法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

尖閣諸島をめぐる映像への感情投影

先月、尖閣諸島の領有正当性を主張するデモに対し、反対して道路で座り込みを行った2人の横断幕が奪い取られる出来事があった。
都内で右派系デモ、中国の「侵略」に抗議 1000人以上行進 写真15枚 国際ニュース:AFPBB News
AFP通信記事で複数の写真が紹介されている。2人が警察に連行されている様子はもちろん、横断幕を奪われる場面も映っている。
しかし尖閣デモを主導したりもしたメディアのチャンネル桜が、座り込みを行った2人を批判するにとどまらず、横断幕を奪った者や近くで撮影した者もデモが暴力的であるかのように自作自演したと主張した。
【10.16尖閣デモ】反日左翼の自作自演工作と国内外の報道姿勢[桜H22/10/18] - YouTube
実際にはid:toled氏と知人が2人で抗議のため座り込み、その横断幕を靖國会の永田壮一事務局次長が引きはがしたのだという。
http://makiyasutomo.jugem.jp/?day=20101021
それをデモの同調者がデモ隊とは別個に動画を撮影していた、という経緯だった。支援者を自作自演と誤認したためもあってか、チャンネル桜も珍しく訂正報道を行う結果となった。
【10.16尖閣デモ】デモ妨害犯に関する訂正報道[桜H22/10/21] - YouTube
もっとも、尖閣デモ関係者は暴力的でなく、横断幕を奪ったりはしないという当初の主張は、どこかに消えうせたまま改められなかったようである。


注意しておくが、上記に紹介したチャンネル桜の動画は、尖閣デモの映像それ自体を大きく加工しているわけではない。
引いた距離から俯瞰でデモ先頭を周囲の状況まで見えるように映しており、ドキュメンタリーで一般的に用いられる編集やカメラワークすら特になく、toled氏や永田氏の行動もはっきりわかる。その後に判明した実際の出来事と矛盾した内容が映っているわけでもない。ただ、登場人物の意図に誤った解釈をくわえただけのことで、誤報となってしまったのだ。
しかしYOUTUBEのコメント欄はもちろん、はてなブックマーク等でもチャンネル桜誤報を信じ、自作自演扱いするようなコメントが複数あった。
はてなブックマーク - 【10.16尖閣デモ】反日左翼の自作自演工作と国内外の報道姿勢[桜H22/10/18]

id:powerhouse63w 政治, news toledさん達の尖閣デモ抗議でtoledさん達を攻撃している白シャツの人(http://www.afpbb.com/article/politics/2766352/6332569)もtoledさんの仲間だという主張。確かにそう見える。カメラマンだけは桜の誤認らしいhttp://bit.ly/9rGhWp はてサ恐い 2010/10/19
id:rosaline 16日の「デモ隊の暴力」に関する動画。「暴力を振るった」男は、殴るどころか奪った横断幕を相手の頭上で振り回しているだけ。横断幕、カメラ、殴る男全員が手荷物持っていないのも興味深い。近くに車があるのだろう 2010/10/19
id:manydsvn デモ, 尖閣, 政治, はてサ, はてな左翼, 左翼, 自作自演, もっと知られるべき, マスコミ, メディア 左翼の自作自演がひどすぎる。はてサの可能性があるな。これが反日左翼のやり方か。はてサコメントしろよ。日本人はよく秩序を守って我慢した。さすが日本人。ただ、次は中に入って工作するかもしれないので注意。 2010/10/19
id:misty7ginkgo 日本, 政治, 尖閣諸島, デモ, 自作自演 16日の六本木尖閣デモを邪魔した二人のほかに、もう二人「邪魔した二人に暴力を働く役割の男」と「それを撮影する役割の男」がいた模様。非常に計画的で狡猾。 2010/10/19
id:tdam 自作自演の可能性…あきれた。尖閣問題といい、「ビデオ」は強いなぁ。対立する意見を持つ勢力の非暴力デモさえも許容できない勢力がいるのか。中国共産党みたい…実際、手先みたいなものか。挑発は無駄 id:logic_master 2010/10/19
id:Gakkuri-Kanabun_09 これはひどい, マスコミ, プロパガンダ, 中国 実際にこの自作自演の写真はデモ参加者が暴力を振るったという説明付きでAFPに紹介される形になってしまった。id:entry:25729548 2010/10/20

先日にも書いたことだが*1、写真も映像も事実の一面を限られた時間だけ切り取ったものにすぎない。撮影された文脈とあわせて初めて証拠能力を持つのだ。


しかし、ビデオは強いと評したtdam氏のコメントは、その意図は別にして普遍的な感覚と思う。実際の証拠能力に比べて、映像は感情を動かす力が大きい。
その感情喚起力は、尖閣ビデオ流出をめぐる状況でもはっきりした。
尖閣動画流出によって勢いづく排外主義者たちを許すな - 過ぎ去ろうとしない過去

 では、映像の公開はまったく無駄であったのか?というとそうではない。反中国の論陣を組んでいた排外主義者を勢いづかせたのである。そして、このような結果になることも初めからわかっていたのであって、日中両政府は何故、あのような内容においてどうでもいい映像の公開をかたくなに拒んでいたのか、という理由についても結果的に明らかとなった

もちろんhokusyu氏も映像がさほどの証拠能力を持たないことを指摘している。

映像の公開によって明らかになるかもしれなかったことがあるとすれば、それは衝突が故意か事故か、ということだろうが、結局あの映像では、漁船が故意に衝突させたか、あるいはまったくの事故であったか、または海上保安庁の船が故意に衝突させるよう仕向けたか、決定的なことは何もわからないのだ。

