法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ONE PIECE THE MOVIE エピソードオブチョッパー+冬に咲く、奇跡の桜』

2008年に公開された映画の地上波初放送。船医チョッパーの海賊団入りエピソードを、他のキャラクター入団と順番をいれかえて描く。
人気エピソードのリメイクにとどまらない、なかなかの佳作。


まず映像面では、キャラクターデザインと作画監督をつとめた舘直樹による、柔らかくうねった描線で手描きの味をいかした作画が素晴らしい。何度かあるアクションや、要所で見せる泣き芝居は絶品。
しかし志水淳児監督による演出は、実写を意識して緻密なレイアウトで画面を制御する手法や、アニメーションの動きで映像を保つ手法ではなく、良くも悪くも作画の印象は弱い。特に中盤は作画リソースを割り振っていないこともあり、TVアニメと同スケールの演出と感じる場面もあった。


物語は題名でも示されているように、あらかじめ結末を観客へ知らせ、物語の流れで楽しませるところが特色。予定調和の勧善懲悪で後味良く、それでいて意外性も過去を忘れないことの痛みも充分にある。
キャラクター映画としてもいい。少なくないキャラクター、それも原作描写よりも増えた状態でていねいに物語を整理し、活躍が少ないキャラクターにも存在意義が与えられている。原作では未登場のフランキーは能力をいかして最大の危機回避で活躍するし、病気で倒れたナミは海賊団とチョッパーが出会うための土台となっている。
群集的なキャラクターに温度差ある描写を行い、立場を変える心情変化に不自然さを感じさせないところも好印象。個々の心情変化も、他者の言動に影響されて心情が変わっていることを、台詞にたよらず自然に感じさせてくれる。かわりに回想を多用していたのは少し残念だったが。
映画オリジナルの追加敵キャラクターが、核爆弾を思わせる能力を持っている重さもいい*1キノコ雲というビジュアルも物語の鍵となるキノコと繋がり、違和感を生むどころか、あつらえたように医療を題材とした物語へ収まる。過去に能力を使った回想描写の独特な映像演出とあわせて、深い印象を残した。


以降は主に原作に対する評価。
医療という題材で、努力をつらぬいたチョッパーの大失敗を描いて優しいだけでは医療ではないことを厳しく指摘した上で、医療を独裁政治に用いることを批判する順序がよくできている。古い言葉をもじるなら「技術がなければ医療ではない。優しくなければ医療を名乗る資格はない」といったところか。万能薬など存在しないと指摘する台詞とあわせ、代替医療業界に見せて感想を聞きたい。ドクロマークという小道具を伏線とすることで、意外性を出しつつ海賊というシリーズ全体のテーマと繋がるところも素晴らしい。
しかし、やはりヒルルクがキノコスープを食べる展開には疑問が残る。いくら回復の見込みがなくて感動したからといって、感謝と賞賛を伝えつつ他の方法を選択するべきではなかったのかと、チョッパーというキャラクターが形成された根幹だけに説得力はほしかった。たとえば、ヒルルクが病魔にむしばまれて倒れ、次に苦さに驚いて体を起こすと寝床にいて、チョッパーがキノコスープを飲ませたと知る、という展開でいいはずだ。すでに飲まされてしまったなら、真実を告げることにためらっても自然。半分のキノコが残っていた描写も、ヒルルクが半分で充分だと断った描写を入れればいい。
あえて食べる描写をすることで、チョッパーを受け入れるヒルルクの強い意志*2を見せる意図もわからないではないが……こういうテーマを最優先したキャラクター描写が多いため、原作もふくめて『ONE PIECE』は乗り切れない。

*1:原発で重大事故が起きている最中に放映されていることには皮肉を感じた。

*2:同じように遺志を描くにしても、泥棒時代の罰と思ったりするような描写があれば、少しは見てて納得しやすかったかもしれない。