(ネット)署名という仕組みに否を突き付けている人が多くて困惑している - 発声練習
今の日本における個人認証の仕組みからすれば、ネット署名や署名で「本人確認をするのが当たり前」と主張する意見に賛同できない。この意見は事実上、ネット署名や署名を封じる意見である。そして、ネット署名や署名を行うのが多くの場合に弱い立場の人たちであることから、強い立場の人が弱い立場の人に「黙れ」と言っているのに等しいと考えている。
今回の事例のように成りすましの問題があったり、水増しの問題があったりする。ネット署名の大手Change.orgでも成りすまし問題には対応できていない。
上記エントリのように署名の本人確認の難しさを指摘するid:next49氏に対して、はてなブックマークでのid:greenT氏によるコメントが目に止まった。
[B! ネット] (ネット)署名という仕組みに否を突き付けている人が多くて困惑している - 発声練習
そうだよ。Change.orgも批判してた。愛知のリコール水増しを問題視している人間はこっちのが仕組み的に歯止めが効かないことを問題視すべき
以前からgreenT氏はChange.orgという署名プラットフォームのありようも批判しており*1、それについては一貫性があるし一定の妥当性もある。
しかし、愛知県知事リコールの不正と比べて「仕組み的に歯止めが効かない」という観点から一般の署名活動を問題視するべきという意見には賛同できない。
不正への対策が足りなかったのか、不正を積極的におこなったのか、という運営の立場の違いだけではない*2。
リコール活動で不正が確定した時、それを軽く考えているような反応を見て書いたことだが、そもそもリコールは一般的な署名とは重みがまったく異なる。
愛知県知事リコールは、選挙管理委員会が調べた範囲で8割以上の不正が見つかったとのこと - 法華狼の日記
リコールという制度の重みが、街頭やインターネットの署名活動くらいのイメージをもたれているのかもしれない。
思えば「署名」という言葉の一般的なイメージや、「リコール」のようなカタカナ語には、軽い印象がないではない。支持を受けて選挙で当選した政治家をやめさせる重みは、ある意味では選挙よりも厳密さが求められる。
選挙の投票と同じくらい本人確認を厳密にしなければ署名活動するべきではない、という主張に改変すれば要求の理不尽さが理解しやすいだろうか。
あくまで署名活動は言論や表現の一種であり、その自由は選挙権より広く認められるべきだが、良くも悪くもリコールや選挙ほどの強制力はもちえない。
公文書偽造に追いこまれ自殺した事件の究明をもとめて、Change.orgで35万以上の署名を集めながら、国側が裁判を認諾して終わらせた非道も記憶に新しい。
自死職員の妻、首相へ署名35万筆提出 森友問題再調査:朝日新聞デジタル
署名は35万2659筆で、インターネットサイトで3月下旬から集めたもの。雅子さんから安倍首相へのメッセージも添えられ、「財務省、近畿財務局で何が行われ、どのようにして夫が改ざんすることになったのか。改ざんを招いた土地取引に問題はなかったのか。こんなことが二度と起きないためにも、夫の死が無駄にならないためにも、私は真実が知りたいです」と訴えた。
森友公文書改ざん巡る国賠訴訟 国側が赤木さん側の請求を認めて終結:朝日新聞デジタル
約1億700万円の損害賠償を求めた雅子さん側の請求を「認諾する」と伝えた。認諾は、被告が原告の請求を認めるもので、裁判所の調書に記載されると、確定判決と同じ効力を持つ。
雅子さん側は訴訟で、佐川氏や当時の理財局幹部らを証人請求する方針だったが、それもできなくなった。国が真相解明の機会を閉ざした形だ。
たしかにWEB署名は街頭署名などと比べても偽名で手軽におこなえるので、愉快犯などが不正をしやすい環境にあるのかもしれない。
しかし署名偽造のリスクをおかしてえられるリターンも、リコールと違って最初から期待できないのだ。
不正署名の標的となったオープンレターは、それが発覚する以前にも「青識亜論(せいしき・あろん)@BlauerSeelowe」氏という人物が賛同以外の目的を公言して署名していた*3。
私は断じて賛成しません。
— ザ・ペーパー (@paper7802) 2021年4月4日
なぜなら、フェミニストがブロックの内でやってきた同一の行為や、何より「ミソジニー」「差別的」「環境型セクハラに近い」というような誹謗中傷への反省が全くないからです。
それを象徴するようにタイトルが示すのは「女性差別」のみ。
一方的に殴りたいだけの人達だ。 https://t.co/wlIGaEcYrK
