法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『裏窓』

足をくじいてアパートの自宅で療養していたカメラマンは、中庭をはさんだ対面のアパートを望遠鏡で観察していた。そこでセールスマンの妻が姿を見せないことに不審をいだき、カメラマンは恋人に協力を求める……



アルフレッド・ヒッチコック監督の1955年公開作品。文字通りの安楽椅子探偵による事件観察をテクニカラーで描いたサスペンス。

裏窓 (Rear Window)[Blu-ray]

裏窓 (Rear Window)[Blu-ray]

  • 発売日: 2013/05/10
  • メディア: Blu-ray

著作権処理の関係でパブリックドメインとなっており、格安DVDが販売されている他、個人製作の翻訳字幕でニコニコ動画にアップロードされている。

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巨大な撮影スタジオをいっぱいに使った室内セットを見るだけで、映像作品として楽しい。ジオラマに縮小して入りこんだかのようだ。撮影全体をコントロールしようとするヒッチコック監督だが、ここまで人工的な作品はさすがに珍しい。
セットデザイン自体も素晴らしい。スタジオの床をはずして地下室分の高さを増やし、四階以上に建てた巨大なビル壁が、さまざまな個性と角度をもって配置されて、単調になることをふせいでいる。さらに低いビルの屋根向こうから遠景のビル群が顔を出したり、ビルの切れ目から見える表通りを人が歩いていたり、裏庭の外に空間が広がっている表現も効果的。


物語はサスペンスとしては単純だが、なかなか決定的な場面を見ることができず、事件の存在そのものが推測でしかないことが、うまく不安感をあおる。
さまざまな他人の生活を観察する背徳感も、映像作品のプリミティブな面白味がある。それを強調するのが、劇中の主人公と映画の観客が観察者として相似形をなす映画の構造だ。
いわば対面のアパートは演劇の書き割りで、そこに主人公が恋人を送りこむことは観客が舞台にまぎれこむようなもの。間接的にしか事件にかかわれないもどかしさがありつつ、そこは本来なら足をふみいれてはいけない空気がただよっている。実際に名探偵の捜査もまた犯罪と紙一重な状況であり、まなざす主人公とまなざされる犯人が鏡写しと実感させる*1
そして主人公が境界線を超えて調査をつづけた果てに、犯人が主人公側にやってくる反転がクライマックスとなる。そこで主人公は犯人の視覚をうばうことで観察者として勝利する……


恋人が主人公から道具のようにあつかわれたり、色恋しか興味がないような描写などは監督の悪癖を感じたが、登場人物と舞台を限界まで制限しているので許せた。
映画全体を人工的につくりあげる監督の作風がきわまったことで、時代を超えた個性をもったし、つきぬけたことで欠点も目立たない。素直に傑作だと思う。

*1:主人公側のセットは極一部しか作られていないが、対面と同じようなアパートが存在しているという感覚が見ていてあった。