法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

イオンの放射能独自検査「ゼロ」基準について、各記事の簡単な読み合わせ

11月初めに、スーパーマーケット業界1位のイオンが「放射能“ゼロ”宣言」を発表した。
「ゼロ」という数字に対して違和感を表明する向きが多々あり、特に消費者団体FOOCOMに掲載された松永和紀氏による下記エントリの批判が注目を集めたようだ。
http://www.foocom.net/column/editor/5245/

 そもそも、目標に掲げられている「放射性物質ゼロ」は科学的にはあり得ない。食品中には、放射性カリウムや放射性ポロニウムなど自然の放射性物質が必ず、含まれている。食品中の自然の放射性物質による被ばく線量は、日本人で平均して年間0.41mSv。どこの店頭にも、放射性物質入りの食品がずらりと並んでいる。

 加えて、イオンの自主検査では、分析における問題が生じている。食品によって検出限界値が違っており、同じベクレレ数値でも食品によって「検出せず」になったり、「検出限界値を超過」になったりする。判断の公平性が失われているのだ。

ここで松永氏とは別の疑問をおぼえた。「検出限界値」が存在しているなら、それが一つの実質的な基準として作用しているのではないか。
そして不思議なことに、記事のタイトルや末尾でグリーンピースに矛先が向けられている。

 そして興味深いことに、イオンがこの方針を発表してすぐ、NGOグリーンピースは事務局長ブログで「画期的」とイオンを褒めたたえた
 イオンさん、被災者をいじめておいてグリーンピースに褒められて、嬉しいですか?

しかしリンクされているグリーンピース記事を読むと、実際には「ゼロ」が現実として不可能であろうことが冒頭から記述されている。
イオン放射能自主検査からみるグリーンピースの企業への働きかけ - 国際環境NGOグリーンピース

「ゼロ」は現実的に達成するのは難しいと思うが、ゲルマニウム半導体検出器で検出できる限界を少しでも超えたものは販売を見合わせるという姿勢は、これまでとは比べ物にならないほど画期的なものだ。
政府が定めた「食品の暫定基準値」をスーパー最大手が事実上無視することを決め、消費者のニーズに合わせるとしたわけだから政治的な影響も大きい。

下のように、「サプライチェーンアクション」として政治を動かすきっかけとして重視しているようだ。

横並び、または業界意識の強い日本の企業にとって、最大手が動くかどうかは非常に大きな要素で、最大手が動くことでライバル企業、業界団体が動き、さらにはサプライチェーンが動いていく。
これを私は「サプライチェーンリアクション」と呼んでいる。つまり消費者に近い企業を変えることで、生産までの仕組みを変えていこうという戦略だ。

賞賛はあくまで政府基準とは異なる姿勢であること、それが業界最大手が示した意味に向けられているのであって、「ゼロ」にとらわれているわけではない。松永氏が固定されたものとして論を進めている「国の定める基準」を否定しているだけだ。
むろん、基準値を下げることが必ずしも消費者や被災者への利益に繋がらないこともあるだろう。単純に考えて、基準値を下げる政府の口実に使われる一方で、補償の範囲を広げなければ被災者へ負担が広がるばかりではある。前後するが、松永氏による下記の指摘も一定の意味があるだろう。

 にもかかわらず、イオンが勝手に、「検出せず」を強要しようとしているのだ。国の暫定規制値を超えていれば、補償の道がある。イオンは「販売しない」代わりに、生産者に補償をするのだろうか? そうではなく、「ただ扱わない」というのなら、流通最大手の唯我独尊、というよりも、被災者いじめでしかない。


イオンからは宣言のプレスリリースがPDFファイルが公開されており、FOOCOMとグリーンピースの記事にもリンクされている。よく見ると、放射能が真の意味で「ゼロ」という読みは、やはり誤解ではないかと感じられる表現をしていた。
http://www.aeon.info/news/2011_2/pdf/111108R_1.pdf

 今後は、放射性物質“ゼロ”を目標に、検出限界値を超えて検出された場合は、販売を見合わせることを検討してまいります。
 これまで当社が実施してきた自主検査は、第三者機関によるゲルマニウム半導体検出器を用いて行ってきました。今後の検査についても引き続き第三者機関によるゲルマニウム半導体検出器を用いて行ってまいります。

