法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『これはペンです』円城塔著

初めて読んだ円城塔作品。雑誌『小説新潮』に掲載された二作品を収録。
小耳にはさんでいた難解という評価どおり、最初はとっつきにくかった。しかし読み進むにつれて、インターネットで厳密な文章を求められてきた人間として、感覚的に納得できるようになっていった。


表題作では、文字情報でのみ叔父のことを知る姪が、筆記具に制約された手紙をやりとりしながら、叔父の実体とは何かと思索していく。
いきなりレトリックに満ちた語りから始まって、文字が実体を持つ幻想小説のたぐいかと思ったが、しばらくして叔父のおこなった業績が明らかになり、思っていたより普通の小説として着地した。
既存のデータをきりはりして新しくそれらしい論文をつくるシステムは、Wikipediaコピペ論文といった問題がある今、さほど奇妙な設定には思えない。実現可能性は高そうだ。どちらかというと、法律すれすれの詐欺小説を読んでいるような楽しみがあった。
あえて制約された筆記具を使って手紙を書くことで、書き手の意図を薄めるという遊びも、変換ソフトや辞書ソフトによって難読漢字や隠語を多用できるようになった現代を、極端に誇張したようなもの。


次に収録されている「良い夜を待っている」は、表題作の叔父が若いころの物語。一般とは異なる認識力と記憶力と持つ父親の、夢とも現ともつかない世界認識を回想していく。
まるで自閉症スペクトラムの一症例をずっと解析していくような物語だった。父親がランダムにタイピングしたとしか解析できなかった文章に、ちゃんとどんでん返しがあるところが楽しい。
これこそ全体の語りが幻想小説のようでいて、そのように世界を解釈していた父親の世界観をときほぐしていく家族小説として読める。ただ、言語という小説の基盤を解体していく作品なのに、小説の表層をなす男女観が古いことは気にかかった。