法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

どうしてヒトラーの墓と靖国神社を同等視してはならないのか

もちろん、それぞれ固有の文脈を持っているので、同一視するべきではないだろう。一部で問題にされた*1発言も、実際にはなぞらえているだけであり、全く同一と主張しているわけではなかった*2
靖国は指導者のみを葬っているのではなく、多くの末端の兵士や軍属とともに祀られている。しかし北方で凍死させられたドイツ兵と南方で餓死させられた日本兵、彼らに同情すればこそ指導者を顕彰するような施設に置くべきではないという考えもできる。
そして、わざわざ戦後に指導者や責任者を合祀したり、遺族の意思を拒絶したりもしている。追悼の意思を利用することこそあっても、追悼のための施設ではないのだ。
靖国神社という霊言機関 - 法華狼の日記


日本とドイツ、神社と墓地とで宗教観が違うことはたしかだが、それを理解してもらえれば批判がおさまるかというと、そうではないだろう。
たとえば祟らないように顕彰しているという釈明もあるが、はたして靖国神社や参拝者や遺族が英霊をそのような存在とみなしているかというと、当然そうではない。
靖國神社について|靖國神社

国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です。

いうなれば靖国とは、国家に犠牲をしいられた人々へ「貴様の死を通じて人間的に成長してやる」*3という言葉をかけるための施設だ。


また、問われるのは参拝される側だけではない。参拝する側の意図と言動も問われる。
参拝した安倍晋三首相自身が「冥福」という言葉を使っている。たとえ神道において神を祀る文脈が「理解」されたとしても、安倍首相への批判は継続しうる。
靖国参拝には複数の問題があるが、とりあえず安倍晋三首相が嘘をついたことは確実 - 法華狼の日記
顕彰施設という性格を分離して、追悼施設としての側面で許されることはあるだろうか。たしかに慰霊の意図で靖国神社へ参拝している遺族もいるし、一方でドイツでもナチスの罪を批判しつつ追悼している遺族もいるだろう。
しかしドイツでは、ヒトラー本人の墓こそ存在しなくても、別のナチス高官の墓がネオナチにとっての聖地となりつつあったため、教会が撤去したこともあった。
「ネオナチの聖地」、ヒトラー側近の墓を撤去 ドイツ 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News
靖国神社は戦前日本がおこなった加害の歴史へ真摯に向きあっているといえるだろうか。戦前日本を美化したり、さまざなま戦争犯罪から目をそむけたり、戦争の責任を転化したりしていないだろうか。
付属する博物館では、日本の謀略で始まった侵略を他人事のように「満州事変が勃発しました」*4と記述し、太平洋戦争の開戦については「米国との戦争を避けるべく行われた日米交渉」*5とだけ記述している。近年には南京大虐殺の否定を目的とした映画『南京の真実』を上映したりもしていた*6。ここでも、何もない墓より悪質だと評することができる。


そもそも戦前日本はナチスドイツと同盟を結んで戦争をおこなっていたし、ヒトラーを歓迎していた。小泉純一郎首相の靖国参拝を米国政府が批判した時、ホロコーストを生きのびた議員がナチス高官の墓へ献花することになぞらえたのも、ゆえなきことではない。
米下院/靖国参拝 悪習やめよ/「遊就館の歴史観は誤り」

 ナチスホロコーストユダヤ人大虐殺)の生存者であるラントス議員(民主党)もハイド議員の主張に呼応。「日本が過去の歴史に正直に取り組んでいないことは、日本自身にとって大きな危害となっている」と述べ、「日本の歴史健忘症の最も顕著な例が、日本首相の靖国参拝である」と指摘しました。

 同議員は、A級戦犯をまつっている靖国神社への首相の参拝は、「ドイツのヒムラーナチス親衛隊総司令官)、ゲーリング(ナチ政権下でヒトラーに次ぐ実力者)らの墓に花輪を置くに等しい」とも語りました。

もし英霊が存在するとして、ヒトラーと並びたてられれば誇りに思ったりもするのではなかろうか、などと皮肉な考えだってできる。当時はナチスドイツの実態が理解されていなかったというなら、戦前日本が起こした戦争の実態も理解されてなかった。たとえば南京攻略戦における虐殺を日本国民が広く知ったのは戦後になってからだ。
現在の知見にもとづいて当時の人々の考えを否定することができるならば、靖国神社に対する当時の人々の考えだって否定できるだろう。もし英霊がいるならば、あなたがたは犬死したのだし犬死させたのだと言葉をかける勇気こそが必要ではないか。