法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

「長年のオタクとしての知見!!」があるなら、京都アニメーションやufotableの雌伏を知っているだろうに

自民党から参院選に出馬予定の漫画家、赤松健氏が政策案を「実績」として漫画化し、注目を集めていた。

フリーランス全体に負担がかかる「いやそこマジで大事ッスねー!」なインボイス問題について、元凶である自民党内部で戦う姿勢がまったく見られない。
かわりに「ヒットした作品の税金を優遇」という主張を選んだことで、業界内部からも批判されている。


業界外部の視聴者でしかない立場からしても違和感をもたざるをえない。
たとえば、新型コロナ禍による意図せざるスクリーン独占などの偶然もありつつ、週刊少年ジャンプ連載漫画の中途エピソード*1をアニメ映画化して日本映画市場最大の興行収入*2をあげたufotable

2003年ごろから少しマイナーなライトノベルやギャグ漫画のTVアニメ化で知られ、そうした初期作品の時点で映像面でも娯楽性でも評価は高かったが、売り上げはかんばしくなかった。

さまざまなオリジナル作品も世評こそ高くとも映像ソフトの売上ランキングでは低調だった*3。2007年の作品が「まなびライン」という揶揄的な基準につかわれたほどだ*4
d.hatena.ne.jp

売り上げが外部から見て好調になったのは、2007年以降の印象がある。小説『空の境界』をアニメ映画シリーズとして連続公開したり、やはり同年からゲーム『テイルズ オブ シンフォニア』をOVAシリーズ化して、原作ファンから広く受けいれられた。そして『空の境界』と同じアマチュア出身の原作者によるゲームコンテンツを見映えよくアニメ化することで安定したヒットを叩き出していった*5


また、2005年にゲーム『AIR』のTVアニメ化で安定した技術力が注目され、2006年には小説『涼宮ハルヒの憂鬱』のTVアニメ化で時流に乗った京都アニメーションは、もともと地方の下請け会社として定評があった。
hokke-ookami.hatenablog.com
雑誌『アニメージュ』に当時連載されていた杉井ギサブロー監督のコラムによれば、成果物のクオリティが高いかわりに発注側のスケジュールの余裕などにも厳しく、下請けとして元請けにはっきり要求していたという。
京都アニメーション作品はなぜ高品質なのか? アニメ界の巨匠が語る | アニメージュプラス - アニメ・声優・特撮・漫画のニュース発信!

大きな制作会社の下請け受注をしているのですが、大変しっかりとした仕事をしてくれると定評があり、どこの現場も発注したがるんです。スケジュールに無理があると断られるので、京都アニメーションに仕事を出すためにスケジュールを調整するということもあるほど評価が高いんですよ。僕も『キャプテン翼』のときに依頼を受けてもらえなかった経験があります(笑)。

その安定した技術力を発揮できる体制のまま元請け会社に移行するまで、地方で人材を囲って育てつづけていた。どれくらい長い期間かというと、たとえば1995年のアニメ映画『攻殻機動隊』等で前世紀から世界的に知られる制作会社プロダクションI.Gが1987年に立ち上げられた時、先行する立場として支援にまわったほどだ。
「こんな低予算では食っていけない」挑戦し続けるProduction I.G・石川光久社長の原点と理念【インタビュー】 | アニメ!アニメ!

独立の際に「石川が社長になればいいんじゃないの?」と言ってくださったのも八田さん(京都アニメーション代表取締役社長)ですし、会社設立のサポートや出資もしていただきました。

ちなみにプロダクションI.Gも、2000年に中編アニメ映画『BLOOD THE LAST VAMPIRE』で経産省から製作費を支援されて完成。版権をもつ立場として実写映画化やTVアニメ化など、現在まで広くメディアミックス展開をつづけている。ヒット作に後から支援する方法では、そのような企画のたちあげを支えることもできない。


そもそも本当にヒット作をつくったアニメ会社が支援されるのであれば、『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』のシンエイ動画や『名探偵コナン』のトムスが大半の対象になるだろう。その方針が昔からの国策であれば、京都アニメーションはそれらの優秀な下請け会社のままだったかもしれないし、ufotableの発展も難しかったろう。
赤松氏の政策案を字義どおりに解釈するなら、深夜アニメのようなマニア向け市場そのものが切り捨てられかねない。それこそが自民党の望んでいる日本アニメの姿なのかもしれないが。
hokke-ookami.hatenablog.com
ヒット作を出した会社に後から支援するだけでは、現場の末端の負荷が解消されないだけでなく*6、新たなヒットにつながる芽までつみかねない。
その時点でわかりやすくヒットした会社だけを支援することは格差を拡大しかねない。ヒット作を生みだす可能性が高い、つまりは余裕のある会社ばかり支援される傾向になるだろうからだ。そのように政治が介入すれば、むしろ自由市場から遠ざかっていく。
選択と集中」が自由の促進どころか市場の固定化をまねく問題は、すでに日本社会で広く理解されているはずだ。やはり自民党としてはそうした格差の固定こそを望んでいるのかもしれないが。

*1:唐突に登場した敵幹部に上司が時間稼ぎしかできず、主人公がとりにがして終わる「無限列車編」よりも、直後にTVアニメ化された「遊郭編」のほうが敵幹部をめぐる主人公兄妹との対立構図や物語のまとまりでは完成度の高い長編作品になったろう、と思った。

*2:それ以前に最大だった『千と千尋の神隠し』にしても、『風の谷のナウシカ』直前の宮崎駿監督は玄人好みの時代遅れな売れないアニメ作家だったし、スタジオジブリ全体も初期作品は赤字だった。

*3:ただし映像面こそ常に高い評価を維持していたが、ゲーム会社のLEVEL5ほどではないが社長脚本の評価は低いことが多かった。

*4:もっとも視聴者が知ることができるランキングが、そのまま採算ラインの明確な基準になるとは当時から思えなかったが。

*5:アニメ文庫のような実験的OVAブランドのほうが好きだし、そうしたスタッフの挑戦をうながす作品は売り上げが低くとも内容以外にも価値があるだろうと思うが。

*6:むしろヒットした会社に税金で負荷をかけて利益を吐き出させるほうが一般的には労働環境を良くするのではないだろうか。少し違う話だが、脱税発覚後のufotableが、以前以上にスタッフの雇用やボーナスといった現場への利益還元に動いた逸話もある。「今回の事件もあって、希望するスタッフ全員を正社員にしました。スタッフにはこれまでの2倍程度のボーナスも支給しました」と社長の近藤光氏がコメントしている。 www.dailyshincho.jp