映像は、その原因についてはともかくとして、中国の漁船が海上保安庁の船に衝突している、という点については、確実に捉えている(もちろん、それは公開されずともわかっていた事実である)。そのことは、戦前において「御真影」を毀損した者は故意か事故かに関わらず処罰されたようなメンタリティにおいて、ある種の人々の衝動を掻き立てるのだ。

上記のようにhokusyu氏は、「あの映像」だけで明らかとなった特段の新情報はないと主張していた。映像一般に証拠能力がありうることを否定しているわけではないし、映像の解釈が本題ではない。あくまで流出した映像から告発の正当性を満たす情報が読み取れるかどうかが論点だ。
hokusyu氏は引用の後半部を見ての通り、意図はどうあれ物理的に漁船側から衝突しているとも読める記述をしている。さらに「御真影」の比喩を見れば、物理的に漁船側から衝突したかどうかが本題ではないことがはっきりする。


実際に、検察が船長を釈放した理由の一つとして、計画性のなさがあげられていた。物理的に漁船がぶつかった様子だけではなく、その意図も問われていたのだ。
http://www.asahi.com/international/update/0924/TKY201009240180.html

同地検の鈴木次席検事は処分の理由について、巡視船側に直ちに航行に支障が生じるほどの損傷や負傷者が出ていない▽船長の行動に計画性が認められない▽日本国内での前科がない――などの事情を列挙。日中関係については「中国政府に配慮したということではない」と繰り返した。

ちなみに船長は泥酔していたという報道も以前から出されている。
船長、衝突前に飲酒し泥酔状態 漁船衝突|日テレNEWS24

 沖縄・尖閣諸島沖で中国の漁船と日本の巡視船が衝突した事件で、漁船の船長が衝突する前に酒を飲み、海上保安官が立ち入った際にも、自分では歩けないほどだったことを中国の当局者が明らかにした。

 中国当局者によると、先月7日、尖閣諸島沖で中国の漁船と海上保安庁の巡視船が衝突する前、漁船のセン其雄船長(41)が酒を大量に飲んでいたことを、事件の6日後に帰国した乗組員14人が中国政府に証言していたという。

 中国の漁船は午前10時過ぎから11時ごろにかけて相次いで2隻の巡視船に衝突し、午後1時ごろ、海上保安官が漁船に立ち入ったが、漁船の乗組員の証言では、その際、船長はまだ酒に酔っていて、自分で歩けない状態だったという。

 ★セン其雄の「セン」は「擔」のつくり

漁船側から当たったという見解は、釈放した時点の検察も継続して表明していた。しかも物理的に当たったというだけでなく、漁船側に責任があるという内容である。しかし計画性がなくて悪質さが認められなかったこと等を理由に釈放されたのだ。
つまり、漁船側が能動的に当たったということを映像だけから証明できたとしても、大きな意味はないのだ。漁船の衝突に計画性があることを映像で見いだして初めて政府や検察の見解に対する疑問として成り立つ。逆に、計画性を見いだせる映像でなければ告発する正当性はない*2
併走してくる巡視船から逃れるため針路変更した結果として衝突したという単純な可能性すら、映像だけで否定することは難しい。


最低でも上記の文脈を押さえなければ、hokusyu氏への批判は成り立たない。
はてなブックマークコメントは文字数に制限があるため批判の文脈が不明瞭なものが多いが、ここで少なくともtamase氏の批判は的を外しているといえる。
はてなブックマーク - 尖閣動画流出によって勢いづく排外主義者たちを許すな - 過ぎ去ろうとしない過去

id:tamase >決定的なことは何もわからないのだ。航跡からして明らかにぶつけてきているのにそれを無視し、根拠もない陰謀論じみたことをもちだして相対化して判断できないってのは「自称中立」としか言いようがありませんなあ 2010/11/15

上述したように、「航跡からして明らかにぶつけてきている」程度のことを映像から読み取っても意味がない。その程度の見解はhokusyu氏も後半で言及し、特に否定していない。映像が撮影対象の意図を映すことが困難であるという指摘は、陰謀論ではない。それともtamase氏は船長が酩酊していないことや、計画性をもった犯罪であることなど、操縦者の内面を航跡から判断できるというのだろうか。それも、実際に聴取を行った検察の見解に疑問を持てる程度の説得力で。
hokusyu氏が「あの映像」と限定して語っている前提を無視して証拠一般に話を広げているid:Midas*3はてなスターをつけているところを見ても、tamase氏こそが見たいものを見いだしているように感じられる。
最後に、「判断できない」といった見解を表明したとして、その主張の責任をhokusyu氏が否定さえしなければ、それは「判断できない」という立場にくみすることを認めたといえる。それを「自称中立」としか言いようがないと思うようでは、そもそも「自称中立」という造語どころか「中立」という言葉についても勘違いしているのではないだろうか。

*1:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20101108/1289231277

*2:hokusyu氏の見解とは別個に、私自身は興味本位で映像を見せたい見たいという感情もあっていいと思っていたりもするが、煩雑になるので省略する。

*3:歴史修正主義, ブーメラン 映像は何も証明しない←「どんな歴史的な証拠も『南京大虐殺』があったと証明できない」と同じ。ブログ主が日ごろ歴史修正主義を批判するのは同属嫌悪。自分こそが『正しい』政治目的の為に事実を捩曲げて平気だから 2010/11/14」