法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

アニメ演出の光と影〜押井と出崎のレイアウト〜

どうやら世間が『スカイ・クロラ』『崖の上のポニョ』の話題でもちきりな現状に反逆すべく、今日も出崎統監督のOVAブラック・ジャック』の感想を書こうとしていたのだが……2ちゃんねるのアニメ作画スレッドに面白いイベント報告があったので、少し引用。
作画を語るスレex9

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 00:52:30 id:fV12ZPSD0
・黄瀬氏はアニメを最近はみないらしく、CSでやる元祖天才バカボンや深夜に深夜に
 再放送しているメジャー(作画ではなく、話にひかれる)をぽつりぽつりとみているくらい
 イノセンススカイ・クロラ、新エヴァなど自分がかかわった作品の完成映像はほとんど
 みていない、一番最近みたのが、ヴァンパイアハンターDだそうだ
・出崎・杉野コンビ、川尻氏とはいちど仕事をしたが、目指す方向性がちがうのがわかったので
 黄瀬氏のなかでは完結しているそうだ

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 01:05:38 id:fV12ZPSD0
以下、黄瀬氏の発言
・押井監督とはかれこれ20年のつきあいだが、押井作品はアクションシーンがなく、ストレスが発散できず
 たまるばかりなのでアニメーターとしてうれしくない。スカイ・クロラにしても
 「いまだにビューティフル・ドリーマーかよ」と、うんざりらしい
イノセンスも「バトーが素子を恋しがるだけの話なのに、いろいろつけたすからややこしくなる
 もっと単純にすればいいのに」
・黄瀬「自分が原画として一番すきなのはタツノコの○○」作品名わすれました
・黄瀬「じつは○○○○○はきらいで」
・とあることで押井監督と口論になり
 押井「お前はアニメーターとして信用できない」
 黄瀬「別にいいですよ」
千と千尋の試写を押井監督とみて
 黄瀬「あなたには、つくれない作品ですね」
 といい、後日押井監督が傷ついたらしいときくが
 黄瀬「でも、実際つくれないわけだし、本当のこといわれて傷つくなんておかしいよ」
・石井P「スイトのタバコの銘柄には押井監督の意図があるんです」
 黄瀬「またまた、そんなウソついて」
 西尾「あんた、見てないじゃんww」
・黄瀬「いくら空手やって若返った気になっても、実際は57歳の身体なんだしさ」
・イベントのおわりに、一言ずつとアニメ様にいわれ
 西尾「それでは、エヴァごえ目指してスカイ・クロラのヒッt」
 黄瀬「無理無理」
・押井監督の作品では、もう十分つきあったので、作画監督をやるつもりはない、しかし、押井監督が死にそうになったら
 「亡骸をひろうつもりで」作画監督はやるだろうと言っていた

とまあ、いかにも押井監督の古女房らしい愛憎まじえる発言で会場をわかせていました

押井監督とは、映画『スカイ・クロラ』『イノセンス』『機動警察パトレイバー the MovieOVA天使のたまご』『ダロス』*1等を作った押井守監督のこと。レイアウト*2段階で映像を制御する演出手法を得意とする。
黄瀬氏とは、映画『機動警察パトレイバー the Movie』『BLOOD THE LAST VAMPIRE』等で作画監督をつとめたアニメーター黄瀬和哉氏のこと。カットごとシーンごとに原画を担当して個性を出すより、作画監督*3として作品全体に統一感をもたらすことを目指している、実力派アニメーターでは珍しいタイプ。よく押井守監督作品に参加しており、確かに今回のイベント発言も愛憎半ばするものと解釈するべきだろう。
他、川尻氏とは映画『バンパイアハンターD』等の川尻善昭監督、西尾氏とは映画『スカイ・クロラ』等で作画監督をしているアニメーター西尾鉄也氏のこと。


また、出崎・杉野コンビによる黄瀬参加作品とは、OVAブラック・ジャック』KARTE9「人面瘡」のことだろう。映画『劇場版ブラック・ジャック』を経て作画が良好になったシリーズ後期でも、特に動きの良さが楽しめる話だ。多重人格に合わせて姿形が変化するという症状が原作以上に誇張されており、監督自身もDVDBOXブックレット指摘しているように現実味こそ薄かったが、皮膚が軟体生物のごとく変形するアニメーションとしての楽しみは充分に味わえた。
物語の終始、雨が降り続ける沈鬱な空気感も、悪夢のような物語を彩る。リアルな難病物を期待せず、都市伝説的な怪談として見ると、これはこれで良くできている……いや、原作『ブラック・ジャック』も、本来は恐怖マンガとして扱われていたのだ。旧単行本の表紙には「恐怖コミックス」と書かれており、個別の物語でも宇宙人や幽霊が登場する話がある。このOVA「人面瘡」は、原作が持っていた魅力の一つを引き出したという評価もできるだろう。


