法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』二次創作ミラー(前)

下記の二次創作小説は、あえて『機動戦士ガンダムSEED』シリーズに対する様々な憎悪をこめるという趣向で作ったものであり、作品ファンを主とした読者が気分を害することを意識した内容となっている。閲覧にあたって注意されたい。
また、『奴婢』と『狩猟』はSSまとめWIKIに収録されたので消去した。
HATESS - ガンダムクロスオーバーSS倉庫 Wiki*

(日記に合わせ、改行位置変更。一日あたりの容量問題で、今日は前半のみ。)

480名前:『鏡の中の』:2007/03/04(日)06:41:32ID:???
“……だけど、わたしは狂った人の側に行きたくないの”
 アリスの願いを聞き、猫は笑った。
“あきらめろって。ここに住んでいるのは全てが狂人だ。俺も気狂いだし、君も気狂いさ”
(ルイス=キャロル『鏡の国のアリス』より)

〜王の見る夢〜

 最初のコーディネイター、ジョージ=グレンの演説を受けて遺伝子操作された人々が生まれ、操作を受けない人類と軋轢を起こし、宇宙へと進出したころ。
 地球圏に住む独身の富豪が娘を欲し、一人のコーディネイターを生み出した。くせのある長い金髪に白い肌、青い目に赤い唇。黒髪で頑強な体の富豪とは似ていなかったが、父として娘が
赤ん坊のころから手元において育て、人形のようにかわいがったという。
 やがて娘は成長し、遺伝子操作を受けていない人類、いわゆるナチュラルに混じって学校に通うようになった。戦争が始まっても富豪と娘は宇宙に上がることなく、地表にとどまって生活を続けた。
 そして戦争が終結して約一年。ナチュラルとプラントの軋轢も静まりを見せてきたころ。
 富豪に対し、反コーディネイター思想団体ブルーコスモスから犯行声明が出された。

 いたずらではないかと疑いながらも二人の警官が向かうと、通りに面する富豪の邸宅は照明が消され、墓標のように黒々と夕闇に沈んでいた。寝ているにしては玄関灯もつけられていない。
 玄関の扉を押してみると抵抗なく開く。調べると鍵が壊されていた。富豪が契約する警備会社に連絡を取ってみると、玄関を開けると送られてくるはずの信号が来ないという。つまり警備機構に異常が発生しているということ。それを聞いた警官達は、警備担当者の到着を待たずに、すぐさま邸宅にふみこんだ。
 暗い広間を小型ライトで照らすが、何人か雇われているはずの使用人の姿はなく、進入者が荒らしたような形跡も見つからない。
 主人のものらしき寝室、書斎、物置、全てが無人だった。一階の扉を次々に開け放っていった警官達は、やがて一方向から嫌な臭いが漂ってきていることに気づいた。警官の一人が廊下を小走りに進み、水音がする扉へとたどりついた。扉はうっすらと開き、中から湯気が漏れ出ている。中に入り、脱衣所を抜けて浴室の戸を引いた警官は、思わず鼻をおさえて顔をしかめた。広い浴室に頭の赤い男が全裸で倒れ、壁にとりつけられたシャワーからの熱い湯をあびつづけていた。男は頑強な体格で、体毛は黒い。頭の赤さは、裂けた頭蓋からあふれる血によるものであった。
 死体について本部に報告した警官達は、一階に動く者の姿がないのを確認し、二階へつながる階段を昇った。小型ライトを口にくわえ、拳銃の安全装置を外す。廊下の扉を一つづつ開け放して中を確認し、最後にひときわ重厚な木製の扉を開いた。

