法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

「と・う・じ・って い・ま・さ・ッ!」

橋下徹市長が下記の主張を5月13日に発してから、約2週間。
橋下徹大阪市長「米軍の風俗業活用を」はいかなる文脈で発言されたのか(2013年5月13日) / 大阪市長・橋下徹氏ぶらさがり取材全文文字起こし | SYNODOS -シノドス- | ページ 2

意に反した、意に即したかということは別で、慰安婦制度っていうのは必要だったということですよ。意に反するかどうかに関わらず。軍を維持するとか軍の規律を維持するためには、そういうことが、その当時は必要だったんでしょうね。

5月27日の外国特派員記者会見以降、発言が誤報されたと橋下市長は弁明し、発言内容を詳細に報じた朝日新聞毎日新聞を批判している。見出しに「当時」といった言葉が欠けていたことが主な根拠らしい。
これは5月31日から再開したツイッターでも主張し続け、他の論点はほとんど言及されていない。あたかも自身に向かう矛先をかわそうとしているかのようだ。
ー(@t_ishin)/2013年05月31日 - Twilog

「当時」と「今」の差が、従軍慰安婦問題の文脈でどれほど重要だろうか。
先日のエントリでも批判したように、制度が必要ないという見解は当時でもあったし、政治家は安易に当時と今を切断して制度を擁護するべきではない。
もはや橋下徹大阪市長の従軍慰安婦認識をまともにとりあうのもバカバカしいかもしれないが - 法華狼の日記
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そもそも、日本軍の慰安所制度は「今」は存在しない。「当時」に必要だったといえば、つまり制度が存在していた時に必要だったという意味になる。
そう考えると、見出しに「当時」をつける必要がどれだけあったのか。たとえ今は駄目だと補足しても、「慰安婦制度は必要なのは誰だってわかる」と主張すれば、制度が存在した全ての瞬間瞬間を正当化する意味しかない。
どちらかといえば、今でも慰安所制度が必要だと主張した時にこそ、わざわざ見出しに「今」とつけて強調する必要があるだろう。


ちなみに5月14日当時のログを見ると、朝日も毎日も比較的に正確に報じたと評しつつ、見出しに対する批判はない。この時点では全文さえ報道されれば批判がおさまると思っていたのかもしれない。
ー(@t_ishin)/2013年05月14日 - Twilog

さらに5月14日のログからは、下記ツイートのような「今」の認識も確認できる。

この主張に対しては、上野千鶴子名誉教授の書評記事が反論になるだろう。現在の売買春も、橋下徹弁護士がつとめていた飛田新地をはじめとして、残念ながら自由意思の結果ばかりとはいいがたいことが明らかにされている。
http://mainichi.jp/feature/news/20130528dde012070064000c.html

井上理津子「さいごの色街 飛田(とびた)」。大阪の遊郭、飛田に体当たり取材して書いた女性ルポライターの労作だ。1958年の売春防止法施行後も、「風俗営業」の名のもとに、公然たる管理売春が行われている、そこだけ時間がとまったような一画だ。

飛田新地料理組合の事務所で「組合長と茶髪の弁護士が二人でにっこり笑顔で写っている写真」を発見する場面がある。組合の顧問弁護士をしていた時代の橋下市長だという。組合の幹部によれば「男に、必ずはけ口が要るのは今も昔も同じ」。なるほど。これが橋下発言の背後にある「常識」なのか。売防法以前の「常識」、今日では非常識である。
井上さんによれば「好きでこの仕事をやっている」は、ありえない。「男に騙(だま)され、捨てられ、お金のために飛田に来た」。中卒率、高校中退率もあまりにも高い。同じことを荻上チキの「彼女たちの売春(ワリキリ)」は指摘する。援助交際の少女たちは、いわば自己決定によるフリーランスセックスワーカーだが、彼女たちが「自由」かといえば、湯浅誠のいう「五重の排除」−−教育からの排除、企業からの排除、家族からの排除、福祉からの排除、自分自身からの排除−−の結果、売春にたどりついている。

橋下市長は、「当時」に対する認識はもちろん「今」に対する認識もはなはだ怪しい。


また5月31日のログに戻ると、2毎日新聞大沖縄紙の社説を重視したことを批判するものも見つかる。沖縄のために在日米軍を批判したのだと釈明していたはずなのに。

社説はたしかに論評だが、それこそ今回の文脈では、ひとつの事実として社説も紹介する価値があるだろう。
その社説と対立する意見として示された「知るべき」雑誌が『週刊FLASH』というのも味わい深い。それしか示せないようでは、むしろ説得力が落ちるたぐいの媒体だろうに。

もちろん、どのような雑誌であっても記事によっては良質なものもありうるだろう。しかし実際に記事内容を見ても、沖縄や在日米軍について言及がいっさいない。沖縄タイムス琉球新報と対比する意味はどこにもない。そもそも単独で読んでも疑問点が多い。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130529-00010002-jisin-pol

