法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

一方が「怖くて何も言えなかった」と明らかに感じているのに「フラット」な関係と断言してしまう人間がいるかぎり、啓発ポスターの意味はある

「あなたがYESでも、わたしがNOなら性暴力。」というコピーで相談先を紹介する啓発ポスターが、なぜかツイッターで与党政治家*1倫理学者などから批判的な注目を集めていた。
社会全体で性暴力の問題を共有しようという啓発ポスターについて、与党議員がとりさげさせようとする理由がよくわからなかったが、某大学教授の批判で少し見当がついた - 法華狼の日記

 引用リツイートしている自民党山田太郎氏の発言はまったく具体性がない。山田氏によって啓発や表現が抑圧される懸念はあるが、反論や議論する材料がない。

「男性が被害を受ける場合を描いていない」という批判もあったが、エントリで紹介ツイートを引いたように、さまざまな場合を具体的に描いたコンテンツのひとつでは女性が権力をもつ場面もあった。

 こうした権力関係で抗議できない想像できない立場それぞれを啓発する表現として、冒頭のポスターはかぎられた情報量の制限があるなかでは完成されている。

 そもそも批判される意味がよくわからなかったが、「ひとりで抱え込まないで。年齢・性別を問わず、相談できます」というコピーを否定して「ノーを言ってもぜんぜんかまいません、ぜひ言いましょう」というコピーが推されているのを見て、性暴力の対策を自助努力にのみ求めている可能性に気づいた。


 すると今度ははてな匿名ダイアリーで、例示された具体的な場合に当てはまらないからと「フラットな男女」と解釈する反論エントリが書かれていた*2
山田太郎議員とこども家庭庁ポスターについて

cinefuk NOと言えない状況に追い込むテクニック(たとえばロリコンの使うグルーミング、家庭内性暴力、職場のハラスメント)がある訳で

「NOと言わないのは自己責任」は、性暴力を矮小化したい勢力だけに寄り添う想像力の貧困

チェックポイントを並べてみよう。

 

・この男女間に「権力関係」は表現されていない。

・男女間に年齢差は見えず、ロリコンの使うグルーミング」も表現されていない。

・父子ではないし兄妹の示唆もなく、「家庭内性暴力」も表現されていない。

・職場のディテールや背景もなく、「職場のハラスメント」も表現されていない。

    

なんと一つのチェックも入らなかった。

ほっけさんシネフクさんが持ち出した要素は図案の中に一切存在していない。

要するにこれはそのような要素の無いフラットな男女を描いた図案なのだ。 

 私やid:cinefuk氏が出した少数の事例は、それに当てはまりさえしなければ対等な関係になるわけではない。あくまで例示であり、引用されているcinefuk氏のはてなブックマークコメントでも「たとえば」と明記されている。匿名エントリを書いた人物は、自身が太字強調した部分の意味に気づいていないのだろうか。
 私にしてもポスターという媒体は情報量がかぎられていることを前提にしている。冒頭エントリのコメント欄ではてなブックマークへ応答した時、必ずしも具体的なポスターがすぐれているわけではないという考えも下記のように説明した。

拒絶できない状況が人それぞれで複数考えられる以上、一枚絵のポスターですべて列挙することは難しいと思います。典型例を提示することはできるでしょうし、それで良いポスターになることもあるでしょうが、表現として普遍性を欠くこととバーターになりがちです。
そしてその状況を具体的に描いたポスターが良かったにしても新作を出す理由にはなっても、既存のポスターをとりさげるべき理由にはなりません。抽象的というだけの理由で啓発ポスターを政治家が説明なくとりさげさせようとすることに正当性があると思いますか?


 そしてポスターをひとつの表現として見た時、「フラットな男女」と解釈できるデザインになっているか考えてみよう。

 男性とされる左側の人物には、一見して暴力的な記号はつかわれていない。高身長の女性と見えなくもない中性的な表現だ。だから「何も言ってこないから喜んでると思った」という主観が語られる上半分だけを見た時、第三者からは性暴力の可能性を気づきにくい。
 それと同時に目線は対等ではなく、枠に頭がはみだすほど体格差がある。しかも距離が近くて左側へおおいかぶさるような姿勢になっている。右側の背後に壁があれば、そのまま「壁ドン」しても不思議ではないくらいに。
 もし本当に完全に「フラットな男女」として表現するなら、おそらく体格をそろえて左右対称に配置するだろう*3。性的関係がテーマでも暴力をメインテーマとしないポスターにはそのようなデザインもある。
性の話をもっと気軽にオープンに!~性感染症とその予防・性的同意について知ろう~(11/15) – 早稲田大学 GSセンター

