法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

ニューヨークタイムズのニコラス・クリストフ記者と、国と人の区別ができない者と

産経新聞を読む時は眉に唾をつけるべき - 法華狼の日記で取り上げた尖閣諸島認識をめぐる出来事が、半年もたたずに再演された。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110128/amr11012818280042-n1.htm

 【ニューヨーク=松尾理也】沖縄・尖閣諸島をめぐり、以前から中国の主張に理解を示す記事を執筆している米紙ニューヨーク・タイムズニコラス・クリストフ記者が、20日付同紙に再び「私の見解は、中国の領有権主張には揺るぎない歴史的根拠があるというものだ」とのコラムを掲載したことに対し、在ニューヨーク日本総領事館はこのほど、「尖閣諸島は日本固有の領土であり、極めて遺憾な内容」と抗議を申し入れた。また、佐藤悟外務報道官名の反論文が27日付同紙に掲載された。

 クリストフ記者は昨年9月にも、「中国の主張に分がある」「尖閣諸島の紛争で米国が日米安全保障条約を発動する可能性はゼロ」などの内容のコラムを執筆し、日本政府が抗議を申し入れていた。

クリストフ記者の認識が正しいかどうかはさておき、「日米安全保障条約を発動する可能性はゼロ」*1という主張にこだわるところが産経新聞らしい。そこは抗議して何かが変わるような論点ではないだろうに。
一方でクリストフ記者も、「はっきりした答えは分からないが、私の感覚では、中国に分があるようだ」と断言をさけた前回から、「私の見解は、中国の領有権主張には揺るぎない歴史的根拠があるというものだ」と大きく中国寄りに変化している。しかし前回は、冒頭のエントリでも説明したが、クリストフ記者が感覚の根拠もいくつか書いていることを産経新聞記事は言及していなかった。正しく文脈が伝えられていると信頼することはできない。


まず、共同通信から産経新聞へ配信された記事と見比べてみた。この記事によると再び日本外務省側は反論を投稿し、ニューヨークタイムズに掲載されたという。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110128/amr11012811020034-n1.htm

 米紙ニューヨーク・タイムズは27日、尖閣諸島問題に触れた同紙コラムが「中国の主張に強い歴史的根拠がある」と言及したことに日本政府側が反論した投稿を掲載、「中国と台湾の当局が問題を提起し始めたのは1970年の後半」などの指摘を紹介した。

 投稿したのは外務省の佐藤悟外務報道官で「日本政府は1895年1月、尖閣諸島に住民がおらず、どの国の支配も受けていないことを確認して自国に正式編入した」と述べ「固有の領土」だとした。

 コラムは同紙コラムニストのクリストフ記者が20日付紙面に執筆し、米中関係がテーマ。中国の通貨政策や人権問題とともに領土問題での姿勢に触れ「攻撃的」などと指摘、尖閣諸島問題での中国の主張については「私の見方」として「強い歴史的根拠がある」と記した。(共同)

同じ文章から翻訳していると思われるが、「私の見解は、中国の領有権主張には揺るぎない歴史的根拠があるというものだ」と、「私の見方」として「強い歴史的根拠がある」では、かなり印象が異なる。前者と違って後者は断言をさけており、議論の余地も残っているだろう文意がうかがえる。
共同通信配信記事からは、クリストフ記者の当該コラムに中国批判もこめられていることもうかがえる。「沖縄・尖閣諸島をめぐり、以前から中国の主張に理解を示す記事を執筆している」としか説明されていない最初の産経新聞記事では、あたかも当該コラムが中国にくみするだけの内容としか受け取りにくい。


そして、実際にニューヨークタイムズのサイトから当該コラムを探してみた。
The Rise of Chinese Cheneys - The New York Times*2

When Deng Xiaoping made a landmark visit to the United States in 1979, he was seated near the actress Shirley MacLaine. According to several accounts that Ms. MacLaine confirmed this week, she told Deng rhapsodically about a visit to China during the Cultural Revolution. She described meeting a scholar who had been sent to toil in the countryside but spoke glowingly about the joys of manual labor and the terrific opportunity to learn from peasants.