放射性物質“ゼロ”」とは検出ゼロの意味であって、実質的にゲルマニウム半導体検出器の「検出限界値」を基準としていると読むべきだろう。この基準が妥当かはさておいて、必ずしも目標として不可能とはいいきれない。
上記の2記事で言及され、上記プレスリリースにもあるように、イオンでは自主検査の結果発表を公開している。
イオンの自主検査結果について | 放射能・放射性物質 関連情報 | イオン株式会社
最新の各品目表を読めば「検出限界値」が明記されており、やはり放射能自体がゼロになったと主張しているわけではない。
品目別検査状況一覧 | イオンの自主検査結果について | 放射能・放射性物質 関連情報 | イオン株式会社
上記の水産物のように、最大の真たらでセシウム134が47.9、セシウム137が49.0くらいなら販売するべきと松永氏は主張されるかもしれないが。


ちなみにイオンが検出限界値まで基準を厳しくした時の朝日新聞報道では「ゼロ」という言葉は言及されていなかった。あくまで検出されるか否かで基準を決めているという内容にしぼっている。
http://www.asahi.com/business/update/1108/TKY201111080575.html

 大手スーパーのイオンは8日、食品の放射線検査の対象を広げ、放射線が少しでも検出された食品は原則として販売しないと発表した。原発事故以降、放射線に関して消費者から約6千件の問い合わせがあったといい、基準を厳しくすることにした。

 イオンは3月中旬以降、独自ブランド(PB)の「トップバリュ」を中心に水産・畜産・農産物と米を自主的にサンプル検査してきた。7月末以降は、PBの国産牛を全頭検査している。国の暫定基準値は500ベクレルだが、50ベクレル以上の放射性物質が検出された約30の産物は販売しなかった。9日以降は検査をトップバリュ以外の食品に広げ、頻度も増やす。

 対象は、これまでの検査で検出例が多かった品目や産地が中心で、3カ月で5千件の検査を予定している。検査機器が測定できるレベルの放射線が検出された地域の同じ品目は販売しない。

そして福島県産の米が忌避されているという新しい朝日新聞報道で、興味深いくだりがあった。
http://www.asahi.com/national/update/1217/TKY201112170514.html

 「安全宣言直後は『40ベクレル程度のコメなら買ってもいい』という業者もいたが、基準超えでそれも立ち消えになった」とJA全農福島幹部。JAは、検査で検出限界値以下の「不検出」となった地域のコメだけを業者に出荷している。しかし、基準超えのあとは「それも消費者に敬遠されている」と嘆く。

つまり現地の福島JAもまた「検出限界値」を基準にして出荷しているというのだ。実際に消費してもらえるためには、イオンと同じ検査基準が意味があったということだろう。
良いことか悪いことかは別として、イオンは現地の判断を先取りしていたといえる。もちろん被災地側が苦渋の選択として行った判断と、流通側の判断を同列に見ることはできないが。
そして記事は福島県の学校給食も北海道産にきりかわったことや、外食チェーンから敬遠されている現状を報じた後、イオンが自社ブランドとして福島県産の米を流通させていることを明かしている。

 同県いわき市の米穀業「相馬屋」の佐藤守利社長(53)は「事故以前は県内産が8割だったが、今は逆転した」と話す。同市では今月から小中学校の学校給食用米を県産から北海道産に切り替えた。

 外食チェーンも福島産のコメを敬遠する。「すき家」などを全国展開するゼンショーは使用を見合わせている。「他県産で必要量を確保できるなら福島産の優先度は下がる」と話す。

 一方で、福島産米を扱い続ける業者も。大手流通のイオンは自社ブランドのパックごはんに今年も使う。パッケージに「福島県産こしひかり」と表示し、2600万パックを販売する予定。同社は産地の倉庫に保管中にコメを自主的に検査しており、「不検出」のものを使用。「検査で問題がない限り販売する」という。

つまり、初期から自主検査を行って基準を定めていたからこそ、イオンは自信をもって被災地の食品を流通させ続けられているのかもしれない。これこそ良いことなのか、それとも悪いことなのか、わからないが。