さて、黄瀬発言によるところの「目指す方向性がちがう」とは何だろう、ということまでは想像する材料はない。しかし、押井演出と対比する形で、いくらか出崎演出の特徴をつかみとることはできるかもしれない。
一見すると全く異なる作風だからこそ、比べて見えるものもあるのではないだろうか、と思うのだ。
二人とも演出家として高い評価を受けながら、絵コンテの絵はイラスト観点からすると下手という類似点もある。いや、下手な絵だからといって駄目なのではない。稚拙に見える絵だからこそ、演出意図がくみとりやすくなるということもある。


押井監督の演出技法は、映画『機動警察パトレイバー 2 the Movie』で用いたレイアウトを監督自ら説明した書籍、『METHODS 押井守パトレイバー2」演出ノート』で詳細に解説されている*4犬鳥魚といった意匠や、彼岸と此岸を別つ窓といった要素は、演出家としての嗜好にすぎないので今回は横に置く。演出技法という器に、何を入れるかという違いでしかない。
注目したいのは、いかにして画面へ情報量を詰め込み、映像のどこへ観客の注意を引こうかという演出技法だ。すなわち、固定したカメラのファインダーから見える奥行きある空間を想定、セットを建て込むように物品を配置*5。そしてパースで生まれる集中線によって観客の視線を誘導、消失点に注目させたい人物を置く*6。『機動警察パトレイバー 2 the Movie』の自動車内にいる人物を映すカットが代表的だ。道路や周囲の建造物が集中線の役割をはたし、人物へ観客の注意を向けさせる。
押井監督による実写映画『AVALON』絵コンテから一部引用。

男女は部屋の角に座っているため、窓格子右端が斜めになっている。男が外をながめるカットでも斜めに横切り、空間を意識したパースがつけられていることがわかる。
女性が退席した後、奥と手前で窓を使って空間を分断していることにも注目。


出崎監督の作品でも同様に、いかにして画面へ情報量を詰め込み、映像のどこへ観客の注意を引いているかを考えてみる。すると、出崎監督作品で多用される映像効果が何の意味を持っていたか、見当がついてくる*7
「人面瘡」でも多用された雨、手術場面で飛び散る血、他の作品で見られる散る枯葉、飛び散る汗、等々。画面を横切る物体が何かは問題でない、それは物語によって変化する枝葉末節だ。見るべきは、人物と観客をさえぎる前景として、飛沫や落下物が用いられていることだ。画面をすぎさる前景と、人物のいる中間、背景による後景、たとえるなら舞台劇と似た方法で奥行きを出しているわけだ。人物が立ち止まっていても、動き続ける前景が画面の情報量を増す。
そして演劇において、舞台上の存在に注目を集める方法はというと、スポットライトが思いつく*8。そう、出崎監督は人物に照明を当てる効果を好む。スポットライトを当てたような映像を多用し、絵コンテでも黒く鉛筆で塗りつぶして影が落ちる場所を指定する。『あしたのジョー』で有名な、画面斜め上からの入射光も、集中線と同じ効果を発揮する。
よく出崎演出の特徴とされる三回PAN*9、止め絵ハーモニー*10は、出崎監督の真髄ではない。注目するべき場所を光と影で指定するから、観客の混乱を恐れず三回PANを用いることができる。止め絵もまた、光と影を強調する手法だ。
出崎監督によるアニメ映画『劇場版AIR』絵コンテから一部引用。

社内部の暗がりから、光射す外にたたずむ少女を映す。格子は前景であると同時に、スポットライトの効果も持っている。社内部のカメラ視点でありながら、格子の木組みは平行線で、望遠レンズのようにパースがついていない。
むしろ静止しているミカドの絵が実写に近い構図となっていることも興味深い。


ちなみに押井監督は『METHODS 押井守パトレイバー2」演出ノート』において、背景全体が発光するような演出を批判していた。まさに出崎監督と正反対の演出思想といえるだろう。
もちろん、それぞれの監督が異なる演出を用いることはある。OVAブラック・ジャック』KARTE6「雪の夜ばなし、恋姫」では、舞台となった旧日本家屋にモデルが存在し*11、梁や柱で広い空間を表現していた。映画『イノセンス』では、アニメーターが光源を意識して影をつけられるようになり、デジタル撮影技術の進歩もあってか、光と影を誇張した演出が多用された。
結局、どちらが正しいという問題ではない。物語が複雑化するに合わせて情報量を増しつつ、狙った位置に観客を注視させるという矛盾……物体が一つだけなら他に注意がそれることはない……その葛藤を乗り越えるだけの技法を巧みに用いている演出家へ、素直な敬意を表したい。
そうして技法を注目しながら見れば、画面で何が起きているのか、作家が何を見せたいのか、漫然とした感覚ではなく、より深い読解を行えるかもしれない。映画『地下水道』において、鉄格子の先に見える対岸から主人公が目をそらす。ただそれだけの芝居によって、対岸で停止してポーランドレジスタンスを見捨てたソ連軍を、監督は告発した。ソ連共産党の息がかかったポーランド政府は場面の意味を読解することなく、映画は検閲を通過した。そのような検閲者には、二重の意味でなりたくないのだ。