481名前:通常の名無しさんの3倍:2007/03/04(日)06:43:35ID:???
 部屋の中は、一面が雨と霧に覆われていた。
 一歩踏み込めば、鼻をつく刺激臭。
 物が焦げる臭い。
 目をこらせば、雨は天井にそなえつけられた消火装置から降る水で、霧は水にぬれる消し炭から発せられる煙だ。
 警官達はライトを向けても視界の取れない部屋へ踏み込み、頭からずぶぬれになりながら周囲を見わたした。巨大な鏡の前で、青白い少女が座り込んでいた。
 少女は純白の下着一枚を身につけ、頭上から消化用の水をあびつづけていた。
 濡れた布越しでもわかる、欠食児童のような細い体に白い肌。金色の巻き毛が床に流れる。顔は伏せているが、鼻筋の形と尖った顎が整った顔立ちをうかがわせる。
 少女は震える自らの体を抱きしめ、低い鳴咽をもらしている。
 背後の大鏡に写された姿は、肩を震わせる少女の背中は、なぜか笑っているようだった。

 一人の警官が少女にかけよって上着をかけてやり、もう一人は照明のスイッチを見つけ、操作する。
 明るくなった部屋の中心に、木組みの黒い塊がある。玉座と見えたそれは、天蓋付きの寝台が燃え崩れたものだった。
 どしゃぶりの部屋の中、炭となった寝台に薄汚い格好の少年が腰かけていた。顔も手も煤で汚れ、金色に輝く血まみれの棒を杖のように立て、じっと前を見すえていた。
 その光景に、一人の警官が叫んだ。
「貴様、何をやっている」
 少女と同じくらいの年齢に見えた少年は、暗い目を警官達に向け、穏やかな口調で答えた。
「青き正常なる世界のために。男は俺が殺した」
 警官達の背後で、少女の鳴咽が虚ろに響いた。その鳴咽は、なぜか笑い声のように聞こえた。

483名前:通常の名無しさんの3倍:2007/03/04(日)06:46:15ID:???
〜「すぐさま、その者の首をはねよ」〜

 富豪の死体は一階の浴室にあった。階段から廊下に残された血痕から、娘が使っていた二階の寝室で撲殺されて一階まで運ばれたのだろうと推定される。状況から見て少年が最大の容疑者だ。少なくとも住居不法侵入の現行犯であり、発見の直後に自白同然の証言をしている。
 私は公開されている記録を読み返しながら、どのような弁護活動を行うべきか決めかねていた。この難しい裁判が、先生の助手として初の実地研修となる。
 少年は十代で、プラントのコーディネイターなら成人と同様の罰を受けるべき年齢だ。
「しかしここはプラントではないし、少年はナチュラルだ。さほど重い罰にはならず、施設に三年ほど入るのが順当だろうな」
 先生は紙に印刷した資料をめくりながら、ぽつりとつぶやいた。
「しかし、外野からは厳罰を求める声が強いです。テロリストと同列に見られたくない心情からでしょう、反コーディネイター団体からも批難がなされています。陪審員が流される危険は高いと思いますが」
「一般人に法の原則を理解させるのが難しいのは昔からさ。加えて、刑事裁判ってのは感情に流されやすいもんだ」
 先生は肩をすくめた。
「少年は殺人に関しては現行犯ではない。誘導の余地がない自白をしているとしても、判決がくだるまでは容疑者の段階だ。それに法で裁かれるには、判断能力を有しているのが最低条件だ。この少年の年齢では判断能力を有していないというのが、我々の法律が定めた基準だよ」
 ちょうどテレビで自称評論家が、十歳以上なら善悪の判断を持って当然という趣旨を語っていた。それを見て先生は長いため息をつく。
「もし法律的に判断能力があるとしたいなら……十歳から選挙権なんかを持たせるべきなんだがよ。権利と義務が表裏一体と主張する連中に限って理解しちゃいないが、これが法学の常識ってもんさ」
 私は一年前に経験した裁判を思い出す。
終戦直後の軍事裁判では、こういう報道は無かったのに……」
「そりゃ、被告の数が尋常じゃなく多いから、自分や親類知人が裁かれる立場になるってことを想像できるからさ。しかし平時において、自分が普通だと思い込んでいる者は、自分が犯罪者と関係する可能性に思い当たらない。それどころか、罪を犯してしまう者がどのような立場に置かれていたか、刑罰を重くすることで真に犯罪が減らせるのか、容疑者と犯人の違いは何か学ぼうとはしないもんさ。みんな目先の飯を食うことにいそがしいからな」
「しかし終戦からようやく一年くらいですよ。まだ続いている裁判もあります」
「戦犯を裁く場合、弁護にしても、責任問題になることを嫌う側の政府が手を貸してくれるからなあ。敵国だって、せっかく講和したところに相手の悪事を掘り起こして、軋轢を生みたくはない。よほどの虐殺事件でもなければ、互いに相手の悪いところは見なかったことにするもんさ」
「……良いことではありませんね」
 そういう私もまた少年兵として先の大戦を戦い、ヤキン戦までを生き残った一人だ。所属していた部隊の立場が問題となり、戦後の裁判でかなり不利な立場になった。さいわいにも恩赦をえることができたものの、戦友と比べて後ろ盾のなかった私は戦友と比べて裁判が長引いた。
 戦犯となることを恐れた上官の手により相当数の資料が消去された結果、末端兵士は逆に弁護の材料を失うことが多い。私もそうだった。加えて適当な身柄引受人も現われなくて苦労していた私の弁護に尽力してくれたのが、この先生だ。
 戦前の私は別の職業につこうと思っていたのだが、弁護されるべき立場になった経験と、先生への憧れをもって、司法の道を選んだ。私は収容所にて独学ではげみ、出所後すぐに資格を取ることができた。それほどまでに戦争で人材が失われ、足りなくなったということでもある。教育の行きとどかない一部の発展途上国では、読み書き計算さえできれば税理士くらいにはなれたりするのだ。

