法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『光市事件 弁護団は何を立証したのか』を読む

光市母子殺害事件への見解を、光市事件弁護団編著で公開した書籍。
差し戻し審判決に合わせるように、2008年4月22日に出された。同年3月15日に開かれた集会での発言が大半で、以前から様々な形で公開されていた情報がまとまっている。ゆえに、特筆される新情報はほとんどない。もちろん、ネット検索した程度で簡単に批判できるほど浅い弁護主張ではなく、相応に入念な検討が行われているとは感じられる。
事件全体に対しては、愚かで陰惨という印象が強まる。逆にいえば、ネットやマスコミの形成したような、狡猾で残忍という印象は弱まる。たとえ検察側の解釈を全面的に受け入れたとしても。


今になって読み返しても興味深いのが、弁護団に入った弁護士個々の刑事裁判に対する態度。あまり弁護団から表に出てこなかった各弁護士の心情、裁判に参加した経緯が本人の口から語られている。以下、重複する動機や経緯を除いて紹介させてもらう。
湯山孝弘弁護士は、最高裁の判決が量刑基準を逸脱しているのではないかと*1、マスコミから得た程度の知識だけでも感じたことが裁判参加動機という*2
井上明彦弁護士は、実は最高裁段階から就いていた旧弁護人の一人で、旧控訴審の段階では修習生だったため表に出なかったらしい。旧控訴審弁護人の一人は同じ事務所の先輩という*3

 正直、私が就いていた段階で、今、問題になっているような事案の真相を彼から聞けなかった、聞くことができなかったというのが、私自身の、率直に言って、私のミスだというふうに、ずっと思っています。ですから、この差戻控訴審でもう一度弁護人になることを彼から許してもらえて、弁護人になることができたということで、なんとか、少しでも力になりたいという思いで、弁護に努めてきたつもりです。

光市母子殺害事件裁判で、旧弁護人と現弁護人の方針変化に違和感を表明する人は多い。方針変化自体には理解を示しても、旧弁護人に対して現弁護人がどう思っているか、その逆はどうか知りたがっている人もいるようだ。しかし井上弁護士の発言を見れば、単純な対立構図では割り切れないことがわかる。
山崎吉男弁護士は、率直な口調によって、ひとくくりで考えられやすい弁護人が様々な距離を持って事件にあたっているとうかがわせる*4

どういうふうな思いで弁護しているかということを言わなくちゃいけないそうなんですけど……そうでしたね? 事件の依頼を受けたから、事件を処理していると。だから僕は特別思い入れとかない、というと安田先生から怒られそうですけど。ただ刑事事件というのは、国選以外は、そうなんでもかんでも受けません。今、法テラスができたおかげで国選もできなくなったんですけど、素晴らしい安田先生からの依頼なので受けざるを得なかったということで、微力ながらやっております。

新谷桂弁護士は、弁護人最高裁欠席への懲戒請求*5に対し、代理人を務めたという。その関係で最高裁弁論で特別に席が設けられ、主任弁護人の弁論を聞いて事実関係に問題があると思ったそうだ*6。見方によっては、懲戒請求によって弁護人の数が増えたといえる。
松井武弁護士は、「「弁護士だから」と答えることにしております」といい、それ以上を集会の席で話してもしょうがないだろうと語っている*7。印象に残る力強い言葉だ。
新川登茂宣弁護士は、本田兆司弁護団長から誘われ、知らず入ったという。しかし様々な弁護団を経験した中でも、自由闊達な議論が行われて得るものが非常に多く、気持ちのいい弁護団会議だったと語っている*8
大河内秀明弁護士は、横浜で起きた強盗殺人事件で無実を主張する被告を20年間弁護し、警察による捏造や検察官の証拠隠蔽や裁判所の弁護無視を経験。その体験から、光市母子殺害事件でも最高裁は強引な期日指定や審理の進め方をしている、そういう無理をしている事件は非常に怪しいと強く感じたそうだ*9
石塚伸一弁護士は、弁選を出したのが8月だったため遅れた22人目となったが、事件との関わりは早い。龍谷大学に旧控訴審の弁護人が来て「死刑事件になるかもしれないから研究会をやってくれ」と言われ、相談に乗っていたそうだ*10。次に大阪で集会があった時、旧弁護人から主任弁護人の紹介をたのまれた弁護士でもあるという*11。ここでも新旧弁護人のどちらかを非難すればすむ問題ではないとわかる。
岩井信弁護士は、アムネスティ死刑廃止運動を行っており、それが報道で使われたことがもうしわけないと語っていた。しかし裁判に関わった理由は刑事事件だからであり、事実関係もおかしいと思ったからだという。「当初は安田さんの懲戒請求代理人になっていたのですが、弁護団に入ってしまったので、私も懲戒請求を受けるようになってしまいました」とのこと*12
岡田基志弁護士は、福岡県警がらみの事件*13で安田弁護士と松井弁護士に助けられ、それがきっかけだったという*14

安田先生は決して言わなかったけど、他から聞いた話によると、弁護士が孤立しているときに行かずにおられるかと。安田先生自身はシャイな人ですから言わないけど、それ聞いて、これだと思ったわけです。

続けて岡田弁護士は、懲戒請求扇動裁判において一審判決でも指摘された、少数者でも弁護するべき弁護士の職責をからめ、熱い思いを語った。

ですからこの事件、声かけてもらったときに、一番孤立している人、一番非難されている人、一番ダメだと言われている人、この人につくことこそが弁護士だろうと。未熟ながら私も参加しようと思ったわけです。



もちろん、弁護士個々の見解に疑問点が全くないわけではない。だが、生の現場に触れているだけの経験、さらに専門家らしい知見は、充分に感じさせる。
だから、弁護士の心情を知る努力もせず頭の中で想像するだけ、あるいは珍権家といった蔑称を用いるばかりの者が、弁護活動を感情的に非難する意味があるとは思えない。
相手の声から耳をふさいで、どうやって他人の気持ちを思いやれているというのだろうか。他人の気持ちを思いやれない者が被害者の気持ちを盾にするのは、ある種の欺瞞ではないだろうか。

*1:この見解は複数の弁護人が参加動機にあげている。本田兆司弁護士は、広島弁護士会の多くは無期懲役が妥当だろうと思っていただろう、なぜなら不遇な生育歴がある少年事件だからだ、という見方を95〜96頁で述べている。

*2:25頁

*3:27頁

*4:32頁

*5:橋下徹弁護士が扇動する前、本村洋氏によって出された懲戒請求のことだろう。

*6:43〜44頁

*7:51頁

*8:54〜55頁

*9:71頁

*10:その際は恭順路線を選び、旧弁護人の方針通りいったと自己評価。

*11:82頁

*12:87〜88頁

*13:検察側主張に問題点が指摘された放火事件のことらしい。

*14:105〜106頁