 男女の体格差は一般的だから「フラット」と匿名エントリが主張するなら、背の低い側*4が恐怖をおぼえる情景をポスターにつかった意味が逆にわかりやすい。
 そして下半分へ視線をうつすと、右側の「怖くて何も言えなかった」という主観が明かされる。ふたりの姿勢と表情はそのままに、頬の赤味と額の影に冷汗といった変化だけで圧迫感ある構図と理解させる。
 ここで匿名エントリの解釈は、上半分のふたりとも頬に赤味がさしていることを無視している。

男が顔を赤らめ「喜んでると思ってた」と言っていることからもわかるように

「暴力や脅迫で言うこと聞かせてはダメですよ」なんて話をしてるのではなく

より繊細な領域について啓発していると取るのがポスター解釈としても無理がないだろう

 たいてい人間は頬に赤味がさしているものだし、頭髪があれば額に影が落ちるものだ。同じ情景でどちらが印象づけられるかは文脈や主観によって左右される。
 また匿名エントリは「喜んでると思った」を「喜んでると思ってた」と書きかえて台詞と位置づけているが、私は内心の独白と受けとった。ここは文章を改変しなくても解釈の余地があるとは思うが。


 あくまでポスターは性暴力の啓発と相談先の紹介であることから、すぐさま警察に通報できるような明らかな暴力や脅迫を描いているとは思わない。
 ポスターで描かれているのは主観の齟齬であり、右側の主観が客観として必ず認められるという表現とは解釈しない。
 しかし明らかな犯罪でさえなければ完全に対等なわけでもない。抵抗なく拒否できる状況から必ず犯罪になる状況までにはグラデーションがある。

(ほっけさんシネフクさんですら、そういう明白な脅迫や威圧等は無い、より微妙な状況下の話をしている)

  

 

つまり

暴力も脅迫も怒声も罵倒も無い関係の中で

片方が「NO」と意思表示できなかったことについて

もう片方の重大な落ち度とする

というのがこのポスターの周知せんとしている内容だ。

 匿名エントリは後述のように指摘されるまで無視していたが、一方は「怖くて何も言えなかった」と考えている。体格差が象徴するような威圧感をおぼえていたのかもしれないし、そうでなくても文字情報が絵の一部として提示されたなら解釈にくみこむべきだろう。
 そして「何も言ってこないから喜んでると思った」*5と「怖くて何も言えなかった」を対比すれば、意思確認におけるハードルの違いが明示されていることもわかる。一方は「怖くて」と意思表示の主観的なハードルが明記されているが、もう一方は「何も言ってこない」と意思表示がないこと自体を意思確認の不要性ととらえている。意思確認を不要と思うことは意思確認の障害ではない。
 このポスターは、意思確認したくても恐怖でできない側を責めず、ひとりでかかえこませないための表現だ。もちろん相談さえすれば犯罪として立件できることを確約するポスターではない。しかし立件できるほどの明らかな性犯罪でなければ相談できないようなハードルをもうけるべきではない。
 今ある被害を自己責任と切りすてないことは子供あつかいすることではないし、新たな被害の予防策だけ教えてすむ問題とはまったく思わない。


 ちなみに、解釈の余地がある抽象的なデザインだけでなく、特に難しくない文章も匿名エントリは読解する能力がない。

https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/jakunengekkan/index.html

これがwebサイトなんだけど。

AV出演被害、JKビジネス、レイプドラッグの問題、酔わせて性的行為を強要、SNSを利用した性被害、

セクシュアルハラスメント、痴漢等、若年層の様々な性暴力被害の予防啓発や性暴力被害に関する相談先の周知、

周りからの声掛けの必要性などの啓発を行うほか、若年層が性暴力の加害者、被害者、傍観者にならないことの啓発を行います。

ここまで一緒に見てきた人はみんな「えっ?」ってならないか?
   

AV出演は年齢クリアしてりゃ好きにしろの話であって性暴力じゃないし、

サイト記載の文章の啓発内容は「AV出演」を除いて明確に違法行為のクロばっかりで、

 明確に違法行為にあたるのかどうか、相談されてから司法等で判断された結論として出てくるものであり、匿名エントリは時系列を理解できていない。明らかな違法でなければ簡単に拒絶できるとでも思っているのだろうか。
 そして何より、「被害」が後につく言葉に対して、前の言葉に違法性がなければ犯罪ではないと主張しても反論にはならない。匿名エントリの理屈では「宗教被害」も存在しなくなる。
宗教2世当事者が語る「宗教被害」 | | 横道誠 | 毎日新聞「政治プレミア」