重い話になったので、最後に。
出崎監督に黄瀬氏が「目指す方向性がちがう」と感じたのは、つまるところアニメーターとして腕をふるえないからではないだろうか。
レイアウトというアニメーターの技術をたよる押井監督に対し、出崎監督は入射光や陰影という撮影の技術をたよる。アニメーターが作った絵を、撮影段階で見えにくくされたりもするわけだ。止め絵による陰影表現も、絵を動かしたがるアニメーターからはやはり好まれないだろう。
出崎監督が演出家として最盛期の時代、今ほどアニメーターの質も量もそろっていなかったという事情もあり、撮影にたよる演出を選択していった結果、現代では使われにくい演出技法に行き着いた。止め絵や構図といったわかりやすい特徴は真似できても、出崎監督ほど陰影やタイミングを操れる演出家は、山内重保監督*12くらいしか思い当たらない。
対して押井監督は、内容に爽快感のない作品ばかり作っても、アニメーターの力を信じ、たよっている。レイアウトまで3DCGを多用して参加アニメーターから不興をかった映画『イノセンス』でも、クライマックスは著名なアニメーターの個性あふれるアクションをつるべうち、物量で押し切った。空中戦を3DCGで制作した映画『スカイ・クロラ』でも、むしろ日常には作画リソースを注いで多くの芝居をつけている。
きっと、多くの文句をつけつつも、黄瀬氏は押井作品へ参加し続けることだろう。

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/08/16(土) 16:07:10 id:fV12ZPSD0
昨日のイベントの思い出したところをいくつか

スカイ・クロラの音入れの作業中、押井監督は終始いねむり
 ところが突然おきだし、黄瀬氏の担当した車でのラブシーンをみて
 「黄瀬のワナだ!!」
 と叫んだらしい。銃の撃鉄をおこす芝居をスイトがするのだが、それを画面の外で
 おこなうため、音を入れ忘れたときに押井監督を非難するに違いないと考え上記の
 発言になったとか。
 黄瀬「だってコンテにそう(画面外での演技と)指示してあるんだもの」
・黄瀬氏がパト1のころ熱をだし、I・Gの社員兼用のアパートでよこになっていた
 ところ、押井氏が見舞いにきて、濡れタオルを頭にのせてやるなど看病したという
 美談があるらしいが、黄瀬氏によれば
 「あの人は窓のところでタバコをすっていただけ、押井監督の頭の中ではなぜかそうなっている」
・西尾「西尾君の作品なら参加するけど、押井監督の作品なら参加したくないと
    ことわられることも多かった。攻殻でもうこりたと、攻殻参加のアニメーターでも
    断るひとがいた」
・黄瀬「宮崎さんや押井さんは、作品をみるぶんにはかまわないけど、制作に参加するには
    敷居がたかい」
 西尾「まあねえ」
 黄瀬「40すぎてまで、怒られたり、それをテレビでモザイクなしに放送されたくはない」
 西尾「まあ、宮崎さんに怒られるのは勲章で、お前の実力はこんなものじゃないだろう
    という意味だから」
・黄瀬氏はゲド戦記は毒があって好きらしい(試写では寝てたそうだが)。吾郎監督の次回作にも
 参加するそうです

アニメなら何でも見る人間だが、宮崎吾郎監督の次回作はいらないかな……実際に作られれば見てしまうとしても。

*1:ビデオテープという記録媒体に録画された映像ソフトの形態で商業的に販売された、日本初のOVA

*2:アニメーションの最終的な画面設計図。動くための原画と、動かない背景をそれぞれ描くための基準となる。たとえるなら、カットごとの役者の立ち位置と演技、セットの設計図や小道具の位置を一枚絵で表現したもの。

*3:レイアウトや原画を監督し、修正の指示を出したり自ら描き直す役職。

*4:同種の書籍は映画『イノセンス』でも出版されたが、レイアウトの多くが3DCGガイドで制作されているため見ていて面白くない。映画自体が頻繁にカメラ移動する作品だったため、静止した画から演出意図がくみにくい問題もある。

*5:押井作品の映画的演出とは、現実寄りなデザインにあるのではない。実写映画を想定した方法論で、画面に情報を足していくところにある。

*6:もちろん一つの原則にすぎず、あえて消失点から人物を外したり、人物以外に目線を集めたり、パースを歪ませたりといった手法も組み合わせている。

*7:監督が明文化して意識できる演出かどうかはわからないが、結果的にせよどのような効果をあげているかについて、一つの仮説が生まれる。

*8:演劇についてはくわしくないので、舞台演出に詳しい人から見ると誤った考えかもしれない。

*9:PANすなわちカメラの向きを変える動きを、三回くりかえす演出。アニメでは、同じ絵が何度も画面を横切るという映像になる。

*10:人物等の通常は動く部分まで背景美術と同じ手法で彩色する技法。基本的に動かない映像となる一方、絵としての情報量は増す。

*11:DVDオーディオコメンタリーによると、アニメを制作した手塚プロダクションが借りている保養地がモデルという。かつて養蚕を行っていた大きな旧家とか。

*12:TVアニメ『花より男子』『甲虫王者ムシキング 森の民の伝説』等。現在『キャシャーン』リメイクのTVアニメを制作中。