法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

小林七郎の仕事

ブックマークコメントで指摘されたので、ちょっとした補足。
はてなブックマーク - アニメ演出の光と影〜押井と出崎のレイアウト〜 - 法華狼の日記

2008年08月20日 nennpa アニメ, 押井守 押井は、出崎の演出に影響を受けた、と本人が語っていたはず。確かアニメスタイルのインタビュー上で。

WEBでない『アニメスタイル』の2号に掲載されたインタビューでふれられていたと思う。
その影響関係は、映画『スカイ・クロラ』公開に合わせた『WEBアニメスタイル』コラムでも言及されている*1
WEBアニメスタイル_特別企画*2

 「映画青年」の押井は、当然「映画」を作ることへのあこがれも強い。押井は初劇場監督作品となった『うる星やつら オンリー・ユー』について、「全体が映画になっていないことがショックだった。ただのテレビのでかいものであって、それがショックだった」なんて手厳しく語ったりする。本人的には同時上映の「ションベンライダー」が、相米慎二監督らしい、自由奔放に撮られた映画だったこともショックだったそうで。
 だからこんなショックが『オンリー・ユー』完成後の宮崎駿監督との対談で「ぼくにとって次のが一本目という気持ちでやりたいです。自分としては何としてもリターン・マッチをやらずにはおかないという気持ちです」という宣言につながるわけだ。
 そういえば別のインタビューではこの時期に出崎統監督の劇場版『エースをねらえ!』を繰り返し見て、「アニメで映画をつくるとはどういうことか」を研究したとも語ってる。

WEBアニメスタイル_特別企画*3

 さて、もうひとつの転機となったのは、美術監督小林七郎とがっぷり四つで組んだこと。押井は小林と『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』で組んでいるが、押井に与えた影響はこちらのほうが大きかった。
 これも本人の発言を引いてみよう。
 「美術の(小林)七郎さんは、大変な人だったね。アニメーターの描いたレイアウトを見て、ここが違う、あれが違うとか言って、全部消しちゃうわけ。その場で直しているのを、僕はずっとそばで見ているわけ。どこが違うのか。『ここを延長すると、こういう風に矛盾が出る。頭が二階の上に来ちゃうだろう』とか。
 僕は、レイアウトの基本的な見かたっていうのを、七郎さんに習った。図らずも、レイアウトって面白いもんだっていうことが、その時に初めて分かったわけ。漠然と、もしかしたらレイアウトっていうのは、アニメーションにとって一番大切なものかもしれないな、っていう予感みたいなものがして。その時の記憶をそのまま『パトレイバー』に持ち込んだから」


 後に『機動警察パトレイバー2 the Movie』のレイアウトはまとめられ、『Methods 押井守パトレイバー2」演出ノート』(角川書店)という1冊の本になる。同作のレイアウトを収め、そこに押井のコメントが添えられたこの本は、アニメ業界でも広く活用され、制作工程の中でレイアウトに重きを置くスタイルが浸透・拡散するきっかけともなった。

まずアニメで映画を作る方法論を出崎監督から学ぼうとして、次に『天使のたまご』でレイアウトを重視する演出手法を見出した、といったところだろうか。


さて、コラムで語られている美術監督小林七郎氏は、近年でも映画『少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録』やTVアニメ『忘却の旋律』で活躍している。それぞれ、特異な建造物を現場作業で創造したり、普通のアニメ背景美術では忌避される原色の赤を入れたり、面白いアニメ美術が楽しめる。小林氏は、今なお職人でありつつ冒険を忘れない、日本アニメの先端に立つ一人だ。
しかし、筆の跡が残る独特な絵柄であり、流行りの写実的な美術とはいいがたく、汚い背景という評価がされる場合も多い*4。また、アニメーターの空間把握能力が格段に上がり*5、小林氏が描きなおす必要がある場面は、劇場映画レベルで少なくなったようだ。
良いことではあるが、現在のアニメでは、小林七郎氏がレイアウトまで制御したようなアニメは見られない……


ただ、どこまでが小林氏による仕事か確信を持てないが、映画『新暗行御使』でそれらしい仕事が見られたので軽く紹介しておく。
韓国人によるマンガが原作で、舞台や時代背景も韓国の歴史や伝説を題材にしている*6。そのため2005年に日韓共同で製作されたが、スタッフはほぼ日本側で固められている。本郷みつる*7が監修、脚本、および絵コンテの一部を担当。制作は『ポケットモンスター』『カスミン』『フィギュア17』等のOLM
制作スケジュールが無かったのか、作画修正が甘く、キャラクターに統一感が少ない。やや癖がありつつリアル寄りという原作の絵柄を劇場アニメで再現するには、やや力不足な感があった。いくつかの殺陣以外に見るところは少ない。物語面も、原作が序盤の時期に制作されたためか、エピソードの取捨選択が微妙。
ただ、主人公が各地を放浪する中盤と、後半の舞台となる村は映像として見所がある。特に後半舞台の斜面に広がる村は、人が息づく架空の地として原作より完成度が高く、空間の広さも感じられる。光源を意識した陰影も印象的で、ただの夕焼け空にも情感がある*8。夜の帳が落ちた風景では、『天使のたまご』を思わせるカットまであった。
正直にいって映像は弱いが、小林美術の力だけで映画らしさが生まれているという、アニメにおける背景美術の価値を感じさせる、興味深い作品だった。

*1:直後にnennpa氏もブックマークしているので、御存知かもしれない。

*2:強調引用者。

*3:ちなみにページ全文を読むと、レイアウトの重要性がくわしく解説されている。

*4:ネットのアニメ感想を読んでいると、本当によく見かける。

*5:ただし平均値は変わらないという意見も多い。優秀なアニメーターがレイアウトを重視し作画修正する、昔より細かい分業体制が確立されたという点が大きいのかもしれない。

*6:朝鮮半島に伝わる『水戸黄門』的な世直し説話を、アンチヒーロー風にアレンジしたもの。

*7:クレヨンしんちゃん』『カスミン』監督、他。

*8:墓標を立てる中盤のカット。人物が逆光で黒く塗りつぶされ、ほとんど見えない、そのような場面に最も情感があるのは、良いのか悪いのか……