法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ONE PIECE STAMPEDE』

海賊万博の招待状が麦わらルフィの一味をはじめとした世界中の海賊にとどき、ひとつの島でゴールド・ロジャーが残した宝をめぐって競争がはじまる。
しかしその背後にはロジャー団からとりのこされたダグラス・バレットと、ゴールド・ロジャーのはじめたワンピース争奪戦に敗北感をおぼえたイベント屋の目論見があった……


原作者監修による完全オリジナル映画。東映出身の大塚隆史がTVSP*1につづいて監督を担当し、新型コロナ禍を前にした2019年に公開された。

コンテ演出作画監督の人数はそれぞれ多めで、東映アニメーション総力戦。現代のアニメ映画にしてはデザインレベルで描線が太く、あまりシャープではない。手描きらしい味を出すにしても、筆のようなかすれではなく、ゆらいだ感じが珍しい。
そうした描線の面白味だけでなく、クライマックスでは大規模な3DCGをつかったアクションも展開される。アクション作画のスタイルは古いところも多いが、全体としてよく動いているので見ていて楽しい。


原作者がよせたコメントで「とうとうやっちゃったオールスター映画」とあるように、本当に敵味方関係なく原作のメインキャラクターが集結し、数十人の名のある登場人物に出番がある。なのに驚くほどストーリーが追いやすい。
TVアニメはほとんど視聴せず、原作を追うのも途中で脱落した立場で鑑賞したが、それでも物語を追うのに支障を感じなかった。たぶん原作をまったく知らずにこの映画だけを見ても、物語を追うために必要な伏線や説明は充分ある。映画単独で説明が足りないのはエースの幻影くらいだろうし、それも一瞬の描写なので、登場人物の反応から推察できるだろう。
おそらくは群像劇らしい群像劇にしなかったことが良かったのだろう。今回はルフィの仲間がばらばらになったり独自にひとりひとり動いたりせず、ふたつのチームにわかれてかたまって動いていく*2。海賊全体としても雑多なキャラクターを大きな集団ふたつにわけて、表の競争と裏の調査を交互に描いていく。
キャラクターの活躍は必要最小限ですまされる。敵味方の複雑な因縁や異なる目標も設定せず、当面の目標が大きくひとつずつあるだけで、ライバルとの戦いを優先したりしない。競争も過去作のようにさまざまな状況で何度も戦うのではなく、設定された宝を目指してコースを走り抜けるだけ。
中盤であっさり目標にたどりついて表の競争が終わり、入れかわるように海軍の大部隊が第三の勢力としてやってくる。そこから万博開催者の陰謀が発動していくわけだが、表面的には呉越同舟なチームわけによる海賊と海軍の戦いなので、やはり対立構図が複雑すぎず状況がわかりやすい。ひとりの心情を追うドラマではなく、それぞれの文化をもつ集団のぶつかりあいとしてストーリーが進む。
個人的な因縁をほとんど描かないことで、キャラクターの動機や能力について必要最低限の説明描写でアクションに突入できる。


また、公開時は東京五輪の開催が翌年に予定されていたのに、ひとつの宝を目指して海賊が集まりレースをはじめる設定に、「五輪」ではなく「万博」というワードを用いていることが興味深い。名称の使用料をさけるためかもしれないが*3、現在に見ても適度に現実と距離をとって楽しめる。以下、ネタバレになるが……
開催者が用意していた目標は「ワンピース」のある場所へ直行する手がかり。つまり作品の根幹となる宝探しを終わらせる代物。作品タイトルの「スタンピード」は劇中ではイベントの「熱狂」という意味で台詞につかわれるが、おそらく「加速」の意味もこめられているのだろう。
熱狂をもって動員された海賊たちは、自らの手で冒険の時代を終わらせることになり、夢がさめるように軍隊との戦いに向きあうはめになる。もちろん今回の映画では主人公の選択によってはばまれるが、それは終わりを先のばししたにすぎない。あくまで独立した外伝でありながら、作品全体の結末を予感させる物語でもあった。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:終盤でてわけする必要になっても、やはり二手にわかれることを選ぶ。

*3:実際にアンバサダーとしてキャラクターがつかわれた『ドラえもん』でも、TVアニメでオリンピックの名称が出てくるのは歴史的な出来事に対してだけで、劇中で開催されている世界大会には使用されていなかった。 hokke-ookami.hatenablog.com