法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『愛国者の条件 昭和の失策とナショナリズムの本質を問う』半藤一利、戸高一成、共著

〜実は、私の従兄弟も「震洋」というベニア板でつくられた特攻艇の部隊にいて、出撃の直前に終戦となって帰ってきました。でも、心の中におよそ余人には窺い知れない相当な思いがあったんでしょう。それからしばらくは、家の中でずっと吠えるような声で何事か叫んでいましたよ〜
読了。書籍紹介は以前のエントリを参照のこと*1
頁の薄い本で、著者2人が交互に章を執筆するためか内容の重複も見られる。旧日本海軍の敗因という主題そのものも、軍事・歴史系書籍ではそう珍しくない。
しかし、旧日本海軍の成功と失敗を士官教育という視点に絞って評し、左派も注目しないような論点が多分にあった。


保守系の歴史家が、若者へ届くように言葉を選び、右派が偏見を持ちにくいだろう出版社*2から提言したこと自体にも意味があったと思う。いかんせんネット上での注目度は小さかったが*3
戦前生まれの半藤氏が「老いぼれ」等を自認して、くりかえし一歩下がった位置から発言しているのも、節度を持った謙虚な人というより、本気で若い人に伝えようとしているからだろう。
安倍政権が、教育改革を最初に取り組むという話に対し、半藤氏は静かに語りかける*4

 たしかに教育現場でのさまざまな問題は、連日のように報道されていますし、改革すべき点は多いのでしょう。私は専門家でもありませんし、そもそも戦後教育というものを受けていない。ですから、あまり余計な口を挟むつもりはありません。
 ただ、戦前の教育を受けた世代だからこそ、申し上げておきたいことがあります。

以降、教育を変えた効果が出るのは十年単位であり*5、それが失敗だった際の修正はさらに十年かかる、二十年がかりの大事業と指摘する。
いうまでもないが、「はたして、安倍さんにそれだけの自覚と覚悟があるのか」*6と半藤氏が問いかけてから一年もせずに安倍首相は退陣した。今後に誰が責任を取って修正を担当するのかわからないまま。


そうして教育の重要さと困難さを指摘した後、半藤氏と戸高氏は明治海軍の教育方針を賞賛しつつ、どこに失敗の予兆があったかを論じていく。
まず1888年8月、海軍兵学校を銀座近くの築地から、呉近くの江田島へ移転したこと。自由民権運動がもりあがった時期に首都から離れて教育を受けることで、政治に介入しない態度を養えた。その例として米内光政が総理大臣になった時、予備役となって現役を退いた逸話をあげる。……しかしそれは後に日独同盟を米内らが反対した際、政治能力を発揮できない結果にもつながった。江田島という閉鎖環境に少数精鋭で育てられたことは、身内の失策を批判できない体質まで作ってしまった。
海軍兵学校は、初期の教官多くが旧幕臣だったように能力主義だった。しかし能力主義はたやすく成績主義に変化し、日露戦争の勝利経験しかない日本海軍は学校成績を全ての基準にして*7、実戦で能力主義に切りかえることができなかった。
戦前と北朝鮮の相似も興味深い。兵器の主眼が抑止力にあることから全貌を隠し続ける北朝鮮の外交を批判しつつ、それは大和の存在を秘匿していた日本海軍も同じだ、と指摘する。さらに北朝鮮にとっての核は戦前日本にとっての大和かもしれないと推測し、北朝鮮の核実験を止めさせるために強攻策だけでは無意味と暗に示す*8


なお、疑問点もないではない。特に戸高氏の主張には首をかしげるところが多かった。
たとえば日露戦争を賞賛する論理*9。保守派の共産党恐怖症におもねっているのだとしても粗雑すぎる。

 もし、あのとき日本がロシアに負けていたら、どうなっていたでしょうか。
 当時は戦勝国が相手国の陣地を乗っ取ることが当たり前の時代。ですから、日本がロシアに編入されることはないにせよ、ロシアの傀儡国家となり、後に共産圏に組み込まれていた可能性は非常に高いと思います。少なくとも、北海道辺りまでは共産圏となり、そのときにはかつての東西ドイツや現在の朝鮮半島のような分断国家が生まれていたことでしょう。

東西ドイツや朝鮮分断は第二次世界大戦以降のできごとであって、日露戦争を正当化するには関係が薄いのではないか。実際、第二次世界大戦の敗北によって日本も沖縄問題や北方領土問題をかかえることになった。少なくとも北方領土は、旧ソ連に国土の一部が占領されている例だ*10
日露戦争を対ロシア防衛戦争とのみ位置づける嘘も感心しない。当時に作戦を遂行した旧大日本帝国自体、防衛以外の理由も戦争目的にあげている*11
次に自衛隊の改革私案もかなり微妙な内容だ。憲法を改正して自衛隊を「嘘の軍隊」から正規の自衛隊にするべきと主張した上で、こう続く*12

 その上で、陸軍(つまり現在の陸上自衛隊)を大幅に組織改変をする。
 災害救助の専門部隊と対ゲリラ戦の特殊部隊のみを残して、その他はミサイル防衛部隊として防衛システムを完備する。日本の陸上兵力のほとんどを、ここに集中させる。さすがに他国のミサイル発射基地を先制攻撃することは考えられませんが、日本に向かうミサイルであれば、少なくとも海上で撃墜できるだけの防衛力は持ってしかるべきではないでしょうか。

ミサイルを完全に撃墜することは、現在の技術では相当に困難なはず。だいたい、教育を歴史的軍事的に語る書籍でわざわざ語るような内容ではないだろう。
自身でも「「非現実的な」」*13「あまり現実的なプランだとは思いませんが」と認めているものの……ネットや茶屋で語る趣味話ならともかく、商業出版で提言するような内容ではないだろう。基本的に現状維持と主張する半藤氏がかなり現実的なだけに浮いて見えた。
そう、半藤氏は自身が担当する最後の章、その末尾で自衛隊は現状を超えさせず、平和憲法を世界に高く掲げて戦争放棄を訴え続けることこそ日本の役割であり、国際的貢献と主張する*14。「理想を掲げそれに向かって努力してきたからこそ、現在の人類があるのです」と。

*1:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20071206/1196982629

*2:ダイヤモンド社は軍事関係の書籍を多く出している。イカロス出版が『萌ゆる神の国!』を出したことと比べて色々感じるところもある。

*3:検索しても、あまり若い右派は読んでいない様子。むしろ歴史好きの年長者か、左派が紹介していることが多い。

*4:30頁

*5:半藤氏は終戦後の教育を例にしているが、教育を受けた子供が社会に出るまでの期間を考えれば、今後もそう変化しない数字だろう。

*6:32頁

*7:ハンモック番号という数字がわりふられ、緊急時のみならず通常人事でも基準となる。

*8:文章上では強攻策批判を明言していないところが巧妙。

*9:130頁

*10:北方領土問題自体は188頁で戸高氏自身が竹島尖閣諸島と並べて言及しているが、領土境界線という以上の問題意識は感じられない。

*11:http://homepage1.nifty.com/SENSHI/study/5nitirosensou.htm

*12:202頁

*13:201頁、カギカッコで強調している。

*14:半藤氏に限らず、年長の保守派では比較的よく見られる思想だ