌手のイ・ヒョリ氏が初代推進委員として500万ウォンを寄付し、約300団体と個人が参加して7千万ウォン以上が集まった。挺対協は、昨年コンゴ民主共和国の内戦での強姦被害者であると同時に他の被害者や子供たちを助けているレベッカ・マシカ・カチュバ氏を初の支援対象に選定して、毎月500ドル以上の活動費を送っている。

この『ハンギョレ21』は、韓国においてベトナム戦争の惨禍を初期に伝えたことで知られている。
asahi.com:朝日新聞 歴史は生きている

 99年、韓国の「ベトナム戦争」観を揺さぶる出来事が起きた。

 主要な週刊誌である「ハンギョレ21」が「韓国軍が、ベトナムで老人や子ども、女性をたくさん殺していた」との記事を掲載したのだ。


この作品は登場人物を人形のようにあつかっているだけではない。
登場人物を国家と結びつけ、都合のいい敵味方を設定する態度が、そのまま作品の世界観をせまくしている。
それにより、現実に問われている従軍慰安婦問題とも、現実に生きている被害者とも、大きくかけはなれてしまった。

ロンダリングされつづける社会運動の内実

幸福の科学との関係が周知されたおかげか、アングレーム国際漫画祭から半年もたっていないのに、「論破プロジェクト」が話題になることは少なくなった。
しかし情報源としてだけでなく宣伝や現地入りでも協力していた「テキサス親父」は、宗教との関係を指摘されても下記のように表明していた。
http://staff.texas-daddy.com/?day=20140220

これに関してテキサス親父日本事務局もテキサス親父自身も全く問題を感じていません。

日本を貶めている敵に対して戦っている、同じ目的を持っている個人や団体は、その所属する団体に限らず私達は協調路線を貫きます。今までにも、何回も何回も言っていますが「敵を見間違うな!」と言う事です。

テキサス親父自身は、慰安婦像を撤去させようとする活動がNHKにまで報道され*28、産経のタブロイドサイトで新しくコラム記事を連載している*29。ふたたび幸福の科学が社会運動団体をたちあげた時、そしらぬ顔で協力する可能性は充分にある。


それを証明するかのように、作品でも擁護しにくくなった団体、おそらくは在特会を切り捨てる描写があった*30

最近、この近くの大久保駅周辺でデモが結構起きててね
在日朝鮮人の特権をなくしたほうが良いとする人達とそれに対抗する勢力がよく争っているんだ
うちはどちらの味方でもないんだけどなあ

「特権」の存在が確定されているかのような文章、「人達」と「勢力」という言葉を選択しておきながら、中立ぶるとはたいしたものである。
さらに後の頁で、新たな団体として「なでしこアクション」を賞揚していたのだが*31

今日本人は強くなって来ている!
山本優美子さんが設立した「なでしこアクション」という団体が、アメリカの慰安婦像設置に対して平和的な抗議を行っている

ところがこの人物は「桜ゆみこ」名義で在特会の副会長や事務局長をつとめており、「なでしこアクション」自体もその流れで立ちあげられた。
たかじんのそこまで言って委員会に元在特会事務局長:桜ゆみここと山本優美子なでしこアクション代表が登場した件について - Togetter
作者も知らなかったのか、それとも知っていて読者を騙しているのか。


「論破プロジェクト」自体も活動を止めたわけではない。
公式サイトこそ止まっているがFacebookは熱心に更新されつづけており、「テキサス親父」来日イベントを主催していると告知していた。
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主催:ロンパ・プロジェクト
後援:夕刊フジ/月刊WiLL/青林堂徳間書店/経営者漁火会/テキサス親父事務局

6月23日(月)大阪サンケイホールブリーゼ 19:00〜21:00 :ゲスト:百田尚樹
6月25日(水)名古屋今池ガスホール 19:00〜21:00:ゲスト:藤岡信勝氏、吉木誉絵氏
6月27日(金)TKP札幌ビジネスセンター赤れんが前 18:30〜20:30:ゲスト:藤岡信勝氏、KAZUYA氏
6月29日(日)東京サンケイプラザ4F 13:30〜15:30:ゲスト:加瀬英明氏、KAZUYA氏

ちなみに夕刊フジのWEBサイト「ZAKZAK」の告知では主催者が言及されていない*32。団体の悪名が広まったためだろうか。
ゲストの最初にあるNHK経営委員の名前から、新興宗教ひとつの問題に終わらない根深さを感じる。

*1:以下、団体と略する。

*2:以降、断りのない頁番号は、この号からの引用を指す。引用文では、適当なところで改行を排する。

*3:99頁。

*4:党員の公式ツイッターでは、トックマのアイコンを使っている。https://twitter.com/tokmachannel

*5:146頁。

*6:316頁。

*7:359頁。

*8:380頁。

*9:395頁。

*10:329頁。

*11:330頁。

*12:384頁。クマラスワミ報告の否認論は、おそらく『月刊Will』2013年9月号の藤岡信勝記事を参考にしているのだろう。原題の『The confort women』という表記を使っていたり、複数の参考文献が巻末にあげられていることに言及していなかったり、秦郁彦氏の誤認にもとづいてヒックスが日本語をあつかえないと書いていたり、表現から認識までそっくり同じだ。なお問題の藤岡信勝記事は、http://bewithgods.com/hope/jiji/ianfu2.html等の複数ページに転載されている。秦郁彦氏の誤認についてはhttp://d.hatena.ne.jp/Stiffmuscle/20070723/p1で問題点が指摘されている。

*13:331〜332頁。

*14:こちらに年表としてまとめられている。http://d.hatena.ne.jp/Stiffmuscle/20070802/p1

*15:355〜357頁。

*16:386頁。引用時、カギカッコを引用枠へ変更した。

*17:過去の編集履歴を見ても、最新版と同じ文章のままほとんど変化していない。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%BC%E8%A8%80

*18:332頁。

*19:371頁。

*20:372頁。カギカッコ内は370頁。

*21:372頁。太字強調は原文ママ

*22:365〜366頁。

*23:367頁。

*24:352頁。

*25:367頁。太字強調は原文ママ

*26:395頁。

*27:391〜392頁。太字強調は原文ママ。話者の異なる台詞は別の引用枠に入れた。

*28:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20140107/1389050890

*29:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20140117/1389970662

*30:377頁。

*31:394頁。

*32:http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20140611/dms1406111205006-n1.htm