法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』二次創作ミラー(後)

『鏡の中の』の後半ミラー。

(日記に合わせ、改行位置変更。一日あたりの容量問題で、前半は前日の日記に。)

489名前:通常の名無しさんの3倍:2007/03/04(日)07:02:00ID:???
〜名前の失われる森〜

 薄暗い酒場に入った私は、紫煙にけむる内部を見わたした。ややあって、片隅に座って猫をなでている一人の男に気づく。
「君が、ここらを束ねているロード=ジブリールか」
 小声で問いかけると、男は手を止めて猫に向けていた顔をあげた。
 仮面をかぶっているかのように表情がなく、すきとおるほど肌が白い。薄すぎるくちびるが青みがかっている以外に、特徴を感じさせるところがない。まるであえて個性を消し去っているかのように思えた。
 灰色の猫をなでながら、男は静かに語った。
「私はジブリールであってジブリールではない。ブルーコスモスが集団であると同時に思想であり、偏在しながら遍在するように」
「君が本物のジブリールであるかどうかなど、どうでもいい」
 このような末端に、ブルーコスモス全体に関わっていると司法関係で噂される重要人物がいるはずもない。影武者の一人と考えるべきだろう。顔も体も生体部品を使った整形手術で作られた姿である可能性が高い。
 たとえば、プラントで歌手活動を再開しているらしいラクス=クラインも、毛髪から眼球まで生体部品で取りかえた偽者だという噂が一部でまことしやかに囁かれている。逆にいえば、世界的な有名人がすりかわっているかどうかも判断しかねるほど、現在の美容整形手術が
進化しているということだ。
 私も戦時中に近くでラクスの姿を見たことがあるが、噂が真実かどうかわからない。
「ともかく私が聞きたいのは、こないだの事件についてだ」
「まあ座りなさい。一杯おごりましょう。それから、そんなに声をひそめなくてもかまいません。ここは我々に同調する者が集い、経営にもたずさわっている店です」
 あたりを見わたすと、何人かがジョッキを持ったまま口につけることなく、聞き耳をたてている様子がうかがえた。
「酒はけっこう。仕事中だ」
「ではミルクをたのもう」
 自称ジブリールは笑いながら手をあげ、すぐに熱いミルクが運ばれてきた。今さら飲まないではいられない雰囲気ではなく、私は断り方を失敗したことを悔やんだ。
「不審な点がいくつもある。少年はなぜ少女を殺さなかったのか。コーディネイターを生んだ者よりも、コーディネイターを殺すことを優先するのじゃないのか、君達は」
「殺人については横に置きますが、我々は人間の自由意志を尊重する組織です。美容整形や強化人間技術も、判断能力がある大人が自ら考えて選択するならかまいません。しかし一方、コーディネイターは自分を遺伝子操作して欲しいなんて親に言っているわけはありませんよね」
「つまり、むしろ子供のコーディネイターは被害者と考えているわけか」
「派閥によって考え方は違いますが、おおむねその理解で正しいでしょう」

