法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『デリシャスパーティ♡プリキュア』第2話 さようなら、ゆい…!マリちゃんの決意

和実家の隣の品田家でやっているゲストハウスにローズマリーが住むことに決まった。しかしからあげ屋をブンドル団がおそったのと前後して、ローズマリーは置手紙を残して和実ゆいのもとを去る……


前回につづいて平林佐和子シリーズ構成の脚本。演出の南川達馬はスタジオぴえろ出身で、『炎炎ノ消防隊 弐ノ章』の監督などをしていた。前作でも何話か処理的な演出を担当していたが、コンテまでふくめた演出は東映では初めてのはず。


今回を見て、スタッフは手持ちの安い材料で全力をつくしたのだと思えた。もっと広く深く目配りした作品をつくることもできるだろうが、そのためにはいったん根幹から多くを変えなければなるまい。だから今できるかぎり思考錯誤してこのような作品になったのだと納得した。
まず、大人として子供を戦いにまきこませまいとするローズマリーが、このようなガールズアクションアニメでは案外と珍しい。過去作において大人はその世界ごと壊滅させられてプリキュアにたよるしかなかったり、プリキュアより弱い存在として別行動するしかないという設定が多かった。
そうした大人の無責任さにむきあうように、近年は『スター☆トゥインクルプリキュア』のプリンセスなどで、味方側の中心人物が大儀を優先して子供に痛みをしいる残酷さをむきだしにする描写も出てきた*1。今作もプリキュアの存在を無邪気すぎるほど喜ぶ王はそれに近い。
しかしローズマリーは能力が発揮できない状態でも、言葉と行動をつくして和実を守ろうとする。そして子供の選択と決断を認め、それでも大人として可能なかぎり守って助ける。さまざまな立場を超えてパートナーとして協力するキュアプレシャスとローズマリーの魅力は比類ない。今回くらいの絵と話のクオリティをたもてるのなら、このまま1クールくらい他のプリキュアを出さずにコンビで戦う姿を見たいと思うほどだった。


開始前から懸念していたローズマリーのマジカルゲイ的な役割だが*2、この展開ならば必然的な次善なのだとも感じられた。
ボーイズラブではない若い女性向けのライトなエロス作品、ティーンズラブというジャンルがある。非ボーイズラブである以上、基本的にはシスヘテロな描写が多いのだが、いわゆるオネエキャラと女性がパートナーになる作品群もある。

あえて厳しい表現をするなら、セクシャルマイノリティへの偏見のなかから都合のいい部分を誇張してパートナーに設定しているわけで、どれだけ作品内に留意があったとしても差別的という評価はまぬがれないかもしれない。
しかし少女と大人がタッグを組む作品では、大人を異性愛の男性に設定すると、しばしば物語の進展にしたがって恋愛をにおわせがち。そのだらしなさが初期のファンから嫌悪されることもある。

そこでローズマリー異性愛者らしからぬ男性に設定したのであれば、それはそれでセクシャルマイノリティの都合よい利用かもしれないが、一線を守るための作品フォーマットとして次善の策だとは思える。大人と子供を性愛的なパートナーにはしないだろう児童向け作品だから、ラブストーリーを進展させるためセクシャリティを都合よく捨てるような展開にもならないだろう。


アクションアニメとしても、キュアプレシャスの猪突猛進なパワーぶりを弱体化させず、それを自滅させるように敵が攻撃手段を選んだことに感心。キャラクターの魅力を守りつつ、ローズマリーと協力することに説得力が生まれる。
そこからフィールドの地形を利用して戦うローズマリーのクレバーさも光る。巨岩を動かして超人的なパワーはまだあることを示しつつ、敵の攻撃による爆煙で視界がきかなくなることを逆用して、きちんと協力して頭をつかったバトルになっていた。プリキュア側が壊しても問題ない特殊なフィールドという設定の活用でもある。
思えば料理の味をうばう*3ように敵がおそってくるコンセプトである以上、飲食店やその近くでバトルをはじめると人的犠牲や衛生面で問題があるビジュアルになりかねない。さらに飲食店らしい緻密な背景美術を話ごとに新たに描くことになれば、スタッフの負担もはねあがる。いつも同じフィールドに移行するフォーマットもまた、この作品のコンセプトにおいては必然的な次善の策だ。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:hokke-ookami.hatenablog.com

*3:「まずい」という台詞をいっさいつかわないのは、配慮もあるだろうが、味覚が消える新型コロナの症状を意識しているようにも思える。アニメ雑誌のスタッフインタビューでも、あえて「シェア」をモチーフに選んだのは新型コロナ禍における飲食文化の退潮への抵抗のように語られていた。