法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『相棒-劇場版III- 巨大密室!特命係 絶海の孤島へ』

孤島で訓練をつづける民兵組織で、死亡事故が発生。
さまざまな思惑がいりみだれる現場に、杉下右京と甲斐亨が乗りこんでいく。


刑事ドラマシリーズ『相棒』、2014年の劇場版。杉下右京が3代目の相棒をむかえた時期の作品だが、地上波初放送した今回すでに3代目はTVドラマから退場。そのかわりにというべきか、2代目相棒の神戸尊が映画の冒頭にカメオ出演する。
2代目の相棒がTVドラマから退場すると決定した後に『相棒-劇場版II-』を地上波初放送した時も首をかしげたが*1、こうなると偶然を超えた意図を感じなくもない。スピンアウトを除いた本編の劇場版では、ちょうど1作品ごとに相棒が交代していることになる。
そのTVドラマの退場劇も首をかしげる内容で*2、甲斐亨の秘密を知った後で『相棒-劇場版III-』を見て違和感をいだかないかと不安だったが、これが意外と悪くない。退場劇と同じ輿水泰弘脚本のためだろうか、性格が矛盾していると感じる場面がない。むしろ正しいことのために暴力が必要とされることに葛藤する物語は、退場劇の補助線のように感じられた。


映画としてのスケールも、恐れていたほど大きすぎず小さすぎず。
自衛官民兵組織をつくっているとか、それが国防のため孤島で訓練をくりかえしているとか、派手な戦闘を描こうとしているようでいて、あくまで孤島ミステリとして展開していく。メインの謎となる事件はひとつだけで、その謎解きもシンプルで無駄がない。あくまでカルト集団を舞台とした閉鎖ミステリの変奏曲だ。馬に蹴られて死んだという、ちょっと間の抜けた事故死から、ていねいに手がかりを集めて真相をあばく。蹄鉄をめぐる論理の切れ味は悪くない。
舞台となる民兵組織のカルトぶりも、絶妙なラインをついていた。教育組織としてふるまっているところは、戸塚ヨットスクールをはじめとした問題が現実にも残っているし、自衛隊そのものにも教育機関となるよう期待する政治家がいる。退官した人々の受け皿として民兵組織が成立しているところなど、わりと現実の自衛隊からも共感されそうだ。


すべての真相は国防のため民兵組織が暴走したという予想されたものだが、それを止めようとするのも自衛隊という構図が面白い。
杉下右京は真犯人が「国防という病」にかかっていると喝破するが、自衛隊のような暴力装置を全否定しているわけではない。自衛隊は秘密裏に問題を終わらそうとして、すべてをあばきたい杉下右京と衝突するが、民兵組織の暴走を看過しているわけではない。
自衛隊は特殊部隊をおくりこんで民兵組織を拘束し、秘密を消し去ろうとする。その時、特殊部隊と民兵組織のリーダーは、たがいを「兵隊ごっこ」と見くだす。そもそも杉下右京が孤島に行った背景にも、異物をおくりこんで民兵組織の問題をあばくという防衛関係者の意図があった。自衛隊の立場を強めるべき今だからこそ、退官者の暴走で出鼻をくじかれては困るというわけだ。
現実にも、田母神俊雄航空幕僚長のように、排外思想や陰謀論にそまった元自衛官がいる。その過激とも本音ともとれる発言は、せまい範囲の人気を取るため政治家に利用されることもあるが、自衛隊の立場を強くしたい人々には煙たがられている。自衛隊が国内外に危険視されては困るからだ。


いわば「現実主義」な自衛隊肯定論にも居場所を与えている物語なのに、少なくない反発があるらしい。
しかしそれは、むしろ現代社会のかかっている「国防という病」がどれほど深刻かをはっきりさせる。