490名前:通常の名無しさんの3倍:2007/03/04(日)07:03:22ID:???
「それはわかった。だが、どう調べても、少年が君たちの思想に染まった経緯が見つからなかった。両親をはじめとする親類縁者もなく、思想中立的な民間施設で幼年期をすごし、奨学金をもって学校へと通っていた。誰かからブルーコスモス思想を吹き込まれた様子はどこにもない。そして君たちに接触した形跡も、事件の直前のものしか残されていない」
 そう、もしかしたら少年は誰かをかばい、ブルーコスモスのふりをしているだけの可能性がある。若者の自白は真実を伝えていないことが多い。茶会の少女が見せたように、本心を出すことに照れて、偽悪的な発言をしてしまう場合が多い。
 しかし、私がいだいている違和感こそが奇妙だといわんばかりにジブリールは答えた。
「それは、接触してきたのが少年の側だからだよ。我々は少年の強い意志に感銘し、手を貸したにすぎない。怪物を生み出す思想が思考が人間が間違っていると、少年は自力で気づいたのだ。それを私は称賛したい」
 悔やんでいるかのような表情を演じながら、ジブリールは言葉をついだ。
「もちろん、それが殺害という手段を取ったのはいむべきことだ。テロルは一部過激派の暴走で、ブルーコスモス全体は穏健な団体にすぎないというのに」
 警備用の回線を操作し、鍵をこじ開けたのは末端に所属する青年一人のしわざだ。
 ふざけたことに監視カメラの記録にはあえて手をつけず、少年に手を貸したのは自分だけと言い抜けられるようにすらしていた。
「そんな言い逃れが通じるとでも思っているのか」
 こいつらは、悪魔に体を切り売りして望みをかなえようとする愚か者だ。自分が死んでいることに気づかず、生者を仲間に引きずりこもうとする生ける屍だ。肉体を次々に換えて逃げ続ける盟主が、まさに体現している。
「おや、弁護士らしくない言い方ですね」
「何をかんちがいしているのか知らないが、弁護士は犯罪者を野放しにするためにあるのではない。人々の権利が正しく行使されるように全力をつくすのが仕事だ。復讐のために犯人を殺す権利は誰にもないが、逆に犯罪を煽って自分だけ逃れるような権利も存在しやしない。もし君達に弁護をたのまれれば私も仕事だから権利が守られるように、そして捜査が不正に行われないように全力をつくすが、人間的に不快感を持たないわけではない」
 ジブリールは猫の喉をなで、楽しげに言った。
「若いのに、なかなかはっきり物を言えるのは感心しますよ、サイ=アーガイル君」
「……なぜ俺の」
 昔の名を知っている。
 猫をあやしながら、ジブリールは微笑んだ。
「自爆攻撃に利用されそうになった連合軍から脱走し、最終的に大量破壊兵器の作動を結果的に阻止し、恩赦を受けた一部隊。末端兵士にいたるまで連合では有名ですよ。名前を変えたくらいで安心しないほうが良いでしょう」
「連合内のブルーコスモス同調者から得た情報ではないのか」
「さて、どうでしょう。何にしても、君もまた名前を捨てることで逃げようとしているわけですが、私は君の矛盾を批判するつもりはない。人間とは弱い存在です。特に、ナチュラルはね」
 俺は……私は、何も言い返せなかった。
 猫が楽しげに喉を鳴らし、ジブリールは目を細める。
「サイ君に、注目すべきことを教えよう。自らの罪によって殺された男がなぜ宇宙に行かなかったか。そして少年は何のために屋敷に火をつけようとしたか。少しは自分の頭で考えてみるといい」
 口にふくんだ冷めたミルクが、ずいぶんと苦く感じた。

491名前:通常の名無しさんの3倍:2007/03/04(日)07:06:22ID:???
〜公爵婦人と赤ん坊〜

 私が酒場に行っていた間に記録映像を見ていた先生が、一つ引っかかるところがあると指摘した。
「少女が使っていた二階の寝室だが、小さな浴室が付属しているね。しかし当日、使われた形跡がない。踏み込んだ警官が調べたところ、床も浴室も乾燥していたそうだし、使用人の証言でも衣服やタオルが使用されず置かれた状態だそうだ」
「その日に使う前に事件が起きたということでしょうか」
「いや、ならば少女の服装はおかしくないかな。下着だったんだろう。屋敷内とは言え、まさか下着で生活していたわけじゃないだろうし」
「寝る直前だったのではありませんか」
 先生がじろりと私をねめつけた。
「寝る直前なら、寝室に付属した浴室を使うのが普通だろうよ。下着一枚で一階の浴室から寝室へ歩いて行ったわけでもあるまい」
 確かに先生の疑問ももっともだ。
 私は、プラントに住んでいる老女と連絡を取ってみようと思った。富豪と友人であり、何度も衣服を少女に贈っているはずだ。何か知っている可能性が高い。

 モニターに現われた老女は、輝く温室を背に暖かい笑みを浮かべていた。
 プラントの治安機構と折衝して用意した通信設備にNジャマーの影響はほとんどなく、予想以上にクリアだった。
「あのかたも、すぐに宇宙に上がってくればよろしかったのに、残念ですわ。久しぶりに地上に降りて葬儀に参列いたしたいのですが、体調を悪くして地球には行けませんの。テロも恐いことですし……」
 長くなりそうな女性の話をさえぎり、私は少女の衣服について問いただした。
「ええ、たしかに新しいドレスを送りましたわ。プラントの最新作ですのよ。ちょうど事件の日に届いたはずです」
「しかし、そのようなドレスは見つかりませんでした」
 少女が見つかった時、薄い下着一枚をはおるようにしていただけで、女性がいうような服は記録に残っていない。別の画面で記録を確かめたが、クローゼットの中にも該当するデザインの服がない。
「おかしいわねえ、わたくしがドレス……美しい純白のワンピースですのよ……を贈らせてもらったその日に、身に着けている映像も見せていただいているのよ。あのかたが殺される、わずか一時間くらい前でした。どこかに通信記録で残っているのではないかしら」
 他の質問を終えて通信を切る寸前、夫人が子供をあやしている様子が偶然に耳に入った。
 どうやら画面の外にゆりかごを置いていたらしい。
「世界はあなたのため、あなたは世界のために存在するのよ……」
 まるで人形でも溺愛しているかのような声色だった。
 獣を溺愛しながら生まれの違う他者をさげすむブルーコスモス。子供をまるで人形のように生み出し育てるコーディネイター。表面的には相反しながらも、その本質は一卵性双生児のように似ている。
 もちろん、私が出会った二人が集団の平均であると考えるのは短絡だが……
 ふと、自分の考えに一つの引っかかりをおぼえた。事件の中核をなすような、重要な手がかりになるような感触すらある引っかかりだ。
 人形。クローゼットの衣服。大鏡。巨大な寝台。何かに似ている。そこにあるべきでない何かに。

