法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』

悪徳の街ゴッサムで、ジョーカーの女として自由気ままにふるまっていたハーレイだが、破局して庇護下をはなれたことで少しずつ周囲の反感をあびていく。そして街を新たに牛耳ろうとするマフィアの抗争に飛びこみ、さまざまな階層の女性を巻きこんでいくが……


DCエクステンデッド・ユニバースの8作目として、2020年に公開されたアメコミ映画。『スーサイド・スクワッド』の描写や配役を引きつつ、スタッフを一新して独立した物語として楽しめる。

原題の「Birds of Prey (And the Fantabulous Emancipation of One Harley Quinn) 」であれば女性チーム結成が主軸の物語と明らかだが、邦題はメインキャラクターひとりをフィーチャー。良くも悪くも『ベイマックス』を思い出させる。
そして『ベイマックス』と同じように本編にはほとんど文句なし。適切なスケール、適切なバラエティ、適切なレーティング……『スーサイド・スクワッド』に期待した全てが入っている、ほぼ完璧な映画作品だ。
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時間を細かく巻き戻す時系列いじりも、ハーレイのとりとめのない語り口にあっているし、それでいて説明に無駄がなく目的が明確なので無駄に混乱するところがない。


新しいと思ったのは、セクシャルマイノリティでも依存的な恋愛は肯定しないところ*1ヴィラン化する前のハーレイの恋愛遍歴に女性もいたり、女性刑事が元彼女の女性検事とよりをもどさなかったり。ジョーカーとハーレイの共依存を脱する見せ場は導入にすぎない。
ハーレイがぎりぎりまで裏切るダメさも、基本的にはベタなストーリーに新鮮味をあたえている。敵のブラックマスクにあまり深みはないが、マスクというモチーフのわかりやすさと、ジョーカーのような立場でハーレイのような性格という、今作で倒すべき敵としては完成度が高い。ここもまたコンセプトに対して適切なキャラクター。
争奪対象のダイヤモンドを飲みこんだ少女が賞金首になる展開もベタだが、それが脚本の複雑化というパターンだと作中で説明して笑いに変える。復讐心で動く暗殺者ハントレスが物語の本筋とはからまないところも、シリアスゆえにポップな今作からは浮いたキャラクターになる笑いへと昇華。
遊園地のビックリハウスが舞台になる、サスペンスアクション『ザ・ゲスト』を思い出させるクライマックスを、アメコミ映画らしく予算をつかって大規模に展開したことも楽しい。当初はホテルで戦う企画だったらしいが、変更して大正解だ。

VFXでWETAが参加していて、音声攻撃はたいしたことはないが*2、さすがにハイエナは見事。ハイエナはセットではつかえないとトレーナーに説明されて断念しつつ、大型犬を用意して俳優とからませる映像をとり、そこから自然に置きかえている。


これほど完璧な映画を作りあげたのが長編2作目の女性監督キャシー・ヤンに、女性脚本家クリスティーナ・ホドソン。Blu-rayのメイキングで登場する製作も女性。それが作品のコンセプトを現実で体現している。
さらにセットデザイナーのベテラン男性も、作品コンセプトをちゃんと理解してビックリハウスステロタイプな女性表象をつくったことをBlu-rayメイキングで語っていた。映画制作はチームワークだ。

*1:北村紗衣氏の準備的な批評で「とにかくもう恋愛はダメだ」と箇条書きの一番目にあるが、それがヘテロ的な恋愛に限らないところが本当に進んでいると思った。日本で同じような作品をつくるには、まずヘテロ的な恋愛観を克服する準備をしておかないと難しいだろう。 saebou.hatenablog.com

*2:そもそも、あまり超常能力が登場しない作品なのだから、大音声で敵集団を悶絶させるくらいで良かったと思う。