484名前:通常の名無しさんの3倍:2007/03/04(日)06:49:26ID:???
〜茶会にて〜

 オープンテラスに紅茶を四人分、そして適当な菓子類を並べた。もちろん代金は私もちだ。
「あー、アリスのハナシ?」
 音をたてて紅茶を飲みながら、一人の少女が小首をかしげた。それを聞いて私も首をかしげた。
「アリスとは、誰のことだろう」
 湯気で眼鏡がくもるので、私はしばらく紅茶をテーブルに置いたまま冷ます。
「あたしたちはアリスって呼んでるよ。ほら、童話にあったじゃん。不思議の国のナントカって。金髪の、ちょっとアレな子のハナシ」
「ねー」
 少女達が顔をよせあってくすくすと笑う。どうやら富豪の娘は同学年の少女からアリスと呼ばれていたらしい。それにしても。
「だってさ、あの子ってコーディネイターのくせに、ちょうっと頭がにぶかったんだもん。ぜんぜん話もあわなくて、何を聞いてもパパのことばっか」
「成績も良くなかったものね。記憶力や体力の関係ない教科は全滅。まあ、物おぼえも悪かったけど」
 別の少女が肩をすくめて笑い、そこに三人目が加わる。
「こういっちゃアレだけど、みんな失敗作っていってたよ。それなりに顔はきれいだったし、男どもには人気あったけど。ちょっと足りないくらいが、かわいく思えたりするしね。でも女子からは嫌われてて、話しをするのはあたしたちくらい。それも先生にたのまれたからだけど」
 そして三人でかしましく笑う。空虚な笑い声だった。
 私はカップに口をつけながら考えた。
 失敗作、か。それゆえにコーディネイターとその親でありながら、宇宙へ上がらなかったのだろうか。
 容疑者の少年についてたずねると、予想していたよりも嫌悪されていた様子がうかがえた。
「あいつはナニ考えてんのかわかんない奴だった。キモイっていうより、ブキミ」
「事件起こしたって聞いて、やりかねないって思ったもん」
「成績は良くても、内に閉じこもってて暗かったものね。孤児院から移ってきたから友達もなかったし。先生も学生も誰も話しかけなかったよ。……ああ、一人だけいたっけ」
 それは誰かと思わず身を乗り出したが、返ってきた答えは意外でありつつ、同時に薄っすら予想していたものだった。
「時々、アリスが話しかけてたんだ。どんな会話をしていたのかは知らないけれど。バカだよね、変なヤツにかかわらなきゃ、父さんが殺されることもなかったかもしれないのに」
 そして少女は初めてしんみりとした表情を浮かべた。