492名前:通常の名無しさんの3倍:2007/03/04(日)07:08:38ID:???
〜白の騎士〜

 再び少年に接見すると、やつれながらも瞳だけは獣のように輝いているままだった。
「青き清浄なる世界のために……」
 前と同じ言葉しか口にしない少年が疲れるのを待ち、口を閉じた瞬間を見て私はたずねた。
「まだ少女は何も話していない。事件についてだけじゃない、背景にかかわるようなこと全てに口をつぐんでいる。しかし、いつまでもつかはわからない。君がここまでやったのは、彼女だけが優しくしてくれたからか?」
 私の問いにも少年は口を開こうとしなかった。監視のない状況で、弁護士に対してであっても本心をうちあけるつもりはないようだ。
 しかしこのままで終わらせたくはない。少年から何かしらの反応を、事実につながる手がかりを引き出さないわけにはいかない。
「しかし彼女は全ての人に、特に異性に優しかったと聞く。生まれもった特性であるかのように」
 この少年は愚かだが、馬鹿ではない。私が何を言いたいかはわかるはずだ。
「異性への愛は本能に根差すものだ。ならば、遺伝子を操作することで弱めることも、強めることもできるかもしれない。どうやって彼女が生まれたかを思えば、その可能性の高さに気づくだろう」
 そう、少年に対する少女の優しさは、少年が最も憎んだ存在によるおかげだと考えられる。
 それでも退室する直前に私の方をふりかえった少年は、いっさいの表情を押し殺していた。それが王女を守る騎士の誇りのように。
 いくどとなく倒れても、そのたびに立ち上がる童話の白き騎士のように。

493名前:通常の名無しさんの3倍:2007/03/04(日)07:09:29ID:???
〜私を食べて〜

 少女は贈られたばかりのワンピースドレスを身に着けていた。
 それが静かに男の手で脱がされる。
 染み一つなく、白く、柔らかく、透明な肌。
 要望どおりの愛らしい体型に美しい容姿。
 大人の力で抱きしめても爪を立てても苦しみはしない。
 いくら触れあえども、粘膜から病原体を移したりもしない。
 知性を奪った心は傷つくこともなく、富豪になつき、心の底から愛する。
 人でないがゆえに、罪に問われるおそれも、良心のささやきも、可能な限り弱められた。
 富豪が大金を積んで科学者達に要望したとおり、少女はたいへん具合良く作られていた。
 巨大な鏡を持つ寝室で、広々とした寝台の上で、富豪は余暇さえあれば存分に愉しんだ。もちろん人払いをするのも忘れずに。
 そして富豪が最も愉しめるのは、少女を人形のように着飾った状態でだった。最期の日も、富豪は送られたばかりの衣装を少女に着せ、いつものように愉しんでいた。
 だから少年は富豪と少女から体液で汚れた衣服をはぎとって調理室で燃やし、寝台にも火をつけ、富豪の体を可能な限り損壊して少女とともに水をあびせたのだ。富豪が何をしていたかを隠すため、あえて二階の浴室を使わず、労力をかけて一階の浴室にまで運びまでした。
 全ての痕跡を消すために。
 何があったかを知られないために。
 それ以上、少女を苦しませないために。

