法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

中国で「反日デモ」の数が減ったことを素直に歓迎して大丈夫か?

いわゆる「尖閣ビデオ流出」によって反日デモが行われなくなったという主張を、少し前からインターネットで見かけるようになった。
はてなブックマーク - はてなブックマーク - 尖閣動画流出によって勢いづく排外主義者たちを許すな - 過ぎ去ろうとしない過去

id:irose tonton-jiji 、ンな事言ったら仙石とかはモロ自覚があるから怒ってる事になるぞ。/↑はて、「中国の主張がガセ」って判るのは重要な知見で、何人か書いてるけど。実際その後、中国デモは止んだしなあ。 2010/11/15

実際に映像から判るかどうかは別として、映像に乗せられた解釈が説得力を生むことも確かではあるだろう。しかし、その映像によって中国デモが止んだといえるかは、主観によるところが大ではないだろうか。相関があっても因果があるとは必ずしもいえない。
一つの原因として、ビデオの流出に話題が集中し、他の出来事が深く報道されなくなったため、反日デモについて報じられることが極めて少なくなったということが考えられる。わずかに反日デモが報じられても、話題にのぼらなくなった。その結果として、ビデオ流出を原因に反日デモが消えたような感覚が生まれた可能性は少なくない。


ここで体感とは異なる情報として、反日デモに関する先月末の報道を紹介しておこう。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2010102502000039.html

 【南京(中国江蘇省)=小坂井文彦、成都四川省)=安藤淳反日デモの続く中国では二十四日も内陸の地方都市で散発的にデモが発生した。しかし、全国的なデモの続発は反政府行動につながる危険性があるほか、今月末に日中首脳会談の実現を目指していることもあり、当局はデモを抑え込む方針で対処。集会予定場所に警官隊を大量動員するなどして、大規模なデモを封じ込めた。

 甘粛省蘭州市では同日午前、数百人が「釣魚島(尖閣諸島の中国名)を返せ」「日本製品ボイコット」と声を上げた。しかし、警官約千人が行進を制止し、デモは約一時間で終了した。

 陝西省宝鶏市でも午後、約八十人がデモを始めたが、警官隊が取り囲み、約十分後に解散させた。

 ほかに、デモの計画のあった江蘇省南京市では、公安当局が主催者を監視下に置き、デモを抑制。午前中、若者ら約百人が市内の広場に集まったが、警官が「向こうにいけ」とにらみを利かすと、散会していった。

 一連の反日デモの始まりとなった四川省成都市の日系スーパー近くでは同日、警官数百人が巡回し、抗議行動はみられなかった。

 デモは、インターネット上での呼び掛けから始まっているが、中国政府当局は現在、書き込みがあれば直ちに削除している。デモの中核となる大学生には、学校側が停学処分などをちらつかせて参加をやめさせている。

 反日デモは全国レベルでは下火になりつつある。しかし、週末にはデモが再燃する可能性があり、当局側は三十、三十一の両日も警戒を強める。

10月25日の時点で、中国当局反日デモへの封じ込めを始めて、全国レベルでも下火になっているという観測がされていた。「尖閣ビデオ流出」が11月4日に起きる一週間ほど前のことだ。この記事以外にも、中国当局反日デモの制御に乗り出したという報道は先月末から複数あった。
つまり映像流出と反日デモの減少には、因果関係どころか相関関係があるかも疑わしいというのが、私の正直な感覚だ。むろん私も厳密な統計をとったわけではないが、反日デモが報じられなくなったという実感を事実と見なすのは早計だろう。


くわえて、反日デモの減少は、それ自体が本当に歓迎するべき事態なのかという疑問もある。上記の記事中にもあるように、反日デモは容易に中国当局への不満へ変わり、反政府運動へ繋がる。歴史をひもとけば、天安門事件の端緒もそうだったことが思い出せる。以前に言及したニューヨークタイムズニコラス・クリストフ記者コラムでも、尖閣諸島問題記事でナショナリストが自国政府の主張が下手という不満を持っていると指摘されていた*1
さらには、中国の民主化運動者がインターネットで「憤る青年は突っ込め。早く行って壊してしまえ」と発言したため、中国当局から拘束されるという事態まで起きている。拘束された本人によると、あくまで激化する反日デモを風刺する意図だったというが。
http://www.asahi.com/international/update/1116/TKY201011160447.html

 【北京=古谷浩一】中国の民主活動家の女性がインターネット上で反日デモを促す書き込みをしたことで、公安当局に拘束され、1年間の労働教養所送りの決定を受けたことが分かった。女性がノーベル平和賞に決まった劉暁波(リウ・シアオポー)氏らの起草した「08憲章」に署名していたことなどが関係したとみられている。

 ペンネーム「王訳」で知られる程建萍さん(46)は、約30万人の乳幼児に被害を出したメラミン入り粉ミルク事件で被害者の人権を訴える活動をしてきた。江蘇省で10月28日に拘束。実家15日に、労働教養所で1年間の強制労働につかせるとの決定を受けた。

 程さんの婚約者でともに活動を進めてきた華春輝さん(47)によると、当局側は程さんが10月17日にネット上で上海万博の日本館への反日デモ呼びかけに対して「憤る青年は突っ込め。早く行って壊してしまえ」と書き込んだことを問題視。これが「大規模行事の秩序を乱す」との処罰対象になったと説明したという。華さんも一緒に拘束されたが、10日後に釈放された。

 ネット上にはこうした発言は多数あり、華さんや関係者は、2人が人権活動を行い、劉氏の受賞決定を受けて仲間内の祝賀会を開いていたことなどから、当局が拘束の「口実」を探していたと見る。華さんは「我々は反日デモに対し、あまりにも野蛮で粗暴だと怒りを感じていた。書き込みは風刺であり、日本への反感はない」と語る。

 2人は10月28日に結婚する予定だった。華さんは「たった一言の書き込みを理由にこのような処罰を下す。これだけでも彼ら(中国当局)の本当の顔がはっきりと分かるだろう」と悔しげに話した。

 程さんは16日、体調を崩して病院に運ばれた。抗議の絶食を始めているという。

この記事からも中国政府の人権軽視、自由への抑圧がうかがえる。しかし、こうした場面での中国政府のひどさは、尖閣諸島のような領土問題で中国を敵対視する考えと対立するどころか、場合によっては利用すらされることは注意しておいていいだろう。