485名前:通常の名無しさんの3倍:2007/03/04(日)06:50:59ID:???
〜塀の上〜

 接見した少年は私と目を合わせようともせず、ただブルーコスモスの主張するありきたりな言葉をリピート再生機能のようにくり返すだけだった。質問や説得は全く聞こうとしない。裁判を長引かせず、すぐ刑を受けさせろ、とまで少年は私に言った。
 少女もまた、少年に不利なことも有利なことも何一つしゃべらなかった。いや、少年が撲殺したことだけは認めたが、細かい殺害状況については黙秘をつらぬいている。
 落胆しながら少年を保護する建物から出ると、敷地が人ごみでごったがえして騒々しい。
 コーディネイター側、反コーディネイター側の団体がおのおのプラカードをかかげ、がなりたてている。
 人ごみの合間をぬって、鞄を片手に司法関係者や記者らしき人々が正面階段を行きかいする。
 正面階段を昇ろうとしている一人、鷲鼻の男が私に気づき、近づいてきた。見知った顔だ。私は手をふって呼ぶ。
「帽子屋、ひさしぶりだな」
 鷲鼻男も手を振ってこたえる。
 司法の資格を得るために奔走していたころ仲良くなった、私と同じく戦後即席に生まれた弁護士だ。よく黒い帽子をかぶっていたため、周囲は帽子屋と呼んでいた。
「ああ、眠りねずみ。半年ぶりくらいか」
 眠りねずみなる仇名は、生活費と勉学費を稼ぐために働き疲れた私がよく居眠りをしていたためにつけられた。正直、あまり気にいってはいない。
 思い出話をいくつかした後、自然と互いがかかえている裁判をめぐる状況についての話となった。もちろん裁判に関する情報は明かさず、内容は世間話ていどだ。
「眠りねずみの上司が言ってるのは、おえらい人の論理だな。たぶん下々の者には受け入れらない、弁護士のエリート思考ってやつだ」
「厳罰化は政府も望んでいることだろう」
「そういうことじゃないって」
 帽子屋は苦笑した。
「近代の警察には、二種類の祖先がある。市民による自警団と、統治者による貴族警察だ」
「ああ、そっちの意味か。貴族警察は犯罪者に更正を求める。自警団は犯罪者に罰を求める。一人でも利益を出せる国民が増えることを優先するか、自分達の共同体を害した者へ復讐を求めるか、つまりはそういう話がしたいのだろう。しかし近代の法は、復讐を否定するところから始まっている」
「法律は人間のためにある。人間が法律に合わせるなんてのじゃあ逆さまだ。市民が復讐を望んでいるなら、犯人という異物の排除を望んでいるなら、厳罰化に向かうのも自然さ」
「だが今回の事件は、その異物排除の考えで起こったと推定される。だとすれば、厳罰を求める者の思考は犯人の思考と本質的に同じだ」
 私の言葉に、帽子屋は少しばかり考え込んだ。

