法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『耳刈ネルリ御入学万歳万歳万々歳』石川博品著

一部ライトノベル界隈の絶賛評を見て、期待しながら読んだ作品。2009年に刊行された著者のデビュー作にしてシリーズ第一作。
確かに巧いとは思ったし、楽しんで読めた。


入学したばかりの学園が舞台という定石をベースに、いかにもインターネット受けしそうなパロディや、青少年の下半身を刺激するドリームが語られながら、国際政治を背景とした学園内の権力争いが展開される。
十人超のクラスメイトが個別に動き、委員会など他勢力も複雑にからみあいながら、状況はよく整理され、キャラクターごとの濃淡もはっきりしていて読みやすい。
しかし、ツッコミとドリームを交互に続ける主人公の一人称で、乱痴気騒ぎを引き起こす破天荒な少女が描かれる本筋は、オーソドックスなライトノベルそのもの。
すぐ妄想にふけりながら状況がわかりやすい一人称のバランスは巧みだが、基本はありがちなライトノベル文体であることは確か。クライマックスでシリアスに内面を吐露するような場面でさえ、「僕もネルリもお互いの自尊心をペロペロなめ合ってビッショビショだ。」*1といったシニカルなハードボイルドで徹底しているところは心地良いが、前例がないわけではない。
少女が征服者の末裔として兄弟の耳を刈り、王太子の座を手にしたところや、旧ソ連ベースの社会設定も、学園ライトノベルの変化球として意外性は少ない。


あまり好事家以外に評価が広まらなかったのは、話題にしやすい取っ掛かりがなかったためだろうか。よくあるライトノベルとして浅く読むことも、深読みすることもできる。しかし、浅く読んだ場合は面白くとも目新しくはないという印象が残るし、深読みを誘うための導線は作者自身による巻末解説くらいしかない。
ただ一つ、現代のインターネットでネタにされる携帯小説などをパロディした架空文学史には、『僕の妹は漢字が読める*2の先駆的要素も感じられた。仮に、主人公がクラスメイトと親睦を深める舞台設定ではなく、架空文学史の授業を中心にした物語として一冊目をまとめていれば、メタライトノベルとして当初から注目されたかもしれない。

*1:275頁。

*2:まとまりの良さ、ネタの濃さでいえば『耳刈ネルリ御入学万歳万歳万々歳』が勝っていると思うが。感想はこちら。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20111129/1322581519