午後4時半、ようやく橋下氏の会見が始まった。ほどなく橋下氏に「強制連行はなかったという思いは変わらないんですか?」という大声が飛んだ。質問の主は韓国人記者。橋下氏はよどみなく答える。

「日本軍が施設の管理をしたり関与していたとは思いますが、国家の意志として女性を強制的に拉致したり、売買したという事実はなかったというのが日本政府の見解です」

 約1時間半の記者会見は、日本の官憲による強制連行を認めさせ、あわよくば失言を引き出したい内外の新聞記者が執拗に突っ込み、橋下氏が冷静に反論する場面の繰り返しだった。

「ほどなく」と書かれ、あたかも会見途中にいきなり質問が発せられたかのような記述だ。しかし日本維新の会YOUTUBEにあげた映像を見ると、先に複数の質問が行われている。

韓国人記者質問に対する回答が、いわゆる「反論」にあたるとも感じられない。「強制連行はなかったという思い」を橋下市長が持っていると記者は考えており、それを橋下市長が肯定したという流れだ。日本政府に責任をそらしつつも、むしろ記者の質問に乗って「失言」を重ねている。
しかも「韓国メディアを圧倒」と見出しに書かれているが、記事本文を読めば「内外の記者が執拗に突っ込み」と書かれている。対立したのが韓国メディアだけであるかのような印象をもたらす見出しは、橋下理論では「誤報」にあたるのではないだろうか。

「賠償問題について解釈が違うというなら、これは条約の問題なので国際司法裁判所でやればいい。日本は民間募金による償い金も出しているが、あくまで日本政府が賠償責任をという話になってしまうと、結局は日韓基本条約に戻る。でも、これは国際法ですから動かすことはできない。もし日韓基本条約がだめというなら、あとは国際司法裁判所しかないでしょうね」
 この発言に対して反論はいっさいなく、韓国人記者も沈黙したまま…。

しかし映像を見ると、橋下市長の発言は以降も続いている。そして最後に、2007年の閣議決定についての誤った認識を重ねて露呈した。橋下市長は文書資料だけでなく、証拠として充分な証言が出てくる可能性に言及しているが、そもそも安倍政権は文書資料が存在しないという河野談話発表時の認識を閣議決定しただけであって、元慰安婦の証言が証拠として成り立たないと閣議決定したわけではない*1。実際には、元慰安婦の証言等を総合して河野談話が生まれたのだ*2
また、この記事へコメントを寄せている識者は、拓殖大学の下條教授一人だけ。

竹島問題でもそうだったように、韓国が国際司法裁判所への提訴に乗ってくるとはとても思えない。その意味で私は賛成しかねますが、堂々と日本の立場を主張した点で橋下さんは正しいと思います」(拓殖大学国際学部・下條正男教授)

しかし「日本の立場」は、建前としては河野談話を踏襲することで示している。「国家の意志として女性を強制的に拉致したり、売買したという事実はなかったというのが日本政府の見解です」という橋下主張は「日本の立場」ではない。
ちなみに、この下條教授は竹島問題でさまざまな論考を出しているが、特に従軍慰安婦問題の専門家というわけではない。国会に参考人として呼ばれた時、韓流ドラマが洗脳目的だと主張していたことでも一部で有名だ。
http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000517720110427009.htm

皆さんもファンがいらっしゃるかと思うんですけれども、「朱蒙」とか「太王四神記」というのは、これは日本人あるいは韓国人を洗脳するためのドラマだということですね。つまり、高句麗というのは、歴史的には、韓国の領土でもありませんし、中国の領土でもありません。それを、自国の領土だということを主張するために使った、つくったものが、「朱蒙」であり「太王四神記」だということですね。

もちろん、どのような物語であっても、制作者が意識するにせよしないにせよ、政治性をおびるものではある。しかし、だからといって国会のような場で安易に「洗脳」という単語を用いることもないだろうに。


そして6月1日になって、橋下市長は下記ツイートを投下した。

たしかに日本の近現代史を専門とする歴史学者でも、ひとりくらいなら日本の主導性を否定する人物がいると、思い当たるふしはある。
だが、さすがに日本の多くの歴史学者といわれると、誰と誰のことなのかと問いただしたくもなる。外国特派員向け会見で橋下市長を補佐する維新議員が、吉見義明教授を捏造者あつかいしたばかりだ。
橋下徹大阪市長の外国向け記者会見で、「吉見義明」が捏造者あつかいされていた件 - 法華狼の日記
橋下市長ははたして何人の歴史学者の名前を知っているのだろうか。

*1:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20120824/1345826092

*2:http://www.awf.or.jp/2/survey.htmlの石原信雄官房副長官証言「結局私どもは通達とか指令とかという文書的なもの、強制性を立証するような物的証拠は結局見つけられなかったのですが、実際に慰安婦とされた人たち16人のヒヤリングの結果は、どう考えても、これは作り話じゃない、本人がその意に反して慰安婦にされたことは間違いないということになりました」で明確に述べられている。