486名前:通常の名無しさんの3倍:2007/03/04(日)06:52:36ID:???
 しばらくして、帽子屋はあたりを見渡し、真面目な口調に変えて言った。
「念のために言っておくが、コーディネイターは人間じゃないなんて弁護方針は取るな。これは友人としての忠告だ」
「まさか。そのようなやりかたで弁護できるはずがない」
 彼は目をふせ、暗い声でささやいた。
「勝てるかもしれないからまずいんだ。コーディネイターは、たとえば不法移民などと違って身元がはっきりしている。文字通り生まれた場所から遺伝子の期限まで完全に把握できる。だが、人間の本質ってやつはそこにはない、と考える者がいる。そしてそいつらは地球だと政治でも法廷でも力を持ってたりするわけだ」
「それは戦前や戦中でも極一部の考え方だろう。声が大きいだけだ」
「だが、働き口が無くなると主張して移民を排斥したらどうなるか、知ってるよな」
「ああ、住みにくくなったからと国外へ脱出できる者は金持ちばかり。企業も国外へ労働力を求めて工場を移転する。結果、国内の労働需要は減るばかり。逆に、残された移民は貧乏人ばかりだから偏見は増大する。どこの国でもあった話だ。そんな愚かなスパイラルは、国境の意味が薄れた今はほとんどない」
「だが、人間の知性って奴はそうそう進歩しない。今度はコーディネイターが叩きの標的になってるわけだ。移民と違って、労働力としての価値は科学的に差異があると保証されるから始末が悪い。平和になって、コーディネイターの労働者が地球でも増えている最近じゃ、むしろ戦前より差別意識は広がっている」
 たしかに過去、そういった偏見が強制収容所や戦争をも生み出したことすらある。
 そう、特徴的な帽子をかぶり鷲鼻を持つ彼も、国無き民の末裔なのだ。
 古くに国を追われ、虐殺され、やがて国を作り、虐殺した民族。

 去りぎわの帽子屋が言った。
「もう一つの忠告だ。少年は何も話してくれないんだろう。そのために被疑者と意思疎通が難しいと感じれば、弁護を他の人間に任せればいい。別の案件にさせてほしいと上司にたのめばいいさ」
「弁護は、どこかで誰かが引き受けなければならないことだよ。容疑者の利益を守る立場の難しさは、弁護士を職業に選んだ時から覚悟している」
 依頼人がどのような悪人であっても誰かが弁護しなければならないし、最大限の努力をしなければならない。何より私は戦時中、ブルーコスモス的思想の人物と関係構築しようとして失敗した過去がある。私情混じりとはいえ、少年を救ってやりたいと強く思う。
 ただし、私は一つの懸念を持っていた。少年は誰かをかばっているのではないか。
 冤罪を立証する難しさが問題なのではない。かばっているのであれば、少年が犯人という判決を引き出すことこそが被告の利益になるのではないか、と私は悩んでいる。
 被告の利益とは何か、そして被告の利益は真実の追究に優先するのか。この葛藤は、刑事裁判にかかわる弁護士が一度は習い、実際に経験しなければならない。そしていつか乗り越えるべき葛藤だ。
 今回は先生の助手として作業するだけとはいえ、私に乗り越えることができるだろうか。

487名前:通常の名無しさんの3倍:2007/03/04(日)06:53:49ID:???
〜誰がパイを盗んだか〜

 モニターを立ち上げ、現場となった邸宅の見取り図、各種映像を映す。
 富豪は、撲殺された後に体の各所を切り裂かれた全裸死体として発見された。
 主な打撲痕は頭部から胸部に集中している。凶器が少年の持っていた金属バットであることは、傷の形状や体液の照合から明確にされている。
 体を切り裂いたと見られる刃物は、調理室の肉切りナイフが使われていた。
 衣服も下着まではぎとられて切り裂かれ、一階の調理室でオーブンに入れて燃やされていた。燃え残りの分析によると、偽装のためか少女の衣服と一緒に燃やしている。
 おそらく被害者の体を傷つけるためにナイフをもちいたのではなく、全裸にするために服を切り裂き、結果的に肉体を傷つけてしまったのだろう。では、何のために少年は被害者から服をはぎとったのか。死者をはずかしめるためだろうか。
 浴室に倒れていた被害者の頭は卵の殻のように割れ、中から白いものがはみ出ていた。
 その白いものがみょうに平べったくなっているので画像を拡大してみると、それは少年が靴でふみつけたためつぶれたのだとわかった。

