法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ゾディアック』

実在の未解決連続殺人事件を題材とした、デヴィット=フィンチャー監督による2007年公開作品。
1960年代から1970年代にかけて北米各地で起きた事件と、それをとりまく狂騒から後の調査活動までを描き、近現代史映画のおもむきも感じられる。映像自体も当時の映画作品を思わせる色調で統一され、画面も2.35:1のシネマスコープ。当時の街並みを再現するための地味な特撮も見所の一つ。


前述したように現実を題材とし、ノンフィクション小説を原作としているためか、派手な見せ場はほとんどない。殺人描写を淡々と描き、悲鳴や流血にたよらず恐怖を盛り上げる良さはあったが、そうした恐怖描写の分量自体が多くない。
どちらかといえば、劇場型犯罪に魅入られて人生を狂わされた刑事や記者が物語の中心にある。一度は犯人から名指しまでされた優秀な記者の転落や、コロンボを思わせる刑事が最後まで事件へこだわりつつ断ち切ろうともする葛藤は印象的だ。
しかし事件を追った風刺漫画家の作品を原作としているためか、被疑者や関係者もまた悔恨をかかえていることはうかがえるものの、追う側の転落や挫折ばかりが前面に出てくる。追う側でも記者と刑事では挫折の形が異なるという葛藤が描かれており、ドラマ自体は充分に楽しめたのだが、冤罪の危険性を主人公側が考慮する描写はほしかったところ。
もちろん未解決事件であるため真相を究明する爽快感にも欠ける。被疑者や怪しい人物が少ないため、同じ人物が何度も浮上しては証拠不充分で消えていくから、どんでん返しの意外性もない。それでいて手がかりが収束していいって真犯人をにおわせる結末へいたるため、逆に割り切れない気分が残った。同監督のサスペンス映画『セブン』のように陰鬱さを楽しむという内容でもない。2時間38分の長丁場を見るには体力が必要な作品だった*1


題材となった事件へ思い入れをもってみれば、真犯人を究明しようとあがき、虚構という形式で一つの結論へたどりつく物語として楽しめるだろう。そう考えれば、事件の発生から犯人をしぼりこむ前半と、うまく捜査を逃れた犯人のしっぽの先を主人公がつかむ後半とで、うまく構成がわかれているといえる。まずまず悪い作品ではなかった。
ただ、どうにも真犯人らしき人物が様々な鑑定で真犯人ではないと結論づけられており、冤罪を作っているのではないかという懸念が全く解消されなかったことは、ノンフィクションとしては誠実だがフィクションとしては瑕疵。主人公の正しさに最後まで疑いを残すか、冤罪を考慮してでも名指しする意義を描いてほしかった。
同じ未解決事件を題材とした作品ならば、ずっと短かくまとめつつ冤罪等への広い視野を持っていた映画『殺人の追憶』が好みかな*2。あくまで方向性が違うとわかった上での話だが。

*1:個人的な問題として、GYAOの無料配信で見たため、途中でCMのため画面が切りかわる時にブラウザが何度も読み込みエラーを起こし、最初から読み込みなおす羽目になって緊張感がとぎれてしまった。作品の責任ではないが。

*2:感想はこちら。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20100729/1280424362雑誌『映画秘宝』のゼロ年代ベストワンにも選出されるような歴史的傑作と比べるのは酷かもしれないが。