Deng growled: “He was lying.”

In that blunt spirit, let me offer a quick guide to some of the issues that we have put on the table during President Hu Jintao’s state visit to Washington, at a time when Chinese-American relations are deeply strained and likely to get worse. American opinion tends to be divided between panda-huggers (“China is fabulous!”) and panda-muggers (“China is evil!”), but the truth lies between this yin and yang.

英語が不得手なりに機械翻訳等を利用して読んだところ、最初の産経新聞記事から受ける印象とは、やはり正反対の内容だ。
まずパンダを持ち出して*3、米国人の中国に対する印象が素晴らしいか凶暴かの極端に別れていると指摘し、それは間違いで真実は中間にあると主張する。つまりクリストフ記者は中国を全否定しているわけではないものの、批判するべき面があるという認識を序盤から示している。
そして中国の経済的な影響力は確かに大きいが米国に対する危険性を必要以上に誇張して考えてはならないと述べた後、中国領有権主張問題へと話をうつす。

Aggressive territorial claims by Beijing are unnerving China’s neighbors as well as Washington. My take is that China has a strong historical case in claiming the disputed islands in the East China Sea known as the Senkaku in Japanese and Diaoyu in Chinese. But China’s claims to a chunk of the South China Sea are preposterous, and its belligerence is driving neighbors closer to America.

There’s also a real risk that Chinese harassment of American planes and ships in international waters will spark a conflict by accident. The collision of Chinese and American military aircraft in 2001 led to a crisis that was defused only because then-President Jiang Zemin was determined to preserve relations with Washington. If such an incident occurred today, President Hu would probably be unwilling or unable to resolve the crisis.

飛行機や船の衝突が対立を引き起こすことを本当の危機として言及している後段も興味深いが、問題にすべきは領有権主張について述べた前段。
まず北京の領有権主張が攻撃的で、ワシントンだけでなく隣人つまり日本当局まで狼狽させているという導入部分は、どちらかというと中国批判の意図を読むべきだろう。やはり比較すると共同通信配信記事が要点をとらえている。
そして確かに尖閣諸島は中国側主張に分があるという見解をあらためて書いてあり、今回は根拠の内実について述べていないものの、「My take is that China has a strong historical case」という表現は「強い歴史的根拠がある」という共同配信記事の翻訳がより近いと感じる。
何より文章構成を見れば、尖閣諸島という東シナ海での領有権衝突をとりあげたのは、続いての南シナ海での領有権衝突を語る準備と考えるべきだろう。クリストフ記者は「But」と繋げ、南シナ海における中国主張はかなり多くが不合理と指摘している。つまり「沖縄・尖閣諸島をめぐり、以前から中国の主張に理解を示す記事を執筆している」とだけ紹介した産経新聞記事は、明らかにクリストフ記者の文意を損ねている。


この後、クリストフ記者は人権問題にふれて、自身が1980年代から1990年代にかけて中国にいたころより自由度が向上していると説明。もちろん続けてチベットウイグルといった少数民族へ厳しい抑圧を数年前にも行っていることを指摘。ノーベル平和賞を受けた劉暁波氏にも言及している。
そして北朝鮮、イラン、ミャンマースーダンジンバブエといった国家への支援が紛争や核拡散の危険性を高めていると指摘する一方、一般の米国人が思っているほど影響関係はなく、2ヶ月前にはスーダン北朝鮮で良い役割をになったこともあると主張。
逆に娘をハーバード大学へ留学させたりして親米と思われている習近平副主席*4が、実際には危険人物である側面も指摘している。
そして今後の中国がブッシュ大統領時代と似た政治、つまりタカ派を演じて国内人気を高める危険性があるという認識をのべ、中国版ディック・チェイニーの躍進を紹介してクリストフ記者のコラムはしめくくられた。


