法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

京都アニメーションにおける労働環境の健全化が、最終的に虫プロダクションの手法に回帰した経緯が興味深い

京都アニメーション放火事件について、現地メディアの京都新聞が熱心に取材をつづけ、特集が組まれている。
www.kyoto-np.co.jp
とおして読むことで、事件にいたった京都アニメーションの性格と、アニメ業界全体のありようが浮かびあがる。
報道としても評価され、新聞労連ジャーナリズム大賞も受けた。
www.kyoto-np.co.jp
その記事のひとつに、仕事による鬱で休職した長谷田晴香氏*1へのインタビューがあった*2
news.yahoo.co.jp
長谷田氏をはじめ、業界の苦しい体験はもちろん興味深く読んだ。
しかし目を引いたのは、アニメ業界では珍しい労働組合関係者が実名で登場していること。

「JAniCA(ジャニカ)」(東京都千代田区)が2018年に実施したアンケートでは、回答した382人の約7割が「フリーランス」「自営業」と回答した。年収に関する質問では、「300万円以下」が4割超、「200万円以下」も2割超を占めるなど厳しい雇用実態が浮き彫りとなった。

業界最大手の東映アニメーション労働組合役員を務めた爲我井(ためがい)克美(55)は「日本のアニメは世界に誇れる産業だと称されるが、こんな状況で自信を持って『国の産業だ』と言えるのか」と危ぐする。

「日本一だと思っていた」

制作会社「亜細亜堂」(さいたま市)の労働組合委員長で、人気アニメ「ちびまる子ちゃん」のキャラクターデザインを担当する船越英之(57)は、京アニの経営手法を高く評価してきた1人だ。

こうした労働環境に決別する手法が、自社で版権を押さえて、グッズによる収益化だったという。売り上げの2割という数字は初めて知った。

調査会社によると、事件前の京アニでは売り上げの2割をグッズ販売が占めるようになっていたという。

経営が安定しないことには、スタッフの正社員化や固定給化はままならない。アニメーターにとっての「理想郷」は、作品の2次利用という武器を抜きには実現できなかった可能性が高い。

もちろん作品自体の高評価がなければオリジナル作品のグッズ化も成功しなかったろう。


しかし、安価な制作費でTVアニメをつくり、グッズなどの版権商品で収益化するモデルは、思えば日本最初のTVアニメ『鉄腕アトム』から虫プロダクションがおこなっていたことだ。
結果としてTVアニメの制作費が低く固定される口火を切ったわけだが、アニメーターの労働環境は相対的には悪くない会社だったことも今では知られている。
hokke-ookami.hatenablog.com

東映を辞める時の給料が8千円だったかな。それが、手塚さんのところに行ったら、2万1千円だからね。大きいよ、この差は。最初に手塚さんが「いくら欲しいですか」と言ってくれて、僕が「いや、僕は……」と遠慮していたら、「じゃあ、2万1千円はどうでしょう?」って。

日本初の連続TVアニメ『鉄腕アトム』を制作する前のことだ。『鉄腕アトム』は現在では制作するほど赤字になるダンピングの象徴であるかのように扱われているが、虫プロ側にしてみればそれでも収入がないよりは良かったのだろう。作品そのもので収益が上げられなくても、関連グッズで利益をえていたのも有名な話だ。

そして京都アニメーションは、虫プロダクションの倒産後に、末端だった仕上げスタッフが立ちあげた会社だ。
手塚治虫という歴史に残るような漫画家の版権がなくても、近い状況にこぎつけられると証明できた。
そのことは、たとえ放火事件のようなリスクを考慮したとしても、やはりアニメ業界にとってひとつの希望でありつづけるように思える*3

*1:この世界の片隅に』の第二原画や、『盾の勇者の成り上がり』の動画検査などでクレジットが確認できる。

*2:記事の全体は公開されていないようだが、京都新聞で昨年末に公開された版よりも長い。www.kyoto-np.co.jp

*3:一方、自社に版権がある人気シリーズを多数かかえながら、あまり近年の経営は順調に見えないAICのような制作会社もあるわけだが。