法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

ウィキペディア脳の恐怖

まだ書くことは多々あったのだが、ちくわ氏が「感情」をいだいた経緯についての説明を読むにつけ*1、愕然とした気分になった。返答の難しさ、ネットで言葉を伝えることの大変さを改めて思い知った。

 以上、事件の細かい総括に関しては、Wikiの該当記事を参照に記述。

まず、誰でも編集できるWikipedia、しかも時事問題にからんで激しい議論の対象となった項目は、記述は参考にすることも難しい。もし編集合戦になれば*2、記述が短時間で書き換えられ、情報源としても心もとない。リンク先を読みにいくと、全く異なる記述になっていることも多い。
上司や雇用主から「ネットに君の悪行が書いてあったから、明日から来なくていい」と告げられて納得する人はいるだろうか。懲戒請求とは、つまりそういうこと。


とりいそぎ前後して、裁判に対する具体的な誤謬だけ提示しておく。個々の評価にはふれない。

 検察の主張は以下の通り。


1.加害者は情状酌量の余地もない身勝手な犯行により、二人を殺害した。
2.被害者である母子には、何の落ち度もない。
3.排水検査を装って家宅に侵入するなど、犯行は明らかに計画的。
4.二人を殺害後、加害者は逮捕される四日後まで、盗んだ金品を伴って遊び歩いていた。




 一方、弁護団による被告の主張は以下。


1.強姦目的ではなく、「優しくしてもらいたい」と抱きついただけ。
2.被害者女性を強姦したのは、『魔界転生』にインスパイアされた復活の儀式のつもりだった。
3.乳児は殺そうとしたのではなく、泣き止ませようと首に紐を結びつけたら窒息死してしまった。
4.乳児の遺体を押入れに隠したのは、『ドラえもん』が何とかしてくれると思ったから。
5.検察は被告を極悪非道の殺人者としてレッテルし、死刑にしようと目論んでいる。
6.犯行当時、被告は18歳になったばかりだから、少年法で擁護すべき。

両手で首を絞めたという検察側主張に対し、片手で首を絞めたという、最も大きく具体的な対立が抜けている。他、検察側主張に対応して、もちろん弁護側主張も多岐かつ詳細にわたっている。
もちろん「排水検査」を装ったという計画性についても争っている。服装は被告の仕事着であり、装ったという行動にしても複雑な内容ではなく、必ずしも計画性が高いとはいいがたいという主張にも説得力はある。
よく弁護団批判に持ち出される『魔界転生』『ドラえもん』も被告の発達程度を示す証拠ではあるが、弁護側主張全体から見れば一部にすぎない。光市事件Q&A(弁護団への疑問に答える) - 光市事件懲戒請求扇動問題 弁護団広報ページ - Seesaa Wiki(ウィキ)。この弁護団Q&Aにある記述すらも、弁護側主張のごく一部にすぎないことを考えてほしい。
少年法については、大きな勘違いをしていると思う。少年法は基本的に未成年者を保護の対象として見る。当然、犯行当時に未成年であった被告も、まず少年法の観点から裁かれた*3。死刑を禁じられている規定の年齢は「18歳」だが、それ以降も成人よりは慎重に裁かれるべきというのが少年法だ。少年法で擁護すべき」という表現では、弁護団は原則的な主張をしているだけということになる。

 一審の山口地裁での担当判事の渡辺了造は、法廷に被害者の遺影を持ち込もうとした遺族に対し、判決を下す前に被害者の顔が見えると被告人の人権を侵害するから(!)という理由で、遺影に布を被せるよう命令した。

法廷へ遺影を持ち込むことを禁じていたのは、光市母子殺害事件特有の出来事では全くない。弁護団はもちろん、裁判の個別的な批判には全く結びつけようがない。
遺影持ち込みはもともと、被告へ無用な圧力を加えて、真実から遠ざけかねないから禁じられていた。

 一審での被告の担当弁護人、中光弘治弁護士は、無期懲役が求刑された際に被害者遺族が傍聴席に居るというのに、ガッツポーズを取った。

有名な話だが、実際には単なる見間違いといわれている。脅迫文に対する山口県弁護士会の抗議声明でも「事実無根」と主張されている*4。「ガッツポーズ」があったと主張する側から、明確な情報が提出されたことはない。
「ガッツポーズ」の噂は、本村洋氏のテレビにおける発言が発端といわれている。しかし、机の下で拳を握ったよう見えただけの話で、ガッツポーズだったという確認すらとられていなかった。被害者遺族の「感情」を通した視点は、真実に近いとは限らない。情報が一人歩きすれば、なお事実から遠ざかる。

 被告少年は一審での裁判中、拘置所の中から知人に送った手紙で、犯行と犯意をほのめかす内容をしたためている。
 広島高裁において、検察の控訴を棄却した、“不十分ではあるが反省の兆候がある”とする弁護人の証言は虚偽であった。

手紙が拘置所内でやりとりされたという経緯を知る限り、手紙を重視しなかった裁判所の判断が特に誤っているとは思えない。
心理的な圧力が強い拘置所内の言動に、全幅の信頼を置くことは危険だ。ちなみに拘置所内での「自白」では、現実にも冤罪が発生していた*5光市母子殺害事件は冤罪の例よりは浅い介入だが、弁護側が同様の疑念を持つことも感情的に納得できるだろう。

 弁護側の被告少年に対する精神鑑定結果は次の通り。
 幼少期に保護者から虐待を受けており、精神性が未発達でおよそ4〜5歳程度の知能レベルしかなかった。

差し戻し審で弁護側が主張した犯行当時の精神年齢は12歳。精神年齢4〜5歳としているのは家庭裁判所の鑑定意見*6つまり、精神年齢が最も低い鑑定は弁護側から出たものではない。少なくとも、法廷で争われていることではない。


この事件についての情報を追っていくと、弁護団が主張したといわれる主張の多くが、家庭裁判所等の時点で出ていることが指摘されている*7。もちろん、それ自体を疑う人もいる*8しかし、真実がどこにあるか以前に、争点がどこにあるかは把握しておきたい。それくらいなら努力は可能だ。
情報が混沌としている現状では、Wikipediaふくむ第三者によるネットのまとめは、裁判理解に必ずしも結びつかない。捏造や編集の意図がなくても、どうしても類似した情報の誤記や取り違えが多発する。活用するなら、せいぜい手がかりの集積所としてだろう。
一般論になるが、専門家による原則的な解説を読むことはもちろん、感情的に反発している者の主張を知ることに損はないと思う。だから実際に、懲戒請求扇動支持者の意見へも目を通している。

*1:http://www.tikuwa.com/index2.html成年向けイラストサイト注意。2008年10月8日の日記。引用元では「WIKIの該当記事」という部分にWikipediaへのリンクがされている。批判ではなく純粋な提案を書いておくとWikipediaWikiのシステムを使った百科事典であるが、Wikiそのものではない。もちろん、単にWikiと呼べば通常はWikipediaを指し、リンクによって特定もできるのだが、光市母子殺害事件にからんでは複数のWikiが存在しているため、表記の際には区別しておくことが望ましい。

*2:保護により編集不可状態であっても、継続するとは限らない。

*3:成人と同様に裁くためには一定の手続きが必要となる。

*4:http://www.yamaguchikenben.or.jp/yamben/yamben_4_22.html

*5:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20080307/1204929027

*6:『光市事件 弁護団は何を立証したのか』102頁。

*7:全く同一の主張ではなくても、共通する背景を持つ陳述などが見られる。

*8:おおむね大した根拠もない疑念だが。