法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『火星ノンストップ』山本弘編

SF作家として山本弘が選びぬいた海外マイナーSF短編集。
「ヴィンテージSFセレクション」の「胸躍る冒険【篇】」として出版されたが、売れ行きを様子見する第一弾と後書きにある。2005年7月に出版されながら音沙汰が無いので、残念ながらこういった作品は『SFマガジン』の古いバックナンバーから自力で発掘するしかないだろう。
どの作品も、理屈で構築された異世界を覗き見る、というSF原初にあった楽しみを濃厚に持っている。「胸躍る冒険【篇】」と書かれているだけはある。シンプルな1アイデアから展開される異様な世界描写は、今の目で見ても鮮烈だ。短編ということもあって、気がきいた低予算特撮映画の原作に使えそうな感じもする。
ちょうどid:buyobuyo氏が『シャンブロウ』を紹介していた*1ので、収録された各短編の感想を書いておこう。


『火星ノンストップ』要するに、異星人が地球から空気を吸い上げている力場の中にレシプロ機が突入し、火星まで飛ぶ物語。金髪の若い女天文学者という、今の目で見れば教科書的なツンデレも一周回って楽しい。主人公の人生を全否定するツンっぷりがたまらない。……つまり人物描写が類型的、ということでもあるが。
ちなみに山本氏は『トンデモ本?違うSFだ!』の書評で、異星人がほとんど姿を見せないことに不満を述べていたが、現代でも描写が古びないという点では結果的に良かったと思う*2……いや確かに異星人の撃退方法は信じられない御都合主義だが。
『時の脇道』要するに、並行宇宙と混じりあいモザイク化した世界を移動して王になろうとする、愚かで頭のいい数学教授の物語。頭は回るものの詰めが甘くて欲をかきすぎなところが、今から見ると『コードギアス』のルルーシュを思わせたりする。全てを見透かしたようでいて言動には劣等感が滲み出て、間の抜けた描写が何とも愛すべき駄目人間。
個々の異世界が登場する描写はどれも素晴らしいが、特に結末で語られるデトロイドが想像力を喚起させていい。確かに山本氏が解説で書いているように、並行世界が時間経過に即した進歩をしていないことに不満はなくもない。しかし結果的に文明が進んだ世界も明示的には出てこないので、現在から見て描写が古びてない効果もある。
シャンブロウ』要するに、スペースオペラ世界のハードボイルドな主人公が宇宙サキュバスに触手で取り込まれかける物語。あらすじは本当にこれだけで、シャンブロウの蟲惑な描写、SF怪談とでも呼びたい奇妙な味を楽しむ、実に原始SFといった作品だ。
しかし主人公にまるでいいところがない、ある意味でスペースオペラの成年向けパロディみたいな『シャンブロウ』がデビュー作というところ、よく考えると今の女性同人作品に近い印象もある*3。発表当時は作者の性別が意外だったろうが、女性がこういった表現を行えることは環境さえ整えば不思議でない。
『わが名はジョー』要するに、人工生命体に心を乗り移らせている内に、アイデンティティが崩れてしまう物語。人工生命体ジョーの精神を通して見ると、「黒い毛虫」のような怪物が小犬のように可愛らしいことが奇妙に楽しい。
ただし山本氏が解説する「泣ける話」かというと、ちょっと違う雰囲気だ。短編直前の紹介を兼ねた解説なので、ネタバレできなかったせいだろうか。他の収録作はSF設定のほとんどが異世界描写に使われ、オチを明かしてもSFとして問題は少ない。しかし『我が名はジョー』は異世界冒険描写を起点として、さらに新しいSF世界に踏み出していく。この主題は、かなり現代的なSFに通じるところがある。
『野獣の地下牢』要するに、『ターミネーター2』っぽい物語。姿をコピーする液体金属的な怪物という設定のみならず、プロットも相当に共通している。時間移動してくる未来からの敵ではなく、惑星間移動してくる異次元の敵という違いがある程度だ。
トンデモない大風呂敷のハッタリと、姿を変転させる描写は確かに印象的。結末の御都合主義というか意味不明っぷりも山本氏の解説通り……頁数が限られているのだから今回は落とすべき、と思ってしまった。確かに印象的な作品ではあるのだが。
『焦熱面横断』要するに、太陽が照りつける水星の昼間側……「焦熱面」を進もうとする冒険者達の物語。この短編集で唯一、冒険のための冒険が描かれる。
焦熱面の異常な環境がねっとりと書き込まれ、実に暑苦しく危険な様子を肌で感じた。次から次に危機が迫るという展開ではなく、人跡未踏の環境に歩みを遅らされる展開で、劇的でないがゆえの閉塞感がたまらない。そうした危険に畏れつつ魅了される冒険者達の気持ちがわかるだけに、結末で「敗北」をおぼえた人物の思いは胸にせまる。
『ラムダ・1』要するに、異空間タウで事故を起こしたタウ空間船を救出する物語。回収の用意がないまま船が異空間から現実空間に戻ってくると、大陸の半分を消滅させかねない大爆発が起きる設定。そのため主人公は規定に従い、大西洋の底まで船を移動させ、1100人の乗客を見捨てようとする*4
しかし別れた妻が船に乗っているとわかり、さらに友人の提案と協力を得て、主人公は実験船「ラムダ・1」に乗り込み、乗客全員を救出に向かう。精神をさいなむ異空間から心を守るため、友人を心理学者に設定したコロンブスの卵が面白い。
誰もいないはずの空間で無人ラムダ・1に何者かが乗りこんでいたり、新鮮味にあふれる危機描写が連続しつつ、ていねいに伏線が回収されて描写に無駄がない。家族愛で落とす定石の展開も、きちんとSF設定とからみあっている。端正なSF短編だ。


藤子・F・不二雄が自認した「すこしふしぎ」という呼称が当てはまる、素朴なSF短編小説。やたら長大に複雑化したSF小説を追いかけるのは労力がいるので、こういう軽く楽しめる短編が個人的にはちょうどいい。
推理をしながら最終的に驚愕の真実が明らかになる『わが名はジョー』、非合理的な異空間なのにどこか整合性のある『ラムダ・1』、これらが特に良かった。

*1:http://d.hatena.ne.jp/buyobuyo/20080602/p3たったひとつの冴えたやりかた』と違って、今回は本当にbuyobuyo氏の紹介でほぼ正確。

*2:リアルな異星人を当時の技術で作り上げられなかったため、聞き取れないほどの声しか登場させなかった映画『2001年宇宙の旅』という例もある。

*3:女性へ幻想を持っていると引くくらい、露悪的で性的で酸鼻きわまる作品もネットで探せる。

*4:つまり偶然ながらトリアージを題材としたSFという、論争の本筋に戻った作品だ。