法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『知らないと恥ずかしい! 日本の戦争 常識のウソ』保阪正康著

ついに進歩的知識人とまで呼ばれるようになった保阪氏が、2008年12月23日に出した書籍。Q&A形式で、日本の近現代で起きた戦争や軍にまつわる出来事を解説していく。
おおまかには、序盤が現代日本の戦争観形成史にあてられ、中盤で明治から第二次世界大戦までの近代日本戦争史を解説し、終盤で実践的に昭和史を見る方法論を語っている。


まず序盤の、第二次世界大戦後から冷戦終結までの戦争観を語っている記述では、保阪氏の立ち位置が保守派とよくわかる。
たとえば憲法に手をつけてはいけないという主張を「歴史的エゴイスト」*1と呼び、「旧社会党の考え方というのは歴史的に決着がついたわけです。社会主義は二十世紀最大の誤謬だと、当の社会主義だったソ連の中堅幹部からも聞いています」*2とまで語り、ほぼ立ち位置は明らかといっていい。
マルキシズムに基づいた歴史観への具体的な批判は少ないが、実際に岩波新書『昭和史』から、ソ連の対日参戦を第二次世界大戦の対ファッショ的性格を強めたという記述を引用批判したあたりなどは具体的で妥当な意見だと思う。むろん、そのような単純な歴史観は、現在の歴史学者や左派が主張することとは思わないが。
前後して、自民党右派と社会党教条的左派をともに「右と左の突出した意見であって、両者のあいだに実のある論争というのは成立していません」*3と批判するのみならず、「国民の多くは、安保体制で納得している」*4とする記述は自身の偏りに無自覚な危険性も感じた。
ついでに、「学者よりもジャーナリスト出身」*5が書いた歴史書の方が広く目配りされていて良いという意見も、いくら「入門書」と注意されているとはいえ、危険と思う。


歴史解説に入ると、日中戦争が現地の暴走で戦端が開き、本土の追認で拡大していった経緯など、主な内容は通史通り。海軍善玉論批判、メディアの戦争責任、政党政治の政争による自滅、国民の熱狂といった指摘も、少し気のきいた歴史書なら言及されていることが多い。ただし、政党政治の自滅が、普通選挙になっても資金をばらまいた者が当選する状態であったことも一因としたり、具体的な背景をできる限り言及しており、教科書から一歩踏みこんだ入門としては使えるだろう。
特徴としては、国体改造運動がくわしく言及されていること。日本が「変調」をきたしていった過程として、未遂に終わった事件や、背後の思想史まで言及されている。大規模だっただけの226事件より、515事件等が分岐点だったという視点は興味深い。


最も面白かったのは終盤の、保阪氏が戦争証言を収拾した時の経験談
人間の8割は自分もふくめて誤った記憶で証言してしまうので、他の資料とつきあわせなければならないという話は、実際に多数の証言を収拾してきた保阪氏ならではの説得力がある。石井秋穂少佐を証言者として信頼していった経緯も語られた。
そして、20代の若者達が収拾した証言を全面的に信用していたことを危険と指摘し、生前の出来事である爆弾三勇士を同時代かのように語った証言の誤りに気づいてない新聞記事を批判し、様々な嘘証言を例示していく。ただし、どれも個人名を出しておらず、本当に誤った証言だったかは検証しずらい。年齢を誤記しただけという可能性すらある。重要な論点だけに、批判も具体的にしてほしかったところ。

*1:43頁。ただし、ニュアンスとしては議論を経てない護憲論をエゴイズムと呼んでいるのであって、護憲論全てを批判しているわけではない。

*2:43頁。厳密には、旧社会党的な平和論とソ連のありかたは同一ではないし、そもそもソ連マルクスの想定した社会主義とは異なる成り立ちなのだが。

*3:16頁。

*4:17頁。

*5:50頁。