法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

スタジオジブリの小冊子『熱風』7月号の「憲法改正」特集部分がWEB公開

宮崎駿監督と高畑勲監督と鈴木敏夫プロデューサーにくわえて、児童文学家の中川李枝子氏*1が寄稿している。PDFファイルをダウンロードし、ざっと読んでみた。
小冊子『熱風』7月号特集 緊急PDF配信のお知らせ - スタジオジブリ|STUDIO GHIBLI
まず鈴木プロデューサーだが、映画『風立ちぬ』の宣伝をかねて、戦争を題材とした映画に対する距離感をプロデューサーとして語っている。文章は短めで、中日新聞への寄稿*2を再掲した文章ということもあって、どこかで見かけたような内容にとどまっている。
やはり興味深いのは、他の三者が書いた文章だ。全員が戦前に生まれて子供時代に終戦を体験しており、少しずつ立場が異なる者の記憶証言として、それ単独でも興味深い内容になっている。


特に面白いのが、宮崎監督の語る父親像だ。軍需工場の工場長であり、しりあいに反対されながら戦争末期まで投資を続けたり、戦争責任に対して「スターリンは日本の人民には罪はないと言った」*3と主張して宮崎監督と喧嘩したり。改憲への反対論は、一定の武装は必要だと「リアリズム」*4の観点から擁護しつつ、立ち上がりが遅れてでも縛りが必要だから憲法を変えるべきでないという理屈で、はっきりいえば保守派の思想におもねっている感すらある。
中川氏は1935年生まれで、戦時下の日本史でよく語られる出来事を子供としてひととおり体験しているようだ。当時の見聞と、それを思い出して感じる「戦争は本当に怖い」という気持ちを実直に語っている。憲法そのものの話はほとんどないが、職業作家の体験記として読ませる。
高畑監督の文章は、ねりま九条の会で2006年に話した前半と、その後の日本の政治をまとめた後半にわかれている。前半での、映画『火垂るの墓』は反戦映画として有効ではないという主張は、昔から高畑監督が主張している理屈。開戦時にはわからない末期の悲惨さではなく、開戦前の熱狂に眼を向けよ、という論理は明快だ。後半では、第一次安倍内閣の「教育基本法の改悪」*5から、鳩山内閣普天間基地移転問題の失敗をへて、現在の第二次安倍内閣に対する懸念までを、簡潔にまとめている。そして自民党改憲案が自民党古参議員や改憲派学者からも批判されて頓挫したことを指摘し、旧来の保守派が飲みこみやすい主張に整えている。


全体として、できるだけ広い層へとどくように、慎重に言葉を選んでいるという印象があった。宮崎監督など、今読んでいる書籍として半藤一利*6『昭和史』をとりあげている。
また、インターネットの一部では、宮崎監督が「慰安婦の問題も、それぞれの民族の誇りの問題だから、きちんと謝罪してちゃんと賠償すべきです」*7といった発言ばかり注目され、反発されているようだ*8。しかし実際にPDFファイルを読めば、定見を持たずに村山談話をとりさげかけてはごまかしたりする政治家の問題が前提として書かれている*9
国際的な批判を予測することすらできず、あいまいな態度で先送りする能力しかない政治家が、憲法を安易に変えてはならない。この問題意識は、「侵略を“侵略”と認めない」*10と安倍首相を批判する高畑監督も共有しているだろうし、村山談話の見直し発言や橋下市長の慰安婦発言が国際的に批判されたとする編集部注釈*11からも読みとれる。


もし、今回の宮崎監督と高畑監督の主張を左翼視するならば、よほど先入観にとらわれているためか、無自覚に右傾化しているためだろう。少なくとも、村山談話従軍慰安婦の状況認識について異論をとなえるなら、自身が国際的視野に欠けているという自白になる。
どちらにしても安易に改憲すべきではないという両監督の主張を補強する。そもそも憲法というものは安易に変えるべきでない性質を持っているのだから当然ではあるし、そうした当然をわざわざ緊急に主張しなければならない社会状況に暗澹となるが。

*1:絵本『ぐりとぐら』シリーズが代表作。映画『となりのトトロ』で主題歌等を作詞。

*2:http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/kenpouto/list/CK2013050902000173.html

*3:6頁。なお、自由を好む性格だったらしく、国家としてはソ連を嫌ってアメリカを好んでいたとも証言されている。

*4:9頁。

*5:25頁。

*6:週刊文春』や『文藝春秋』の編集長をつとめた、はっきり保守派の歴史作家なのだが、現在はインターネット上で左翼視されることが多い。

*7:9頁。

*8:http://topsy.com/master-asia.livedoor.biz/archives/7969506.html

*9:8頁。

*10:25頁。

*11:28頁。もっとも、報道された事実関係をまとめるだけでも、編集部注釈と同じ説明になるだろうが。