494名前:通常の名無しさんの3倍:2007/03/04(日)07:13:39ID:???
〜知恵者猫〜

 白昼の大通り、足の踏み場もないくらいな雑踏を歩く。
 たがいに何を考えているかもわからない、繋がることがない個人の群れ。この中ならば、私の胸にうずまく混沌も矮小な悩みにすぎないと思えるようになる。過去の様々な事件を勉強し、覚悟していたつもりだったが、実際に関わると私には重かった。
 しばらくして、私は前方から歩いてくる一人の男に気づいた。
 酒場と同じように猫を抱いているジブリールは、私に近よってきて、見すかすかのように言った。
「君にもわかったでしょう。遺伝子を狂わせて生まれた怪物を全て殺し、怪物を生んだ者も全て殺す。それこそが怪物にとっても唯一の救いなのですよ」
「それは……詭弁だ。一部を全体に拡大した暴論だ」
 返す言葉に力が無いと自分でも思った。
「最初のコーディネイター、ジョージ=グレンも同じだ。彼は絶望したのだよ。己のような存在が世界にただ一人しかいない絶対の孤独に。世界を混沌に導くとわかっていながら自身の来歴を明かして、遺伝子の設計図を流した理由は、他者への善意や未来への希望ではない。己を生み出した人類への純粋な憎悪なのだよ」
 猫がジブリールの言葉にあわせて、まるで楽しんでいるかのように喉を鳴らす。
 その高みに立っているような言いぐさが不快で、私は何かしら言い返せないではいられなかった。
「……たしか、思想を罰することはできないと、おまえは酒場で言ったな。それは、間違いではない。だがおまえ達は自分達の仲間を切り捨て、自身の行動と思想を切り離し、自分が誰かという境界すら放棄した。罪から逃れるために。肉体的な切断ではないから、表面的には痛くないだろう。しかし、失った体におぼえる痛みもある。それは幻肢痛だ。一度感じれば、消すのは難しい」
「ふむ、幻肢痛とは。それは薬を使っても消せませんか?」
「薬を使ってもだ。負傷等で肉体切断手術を受ける者は、医者から説明を聞いて覚悟を決めている。だが、痛みから逃げるために大切な物を切り離し続けるおまえ達に、痛みを受け入れる覚悟はけして持てやしない」
 ジブリールは初めて黙り込み、ややあって真摯な口調で答えた。
幻肢痛か。面白い概念だ、おぼえておくことにしよう。いつか使ってみたい言葉だな。お礼に一つの事実を教えてあげよう。私の同志はもちろん、少年達にも教えていない。死すべくして死んだ富豪と、依頼を受けた医者と、私しか知らないことだ」
 ジブリールはきっと初めて本心を口にしていた。そう思わせる口調だった。
「少女に受胎能力はない。何も産まず受け入れる穴としてのみ、少女の存在価値がある。……そして、肉体的にはほとんどナチュラル同然の少女だが、ただ一つだけ無限に再生する能力を持っている。少なくとも一晩で再生するそうだよ。だから少女は抱かれる夜に、最初の一度は必ず血を流すのだ。妊娠せずに血を流す女。思えば答えは最初から明らかなのだよ。童話のアリスは、永遠に少女であり続けるという存在なのだから。……父親は、毎晩のように永遠の乙女を抱いていたのだよ」
 無感情に猫が鳴く。
 かつて私は自分が世界で最も不幸だと考えていた。それは、愚かで幼い思い込みだった。そのようにすでに気づいているはずだった。しかし気づいているつもりでしかなかった。
 私はうつむいて両手で顔をおおう。喉奥の絶叫が漏れ出してしまわないように。にじみ出てくる涙が流れ落ちないように。
 少女は何を感じながら友人に父親と称する男の話をしていたのだろう。
 少年に何を願って話しかけたのだろう。
 夜毎に寝具に流される自分の血をどう見ていたのだろう。
 部屋の大鏡に映る自分に何を見ていたのだろう。
 やがて、ようやく心を静めてふりかえった先に、ジブリールの姿はどこにもなかった。
 周囲の人々は私の様子に気づくこともなく、ただ通りすぎていくだけ。
 雑踏には誰のものでもない乾いた笑い声だけが響いていた。

495名前:通常の名無しさんの3倍:2007/03/04(日)07:17:46ID:???
〜夢からさめて〜

 結局、少年は黙秘をつらぬき、少女も父について何も語らず、裁判は静かに素早く終わった。
 地球や宇宙の飽きっぽい人々は、カガリ=ユラ=アスハの復権や、ギルバート=デュランダルの台頭といった政治の動きに注目し、もはや人間一人の死には見向きもしない。
 そして少年は矯正施設に入所させられ、少女もまた政府の養護施設に引き取られたという。
 被告の利益とは何か、被告の利益は真実の追究に優先するのか。弁護士の立ち向かうべき葛藤。少年の望むとおりに裁判を終わらせた私は、乗り越えられたわけではない。ただ重たすぎる真実から目を背け、逃げ出しただけだ。
 少しばかりの後悔をいだき、二人のゆくえを探してみたが、孤独な少年がどこに入所したか、少女がいずこに去ったかは公開されていなかった。最初からやり直せるよう過去を隠し、名前も変えたらしい。つてをたどって知りえたのは、アウルにステラという新しい名前だけ。
 共犯の青年スティングも、軍関係の収容所に移送された後に行方がつかめなくなった。

 先の大戦で、私は知ってしまった。日常がたやすく崩れてしまうこと、人の心がたやすく変わること。だから、この平和な日々が続くことを信じることはできない。
 だがそれでも、どこにいるともしれない少年達が、幸福な日々をすごしているように私は願っている。
 心から願っている。

 終