 我々「宗教2世」と呼ばれる当事者は、「宗教被害」という言葉がもっと定着してほしいと思っている。

 宗教2世への支援は子どもの問題と、現在は脱会しているが、その後苦しんでいる私のような成人の問題と2種類ある。緊急性が高いのは現在苦しんでいる子どもの問題だ。

 年齢という基準しかAV出演で問題にならないかのような考えも誤りだ。実際には多様な被害のかたちが考えられるし、個別具体的な運用を個人にまかせないことを今の政府は明言している。
AV出演被害問題について - 内閣府男女共同参画局

AV出演被害防止・救済法の運用に関し、内閣府から承認を受けていると誤解を与えるような説明をしている者がいるとの連絡が入っています。
内閣府が、団体・事業者や個人に対し、個別具体の法の運用について承認をするようなことはありませんので、ご注意ください。

 匿名エントリは微妙な状況にグラデーションがあることを理解していないだけでなく、あらゆる被害をふせぐには法律に限界があることもわかっていない。
 さまざまな詐欺の手法を教えたり、訪問販売の強要に抵抗するよう教えることに意味はある。しかし被害者に自覚をうながしたり、疑問への相談先を用意することにも意味はある。詐欺的な販売や契約にもグレーゾーンがあり、証拠をつかむことが容易なわけでも、既存の法律だけで必ず対応できるわけでもない。
 判断力も責任もあるはずの大人が明らかなデマに騙され、信用できない相手へ金銭をさしだしている報道は珍しくない。相談できる選択肢をつくる、その存在を周知することも新たな被害をふせぐことにつながるし、意思表示できる可能性を広げる助けにもなる。


 なお、はてなブックマークid:tzt氏が一方に「怖くて何も言えなかった」と書かれていることを指摘したことを受けて、さすがに匿名エントリも追記している。

tzt いや「怖くて何も言えなかった」て書いてるやん。メッセージが迂遠だという批判はあり得たとしてもお前の批判については完全に的外れだよ。

いや、そういう

「明らかな脅迫等は無くても権力関係を背景にNOを言えない状況」

については私とほっけさんシネフクさんの3人で散々確認したよね?

くどいかな?ってぐらい何回も書いたよね?



でもあのポスターはそれらのどの状況にも当てはまらないんだわ。

 一方が恐怖を感じていることを私まで無視したことにしないでほしい。結果を描いて原因への注意を喚起する啓発ポスターに対して、原因が描かれていないので結果に見えるものは自然発生したと解釈するような匿名エントリの理屈を私は採用しない。
 たとえば火災予防の啓発ポスターで、燃えあがる家のイラストと火の不始末に注意するコピーが書かれている時、ポスター内に描かれていないので火の不始末など実際にはなかったと解釈したりはしないだろう。もちろん具体的な火の不始末を例示する啓発ポスターが悪いとは思わないが、どのような火の不始末がありうるか想像させる啓発ポスターが悪いとも思わない。
 匿名エントリや同調者のように例示された状況でさえなければ問題ではないと考える人物がいるなら、さまざまな可能性を除外しない抽象的な表現の必要性が増すばかりだ。描かれた状況さえ当てはまらなければ怖くて拒否しなかった側が相談するべきではない、などという啓発ポスターに何の意味があるだろうか。

*1:現在、いったんポスターやYOUTUBEコンテンツ、紹介ツイートはとりさげられているが、政治家の出した疑問の妥当性が認められたという説明はされていない。

「請負事業者との契約上の関係に確認を要する」という説明から、イラストレーターの北村みなみ氏を模倣したことへの批判を受けてという可能性が考えられる。 一般論として、絵柄だけならば著作権が発生しないものの、行政の表現は通常より広い範囲への尊重と慎重さがもとめられる。

*2:太字強調は以降もふくめて原文ママ。なお、政治家に対する風刺は外見をふくめる自由があるとしても、山田太郎氏を「蝶ネクデブ」と表現していることは感心しない。自身が選んだ服装で支持者もアイコンとしてつかっている「蝶ネクタイ」は許容されるべきとは思うが。また、私は「ほっけ」というハンドルネームをつかうことはあるが、「ほっけうるふ」と表記したことはない。

*3:私は左右で関係の強弱が変わる上手下手理論は信じていないが、奥行きは意識しているので真横から映さないと対等にはならないと考える。ただし完全に左右対称のデザインは動きがないので、実際のポスターでは、サイズと上下関係を変えてバランスをとることも多いだろう。

*4:あえていえば、レズビアンカップルという解釈でもそのまま成立する。ちょうどこのポスターが話題になる直前、女性同性愛テーマの漫画最新話で近しい問題意識が描かれており、印象に残っていた。

*5:この文章を無視して、ていねいに確認しても拒絶の意思表示がされない場合を提示していることから、はてなブックマークを多く集めている別の匿名エントリやその同調者はポスター批判としては根本的に的を外している。 「NOと言ってくれない人」問題