blackseptember氏のエントリに書かれたコメントを見て、少し不思議な感覚があった。
http://d.hatena.ne.jp/blackseptember/20080412/1207996355#c1208010975
SDG 2008/04/12 23:36
で、第二作目「チベット寺院」はいつ撮影するんでつかあの監督は。
もちろん、直後に指摘されているように、李監督はすでに第二作を撮っている。
Apeman 2008/04/13 14:42
>で、第二作目「チベット寺院」はいつ撮影するんでつかあの監督は。李監督の「第二作」なら、2001年度ベルリン映画祭に出品されてますよ。そのくらいのことすら調べない、芸のないコメントですな。
しかし実は、李纓監督が日本に来た動機にからんで、チベットの話が語られていた。産経新聞のインタビューだが、かなり興味深い内容になっている*1。強調は引用者。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080405-00000946-san-ent
「靖国」監督インタビュー
4月5日21時33分配信 産経新聞
「靖国 YASUKUNI」を撮った李纓監督は今回の問題について「人間が魂や歴史について考えることは大切。そのことを問う作品。この作品が上映されなければ、日本は健康とはいえない」と話す。
李監督は1963年、中国・広東省出身。もとは中国のテレビ局でチベットなどのドキュメンタリーを撮影していたが、「制限が多く、もっと自由に撮影したい」と89年に来日し、語学を勉強しながら撮影テーマを探してきたという。
靖国神社の映像を記録し始めたのは平成9年。「『魂』や『精神』に興味があった。靖国の魂は何か、意味は何か、空間は何かを映したかった」という。その後10年間かけて記録した映像から「靖国 YASUKUNI」をつくりあげた。
終戦記念日の8月15日。静かに神社は朝を迎えるが、マスコミの放列が並び、軍服で参拝する人、追悼集会を開く人、またその集会に抗議する人らが喧噪(けんそう)を生み出す。カメラはその模様を丹念に追う。一方で、かつて神社で作られていた「靖国刀」を作り続けた刀匠の姿も映し出す。
タイトルから想起される政治的な印象ではなく、「精神的な部分に光をあてたかった。ナレーションも一切入れず、場面や映像に語ってもらいたかった」。
今回の問題については「反日、愛日などナショナリズムをあおるものではない。人間が、魂や歴史のことを考えることが大切だということを訴えたかった。それを避けてしまえば、自身の存在もわからなくなってしまう」と話している。
……チベットの文化についてドキュメンタリーを撮っていた李監督は、中国国内での表現に制限を感じ、自由を求めて日本に渡ってきた。
その日本でこのような事態になった……せつないとか、腹立たしいとか、恥ずかしいとか、そういう気分を愛国者なら覚えるかもしれない。
*1:ちなみに映画監督としてのプロフィールや、『靖国』制作への経緯と意図は、こちらのインタビューがくわしい。http://www.cinra.net/interview/2008/03/26/155840.php?page=1