法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ラルジャン』

トルストイの小説『偽の利札』を原作としたフランス・スイス映画。ロベール=ブレッソン監督の遺作。犯罪サスペンス映画として意外な掘り出し物だった。
原作は未見だが解説によると、状況が悪化して人々が犯罪に手を染めていく原作の前半を映画化し、宗教的な救いを描く後半は結末の一部にだけ用いることで*1、全く救いのないノワールへ作り変えた様子。


映画『ノスタルジア』を宣伝文句で並べていたから映像美を期待したが、見てみると全くの正反対。
カメラを振らずにFixが中心なものの、シンメトリーや黄金比を強調したりはせず、極端なアップやロングを用いない。まるで全てをスタジオセットで撮影していた古いドラマのようだ。
室内では窓からの自然光を使っているそうだが、暗がりに演出意図を与えていることもなく、人間の目に映る自然な景色を再現しているといった感じ。明らかな主観映像は存在しないので、ドキュメンタリータッチを導入した劇映画というほどの迫真性はない。
しかし派手なカットを排することで、独特の素早いテンポを生んでいる。粗筋ままのよどみがない展開は、こういう文芸っぽい映画では珍しい。
あと、独特の演出意図を感じたのは背景音。ごく自然にその場にある音を入れ、BGMもほとんど用いていない。


誰も傷つけない知能犯と自認する少年が、意図せず被害者を社会から転落させ、やがて一家族の虐殺をもたらした結果は、映画『時計仕掛けのオレンジ』に通じる悪の魅力があった。作り込まない自然さがあるので、行動の特異性はより引き立っているとすら感じた。
ただ逆に、少年の悪魔的な魅力と、被害者から怪物へ変貌していく男の存在感が強すぎて、玉突きのように人々が悪へ転落していく主題はぼやけている。

*1:アニメ『アルプスの少女ハイジ』が、原作の宗教要素を削除して全く異なる作品へ変えたことを思い出した。