さまざまな戦いの、その「当時」を生きぬいた人々がいる。
「今」もそこにいる。
もちろん、せまい意味での「戦争」だけじゃない。
国家の内と外、社会の上と下。
いつどこに苦しみがあったって、気づかなければならないことにかわりはない。
その人々にとどけるべきは
「今は認められない。でも、当時は必要だったことは誰だってわかる」
などという、なまぬるい言葉なんかじゃない。
どうどうと胸をはって
「今は必要じゃないと誰でもわかる。だからこそ、いつだってどこだって必要であるものか」
そう、はっきりいうことだ。
そうだろう?