法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

橋下徹大阪市長がMBS記者へ逆質問したことの雑感

少し前に、下記のスポーツニッポン記事が話題になっていた。
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2012/05/08/kiji/K20120508003207990.html

 大阪市橋下徹市長は8日、記者団のぶら下がり取材で、大阪府が施行した君が代起立条例に関し起立斉唱の職務命令を出したのは誰かを問う“逆質問”を繰り返した。「ここは議会とは違う。(記者も)僕の質問に答えるべきだ。答えなければ質問には答えない」と迫り、応じなければ取材拒否する考えを示した。

 市長は、卒業式の君が代斉唱の際に教職員の口元を見て実際に歌っているかを確認していた校長に関する質問でヒートアップ。質問した記者に「答えられないならここに来るな。勉強してから来い」と、興奮を抑えられない様子で約30分間まくしたてた。

 職務命令は府教委が出していた。

逆質問を発したのが毎日関係のMBS記者であったため、同じ毎日傘下のスポーツニッポン記事は市長の印象を悪くしようとしているとの反応が散見された。
はてなブックマーク - 「答えられないなら来るな」橋下市長 記者相手にヒートアップ ― スポニチ Sponichi Annex 社会

id:System 毎日系列はキモいですね。 2012/05/09
id:maido3 毎日系列のスポニチが報道すると、こういう記事に 変 換 されます。 ネットが無い時代はこの手法がまかりとおっていたんだよなぁ・・・ 2012/05/09

http://ceron.jp/url/www.sponichi.co.jp/society/news/2012/05/08/kiji/K20120508003207990.html
しかし実際には産経新聞記事と同じ文章なので、単に同じ記事を通信社から購入しただけなのだと思う。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120508/lcl12050814130001-n1.htm
他にも複数の記事が出ているが、なぜかZAKZAKのようなタブロイド紙サイトや、スポーツ新聞で取り上げられているだけ。
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20120509/plt1205091117003-n1.htm
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20120509-947846.html
逆質問を中心とした、やりとりの印象論に終始して、橋下市長の主張について検証はほとんどされていない。産経新聞を除く主要新聞には、WEB上での記事が見つからなかった。


この囲み取材をふくむ映像は、大阪市庁舎によって全体が公開されている。

6分少し前ほどから記者の質問に対し、誰が誰に対して通達を発したのかと質問で返し、MBS記者の回答へ「違います」等と何度も明言。教育委員会から全教員へ出されたとの認識を示している。ただ、「そこは変わりました」という台詞を途中で発している。何か変わる前はMBS記者の回答で正解だったという認識なのかもしれない。


この囲み取材に対して、furisky氏は橋下市長の認識が正しかったとしても対応が間違っていると批判した上で、認識そのものが間違っていたと指摘している。
http://d.hatena.ne.jp/furisky/20120516/p1

記者会見というものはディスカッションの場ではありえない。
MBS側の質問が橋下の意に沿わない、気に入らないものであったとしても、
その質問に対しての橋下の公人としての見解を述べて、次の記者の質問へと
移してしまえば良かったのだ。ところが逆質問をしつこく繰り出し、そうすることで
自身の見解と論点をはぐらかし、記者会見の場を本来の趣旨から逸脱させて、
記者を吊し上げにして混乱させた橋下の異様にして横暴な態度には呆れてものが言えない。

上記の主張そのものは理解できるし、理想論としての正しさはあると思う。ただ、あらゆる場面に適応できるとの確信はないので、全面的な同意は保留にしておく。
どちらかといえば、囲み取材をディスカッション化しているという指摘を重視したい。

命令を出した主体について記者は、中西教育長だと答えたところ、
橋下は、
『とんでもないですよ。もっと調べてくださいよ。教育長が命令出せるんですか』
命令の対象についても、MBS側が、校長と答えたところ、
『違います。違います。そこは変わりました。全教員に出されてるんです。』
橋下はそのように否定して、以降、記者を勉強不足だのなんだの言って、
しまいには命令口調で記者を罵倒しだした。