原文を読めば、全体的に中国の長所短所を指摘しつつ、依然として危険性に留意するべきと指摘するコラムだ。中国政府へくみする内容とは全く思えない。
そもそもクリストフ記者がピュリッツァー賞を受けたのは天安門事件の報道によってであり、ダルフール問題でも責任を取るべき存在として中国を強く批判している。
数年前にもクリストフ記者は中国政府のインターネット検閲へ反発し、いわゆる「エクストリーム」なブログを書いていた。
梶ピエールの備忘録。

そのうち後者の新浪網のほうの14日の開設以来のエントリのタイトルはこんな感じ。

・赵岩无罪

・中国领导执政应该更加透明

・敏感词

・法轮功为什么不能说?

 ・・というわけで完全に当局に対して喧嘩売ってますな(赵岩氏は現在中国当局に逮捕・拘束されているNYTの中国人スタッフ。NYTは彼の釈放を繰り返し紙面で訴えている)。後者の捜狐のブログの方も多分同じ調子だったと見えて、こちらの方は早くもブログごと削除されている。新浪網の方もいつまで続くことやら。

敵の敵は必ずしも味方ではないし、敵は必ずしも別の敵の味方でもない。クリストフ記者が単純な親中記者と考えることは、土台から誤っている。


しかし誤解にもとづいたクリストフ記者個人への批判にとどまらず、その伴侶をめぐって目をおおいたくなるような言説まで存在する。まず産経新聞記事へのはてなブックマークコメントから。
はてなブックマーク - NYタイムズ紙、またも尖閣問題は「中国の主張に理」 日本総領事館が抗議 - MSN産経ニュース

id:guldeen media, usa, これはひどい, china, japan この記者の所属がNYT(日本では『朝日新聞』内に支局)・妻は中国系で、本人も中国系集団の集会に何度も出ている事を思えば、当然か。だが、断る。 2011/01/28

2ちゃんねるまとめブログでは、これ以上にひどい偏見が見受けられる。
反日NYタイムズ「尖閣、中国の主張の方に根拠あり」→日本側の反論も掲載 : ネトウヨにゅーす。

12:名無しさん@十一周年:2011/01/28(金) 11:24:02 id:X5Rta0V+0
>クリストフ記者
ハニトラってか嫁が支那畜だっけ。
そこまで堕ちたかNYTとしかw

確かにクリストフ記者の伴侶は、中国系のシェリル・ウーダン記者だ。
だが、それがどうしたというのだ。下記はてなブックマークで批判されている『AERA』記事の軽率さを思い出させるが、偏見を公言する態度は重ねてひどい。
はてなブックマーク - 【AERA】sengoku38、妻は韓国籍 妻の両親は米国籍コリアン 父は元京都市職員 兄と姉は地方公務員
さらにシェリル・ウーダン記者は、夫と同じく天安門事件報道とダルフール虐殺報道によってピュリッツァー賞を受けている。中国系であれば必ず中国政府に協力するとでも思っているのだろうか。政府批判を行ってノーベル平和賞を受けた劉暁波氏は中国人ではないというのか。
妻の出自をあげつらい、それをもって国家と同一視するありさまは、国家へ精神的に依存している自分自身の鏡像ではないか、とすら私には感じられる。
自分が生活し、時に愛している国家に対しても、その過ちを人は批判することができる。それが自由な民主主義というもののはずだ。

*1:元記事では、「In reality, of course, there is zero chance that the U.S. will honor its treaty obligation over a few barren rocks.」の前に、米国は領有権の判断にかかわらず日本を助けるよう形式的に日米安全保障条約で定められていると説明している。http://kristof.blogs.nytimes.com/2010/09/10/look-out-for-the-diaoyu-islands/

*2:引用時、太字強調やリンクを排した。

*3:米国人にはイメージしやすい表現なのかもしれないが、私にはよくわからない。

*4:次期最高指導者候補として最有力という。ちなみに中国映画よりもハリウッド映画を好んでいることがウィキリークスで明らかになったという報道もある。http://www.afpbb.com/article/entertainment/movie/2778472/6565190