法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

やはりシニシズムの克服可能性に繋がる話だった

先日のエントリ*1に反論があった。
: _*2

しかし俺が思うに、傲慢だと言われるかもしれないが、俺の説明の方が山本の考えを本人以上に深く理解し整理できているはず。

この人は考え違いをしていると思うんだよね。俺は山本の作品の要約をかいているわけではない。山本がこの作品で描きたかったこと、描ききれなかったことを語っているのだ。
だから必然的に山本の作品の内容とは一致しない。それがすべて「誤読」で片付けられてしまうのは寂しい限りだ(苦笑

……誤読でないなら妄想か。
藁人形論法していることを臆面なくいわれても困る。描写されてない場面を想像して自説を述べるなら、実際の小説とは切り分けて論じるべきだ。せめて、作家の内面を想像して評したということくらいは、先に断り書きしてほしい。
結局、メカAG氏が語っているのは脳内に作った「山本弘」であって、現実の存在ではない。

しかし宗教の役割とは、そもそも人間の倫理観の集合体なのだ。キリスト教がここまで世界に普及したのはそれが人間社会を安定させるのに必要だったからだ。

その主張だけは現状追認でしかない。「普及した」ことをもって「必要だった」ことの証明にはならない。
たとえば「キリスト教」でいえば、普及の要因には異教徒への改宗強要もあった。『神は沈黙せず』風にいうなら、ミームの繁殖力が旺盛だっただけといえる*3

社会規範や経験則、社会倫理とは社会の安定にある。人を殺さないためにあるのではない。社会のためなら人を時には殺すことも必要なのは、戦争や死刑制度があることからも明らかなはず。

ところが優歌はそれを否定していした信仰を発見したという。それが優歌の(山本の)誤りであり、いつの日か優歌はもう一度この問題に直面するはずなのだ。

殺人や残酷さを伴わない安定した社会はあり得ない。少なくとも長い人類の歴史でそういう社会は構築されたことがないし、俺は今後も構築されないと思っている。したがって優歌の発見した「信仰」は遅かれ早かれ行き詰まり、より完成度の高い信仰に置き換わらざるを得ない。より完成度の高い信仰とは、現行のキリスト教などの(神の名の下に人殺しが行われる)宗教だ。

これも怠惰な現状追認でしかない。「戦争や死刑制度」があるからといって「必要」という論理は奇妙だ。
倫理観を進歩させてきた人類の歴史も無視している。死刑制度が廃止されている国が増えていることを知らないのだろうか。原理主義のイメージが強いイスラム教でさえ、誕生当時の倫理観が無批判に存続しているわけではない*4
『神は沈黙せず』を発表するより前、『と学界年間BLUE』あとがきで山本弘会長はこう書いていた*5

 歴史をさかのぼれば、奴隷制度や身分制度、性差別や民族差別が当然のことだった時代もある。戦争が良いこととされていた時代もある。権力者に対する批判を口にするのが死に値する罪だった時代もある(今でも一部の国ではそうだ)。

 人間にはまだまだ愚かな点がいっぱいある。
 しかし、戦争でさえも昔よりはましになってきている。数十年前まで大国が平然と行っていた、民間人を巻きこんだ無差別爆撃は、今や世界的な批難を浴び、できなくなっている。多くの規制によって、戦争行為がどんどん窮屈になってきているのだ。このままで行けば、数十年後には戦争はなくならないまでも、かなり面倒なものになり、犠牲者も減ることだろう。
 夢物語だろうか? 僕はそうは思わない。30年前の1973年頃、「人類は環境汚染で21世紀までには滅びる」と言われていた。しかし、そうはならなかった。人々が自らの愚かさに気づいて認識を改め、公害防止や環境保護に力を入れてきたからだ。我々がスモッグで窒息死もせずに、ここにこうして生きているのは、まさに人類の勝利なのだ。

「戦争はなくならないまでも」と考えた上で、人類の進歩を現実として語っている。具体例を引いているだけに、ずっと説得力がある。
神が現実には実在性しないというメカAG氏の発言も、過去の時代には許されなかっただろう。確率的にいって自由な言論が許される身分ではなかった可能性が高いし、匿名や仮名で情報を発信できるインターネット自体も過去には存在しなかった。
悲惨な歴史を知ることは、現状を追認するためではない。


本題と関係ない細部についても返答しておく。

> その主張にはまだ危ういものを感じなくもないが、フィクションを楽しむことで


人それぞれ考え方はあるだろうけれど、俺はこれは山本にとって失礼だと思うね。山本の作品のいくつかは「楽しむ」ためだけの作品ではなく、人の思考が真理に近づくための作品として描かれているように俺は思う。

別段、楽しむためだけの作品とは主張していない。娯楽作品であることは作者自身が述べている。

> 主題とは関係ない細部でも、「神が何かを知るために作ったシミュレータ」というような誤解をしている。


ん?これは誤読じゃないだろう。この作品では「人間」と「地球」は神が作ったシミュレータだ。

シミュレータなのは事実だが、「知るために」とは書かれていない。
ハードSF小説として『神は沈黙せず』に新味があるのは、シミュレータのためのシュミレータではなく、シミュレータを使って別のものを構築する展開だ。だから「何か知るために」という目的説明は的を外しているという話。

*1:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20080924/1222297593

*2:書き間違いと思われる部分は原文ママ

*3:必ずしもキリスト教を否定したいわけではない。

*4:http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20080928/p1で、ちょうどコメント欄がにぎわっている。

*5:333〜334頁。