法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『夏期限定トロピカルパフェ事件』米澤穂信著

『シャルロットだけはぼくのもの』と『シェイク・ハーフ』は、独立した短編ミステリとして雑誌に載ったもの。しかし東京創元社の連作短編ミステリなので、各短編の伏線が最終的に収束して一つの長編ミステリを形成する。
セカイ系」や「邪気眼」といった言葉で象徴されるような、自分と世界との距離感がつかめないでいる主人公達が、現実の犯罪に関わり苦さを味わう「小山内スイーツセレクション・夏」*1。若さから入り苦さへいたる展開は、ライトノベルでよく試みられているし、青春小説の古典でもある。


以下はネタバレをふくむ感想。
『まるで綿菓子のよう』は序章なので分量も少なく、それに見合った程度の謎解きしかない。発言の不自然さがあからさまで、ミステリとしては弱い。
『シャルロットだけはぼくのもの』は一種の倒叙もの。通常は名探偵の主人公がケーキを盗む完全犯罪にいどむ。現場に犯人側が残り、現場に戻ってきた被害者が探偵役をつとめるため、相手に気づかれないよう臨機応変に対応していく展開がサスペンス性高い。そもそも主人公の工作が泥縄でしかなく、どうやっても完全犯罪は無理だろうと思ったが、事件以前に失敗の核心があったという趣向は好印象。
『シェイク・ハーフ』はメッセージもの。急いで去る者が残した、不思議な走り書きを読み解く。ダイイングメッセージの変化系といった程度で、やはり真相に見当をつけることは難しくない。メッセージを残した必然性、そのようなメッセージと化した経緯、メッセージの回答が単独にしぼられる手つきは見事。
『激辛大盛』は掌編。無駄に正義感あふれる好青年の愚痴を、主人公が聞いてあげるだけ。愚痴の内容はなかなか考え込まされる内容で、連作全体の真相にいたる手がかりや状況説明もあるが、いかんせんミステリではない。
『おいで、キャンディーをあげる』は誘拐事件。本当の暴力的な犯罪が描かれ、誘拐された少女の居場所を短時間でつきとめなければならないタイムサスペンス性もある。
『スイート・メモリー』は、犯人の意図がそのまま答えになるので要約できない。趣向自体も、完成度も高いと思う。誘拐事件の構図が変わるのはもちろん、主人公達の行動にも推理のメスが入る。いわゆる“ツンデレ”な態度それ自体が、いわゆる“中二病”を原因とするのではないかと思わせる結末は、メタライトノベルとしての面白味があった。


もともと名探偵という存在は作者から全知に近い能力を与えられているため、どうしても邪気眼な雰囲気がつきまとう。その邪気眼ぶりを露悪的に感じるほど前面に出したシリーズ前作に対し、今作の物語は主人公達の客観視と内省に向かう。
事件全体の真相はチェスタントン作品の某初期作品を思い出させる。そういえば、チェスタントン作品もまた、名探偵という存在自体に疑念をいだかせる内容だった。

*1:作中の街において夏期限定で売られているスイーツのリスト。主人公の一人、小山内ゆきという高校生の少女が作った。