ここでfurisky氏は書面を引用し、教育長から校長と教職員に対してそれぞれ通達が出されていたと指摘した。

ついては、入学式及び卒業式等において国歌斉唱を行う際は起立により斉唱するよう教職
員に対し通達を行ったが、校長又は准校長からこの趣旨を徹底するよう職務命令を行うこと。

より正確にいうと、全教職員への通達を出していたが、職務命令を行うようにという校長向けの通達も出していたということ。つまりMBS記者の回答でも間違いはなかったという話。


ちなみに、教育長が教職員に命令を出すように変わったという朝日新聞記事も今年1月にあった。
http://www.asahi.com/national/update/0114/OSK201201130244.html

君が代斉唱をめぐる職務命令はこれまで、各校長が事前に不起立を表明していた教職員のみを対象に出していた。しかし、府教委は条例成立後で初の卒業式シーズンを前に、条例順守を求める姿勢を示すため、教育長が一律的に命令を出すことにした。

数日後の朝日記事では、府教委が命令を出したという見出しだが、実際に読んでみるとMBS記者の認識とおりの形式で行われていたと書かれている。
http://www.asahi.com/national/update/0117/OSK201201170056.html

大阪府教育委員会は17日、府立学校の全校長を集めた臨時校長会を開き、中西正人教育長が全教職員約1万3千人を対象に、入学式と卒業式での君が代の起立斉唱を求める職務命令を出した。

ちなみに橋下市長が大阪府知事だった昨年に行われた、知事との意見交換会でも、よく似た説明が教育長から行われていた。
大阪府/知事と教育委員会との意見交換会

校長のマネジメントをサポートするために、全教職員に対して職務命令を発出する。これは、教育長名の全教職員あての通達という形で行う。あわせて、校長の対応としては、学校の実情に合わせ、職員会議の場等で全教職員に教育長通達を示す、あるいは課題のある学校では、文書で個々の教員に指示を行うなり、口頭できちっとした命令を行うなり、そこは学校現場の実情に応じて、校長がマネジメントで運用していただく。

この報告に対して、橋下知事も下記のように応じている。

私の立場上、大号令をかけて「従え」と言うが、教育委員会が現場のことを考えながら、マネジメントにより、しっかりと校長と団結して、合意形成を図っていきたいとの考えには敬意を表す。こういう教育委員会の思いは、現場の先生に届いているのか。

少なくとも、知事の時点では、合意形成が教委と校長の間で行われると認識していたようだ。


結局のところ、橋下市長が「違います」と何度も断言したのは、どのような意図によるものだったのだろうか。
少なくともMBS記者の回答でも間違いではない。仮に、形式的には正答だが実態とは異なっている、という根拠で自身の無謬性を訴えたかったなら、まず実態と異なっているという論証が必要だろう。
囲み取材での逆質問は、「ディスカッション」で場を乗り切っただけにすぎない。それも、検証に時間がかかる虚偽*1を根拠とすることで、反証の手間を相手に課して時間を奪い、その余裕を利用して自説を述べ続ける。述べた自説に対しても相手は反証をせまられるので、自説を開陳できる時間は増え続ける。
手間がかかる論証よりも、嘘をすべりこませた主張が、短期的な論争では有効な場合がある。制御されないディスカッションだけでなく、場を整えたディベートでもおちいる陥穽だ。


いずれにせよ、ていねいな反論ではなく逆質問を選び、MBS記者が誤っていると印象づけた手法は、TV文化人として名前を売ってきた橋下市長らしい態度だと感じた。
ただ、この態度は攻撃力は高いが防御力が低い。攻撃し続けて相手の反撃をふせぐしか守る手段がない。
そうでなくても、たとえば囲み取材の映像が無編集でTV放映されたとして、教育長名義で校長に対する通達が行われていたというテロップが表示され続けただけで、逆質問の印象は悪くなることだろう。橋下市長に対する報道の追求が甘いからこそ、報道にバッシングされているという自己演出を許しているのではないか。

*1:ここではMBS記者が誤答したという断言を意味している。