法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ビデオドローム』

カナダのトロントにあるケーブルTV局で、刺激的なビデオ映像を求める若社長がいた。より刺激をもとめるなかで、若社長は部下が受信したという謎のSM映像に興味をもつ。それは室内の土壁の前で女性が何者かに鞭打たれるという意味不明なもの。その謎の映像を見た若社長の恋人は、なぜか出演したいと熱望して、ひとりで制作元と思われる地域へ行ってしまった……


1982年製作、日本公開は1985年のカナダ映画デイヴィッド・クローネンバーグ監督が脚本未完成のまま制作に入ったらしく、いつも以上に解釈困難なカルト映画になっている。

セクシャルなSM描写のひとつがテレビをムチ打つという意味不明ぶりで、まったく性的に感じられないところがすごかった。これに比べれば「ドラゴンカーセックス」というジョークですら理解はできる。


さて、Blu-rayの画質で視聴しても問題のないリック・ベイカーの特殊メイクは素晴らしい。主人公の肉体が女性器のように変容する皮膚に、ちゃんと毛穴の生々しさがあるし色調にも違和感がない。生物のように膨張収縮するビデオテープやブラウン管TVは、どのように撮影しているかは見当がつくものの、現在の3DCGよりも実在感がある。作り物の限界を感じたのは腕をドリルがつらぬき銃と一体化する描写くらい。
さすがに予算を反映してセットは安っぽいが、場面ごとのイメージが明確なので見ごたえがある。異様なビデオテープがむきだしで並んだ棚の光景は、それが時代遅れになった今でも充分に不気味だ。おそらくビデオテープ全盛期に異様なフィルムリールがならんた光景を見ても、同じように古いからこそ物理的な媒体のインパクトを感じたのではないだろうか。
刺激的な映像をもとめたメディアマンの若社長が悪夢にとらわれていく展開も、一般社会から見ればホラーだが、それに耽溺する愛好家から見ればドリームだ。暴力的なビデオにのめりこんでいく主人公を、批判的な意見も劇中に組みこみつつ、あけっぴろげに堂々と描くことで、両義的に解釈できる面白味があった。


しかし、いくら幻惑的で意味不明なストーリーだからといって、主人公の顛末をBlu-rayパッケージ裏のあらすじで説明してしまうのは重大なネタバレではないだろうか。
また、ビデオテープ全盛期にVHSビデオ*1で視聴すればメタな面白味が感じられたろうに、DVDやBlu-rayのような記憶媒体や配信で視聴すると当時にあっただろうインパクトが感じられないことは残念だった。

*1:劇中でつかわれるのは規格として敗退したβだが、レンタルビデオの個人店が乱立していた1980年代であれば、出所不明なビデオ作品を視聴する可能性が現実にも高かった。怪しげな複製らしきアニメビデオがならぶ個人レンタルビデオ店を21世紀になってから見かけた記憶もある。