 次に現場と推定される娘の寝室を映す。中央で燃やされた寝台は娘が使っていたもので、かなり巨大なものだ。ほとんど炭化しており、手がかりらしきものは発見されず。
 天井の消火装置は作動していたが、サイレンを鳴らす機器は破壊されていた。
 寝室には小さな浴室も付属しているが、当日に使用された形跡は全く無い。
 クローゼットには高価な衣服が並べられていたが、どれもほとんど使用されずに新品同然だった。半分は富豪が買い与え、もう半分は富豪と懇意のプラント在住女性が少女に送ったもののようだ。女性は富豪の母と親友だったという老女で、ナチュラルながら親族がコーディネイターを生んだためプラントに戦前から住んでいるという。

 使用人の証言録を映す。もともと大きな邸宅ではないとはいえ、使用人の数自体が多くない。
 食品はほとんどが店からとりよせたもので、清掃は定期的に専門の業者にたのんでいるという。
 事件の当日に使用人がいなかったのも、ブルーコスモスの策略でも何でもなく、契約により仕事が終わった時刻だったためという。そういった警備の甘さがテロの標的にされた原因だろう。

 警備装置の記録を見ると、回線が切断され、偽情報を流す装置が取り付けられている。
 玄関の電子錠も壁をこじあけて内部機構をいじって開けたものだ。どちらも専門の技術が必要で、もちろん被疑者となっている少年の仕業ではない。
 少年とは別個に自首したブルーコスモスの青年が行ったことだ。

488名前:通常の名無しさんの3倍:2007/03/04(日)06:56:53ID:???
〜雛を守る〜

 ブルーコスモスの青年は、行動の一部始終を記録に残しており、ブルーコスモスの息がかかった弁護士がついたこともあって、一ヶ月で判決がくだった。現代の水準でも相当のスピード裁判だ。
 面会しに行った私は、少々の驚きをもって青年と会話をした。
 記録映像ではわかりにくかったが、青年といっても被疑者の少年とほとんど年齢が変わらない。たしかに記録上でも少年とほぼ同年齢で、長髪を神経質にかきあげるしぐさが、いかにも幼い。
 しかし話してみると、やはり被疑者の少年と違って理知的な応答をする。本人の裁判は終わったこともあってか、かなり口が軽かった。
「あいつは生まれた時から父親がわからない。母親も、まだ言葉もおぼえていない歳に、目の前で亡くなってしまったそうだ。そんなふうに、俺に言ってたよ。決行の前夜さ」
「しかし私の持っている記録によれば、生後間も無いころに施設の前で捨てられていたそうだが」
「ああ、あいつの作り話かもな。だけれど、信じていれば真実になるのさ。それで心が救われるなら良いんじゃないか」
 少年の心情をうかがわせる逸話をいくつも知り、私はさらに踏み込んだ質問をしてみた。
 しかし青年は事件の核心にせまる内容はけして口にしなかった。同じ内容をくり返すことで本心を隠す少年と違い、青年は隠す範囲を必要最小限にしている。さすがに場数をふんでいる、と私は奇妙な感心をした。
 まともに答えが返ってきたのは、自分より若い人間に手を汚させて後悔してないのか、とたずねた時だけだった。
「ああ、たしかに俺が殺すべきだった。俺自身も殺してやりたかったさ。だがな、弁護士センセイよ。あいつは自分で殺すと覚悟して、やりとげたんだ。少しは誉めてやってもいいんじゃないか」
 青年は本心から言っているように見えた。
「だが、どのような理由でも、私は殺人を誉めることはできない。強い意志を持っているなら、もっと別の方法を選ぶべきだったと思うよ。どちらにしても少年が犯人だと仮定しての話だが」
「はっ、戦争なら敵を殺せば殺すほど称賛されるじゃないか。勲章をジャラジャラぶらさげてよ」
「軍隊でも、けして殺人狂などは求められない」
 少なくとも、私はそう思っている。
 これ以上は話を引き出せそうにないと思って立ち上がると、青年が酒場の名前を口にした。
 そこに行けば面白いことに、興味深い者に出会えるかもしれない、と。