私は断じて賛成しません。なぜなら、フェミニストがブロックの内でやってきた同一の行為や、何より「ミソジニー」「差別的」「環境型セクハラに近い」というような誹謗中傷への反省が全くないからです。
それを象徴するようにタイトルが示すのは「女性差別」のみ。
一方的に殴りたいだけの人達だ。
ヒント:ブーメラン
— 青識亜論(せいしき・あろん) (@BlauerSeelowe) 2021年4月4日
ヒント:ブーメラン
これこそが、善意への信頼と期待で成立していた言論や表現の自由を不正署名が毀損する一例といっていいだろう。
たとえば自由なイラスト公開プラットフォームを、漫画不正公開サイトのように大多数のユーザーが利用したとしよう。そこで運営は責任を問われるとしても*4、そこで自由な場を荒らしたのは不正な画像を投稿したユーザーだろう。そしてプラットフォームはおそらく本人確認を厳密化していき、場の自由度は制約されていく*5。
ちなみに「青識亜論(せいしき・あろん)@BlauerSeelowe」氏はChange.orgでWEB署名をつのったことがあり*6、7万以上になったことを報告して感謝していた。
キャンペーン · 全国フェミニスト議員連盟宛抗議と公開質問状 · Change.org
署名が7万筆達成しました。感謝申し上げます。
しかしnext49氏の指摘を引用したようにChange.orgは水増しに対応できていない。あらためて7万以上の本人確認をおこなうことは現実的ではあるまい。
本人確認が難しいWEB署名の信頼性を壊すことは、「青識亜論(せいしき・あろん)@BlauerSeelowe」氏自身の活動を数字として無効化するふるまいでもあるのだ。
逆にオープンレターが厳密な本人確認をやりなおすなら、そうしただけ今以上の強制力が発揮されるだろうし、それが期待されるかもしれない。表現は重みが生まれただけ、社会への影響も重くなるものだ。
もちろん一般的にオープンレターひとつに呼びかけ以上の強制力はなく、今回も全体への呼びかけだった以上、信頼性が強まったり署名者の結束が高まったりしても、リコールほどの強制力が生まれるはずもない。
しかし思えば、一個人の進退を左右した強制力があるかのような陰謀論が流布され*7、大学を過剰反応させないようオープンレターが配慮するべきだったという不当な批判もされている*8。
本当にオープンレターにリコールのような強制力があると認識しているならば、厳重な本人確認をもとめることも当然なのかもしれない。その場合は、前提の認識が誤っているわけだが。
*1:「本当チェンジオーグどうしようもない」 [B! 差別] キャンペーン · 「関西生コン事件」を報道して、関係があると思われる国会議員を執拗に追究してください! · Change.org 私の知る類例として、映画『アンブロークン』の公開をめぐるふたつの署名がある。 『不屈の男 アンブロークン』 - 法華狼の日記
*2:なお、greenT氏の場合はリコールの運営を愛知県選管と解釈しているのかもしれない。その場合、オープンレターは募集と運営が同一だが、リコールは募集と運営がわかれているので、どちらも不正署名をうけとった側を運営として比較することはできる。
*3:オープンレターが愉快犯のような不正攻撃を受け、その不当性をとがめる意見が当時あまり見られなかった証拠でもある。他にネットスラングの所属を名のる不正署名がすりぬけ、すぐ削除されたこともあった。[B! ネット] 国際信州学院大学 on Twitter: "オープンレターの賛同者に本学の社会学部生を名乗る人物が記名されていた件についてですが、 本学に社会学部は存在しませんので第三者による大学名の無断使用と思われます。(本学にあるのは国際コミュニケーション学部等4学部のみです。) 既に… https://t.co/jZxejBO4MR"
*4:ちなみに画像を無断で現代アーティスト集団がコラージュした問題において、Pixiv運営は深い関係を否定しつつ、「権利者と発信者との間で事実関係を確認した上で対応するというスタンス」だったため「迅速な処置を行うことが難しい状態」だったと釈明していた。pixivが一連の騒動を釈明 「創作活動が快適に行える場でありたいという基本に立ち戻る」 - ITmedia NEWS
*5:ただその制約を全否定したいわけでもない。YOUTUBEやニコニコ動画やビリビリ動画やクランチロールのように、不正投稿がメインだったプラットフォームが健全化していくことは現実にもあり、一定の制約がプラットフォームを育てて全体として自由を広げることもある。
*6:この署名は運営側の問題が別個にも存在していたが、とりあえず以前のエントリひとつを紹介するだけにする。 Vtuber関係で露呈した統一協会への危機感のなさが予想外で困っている - 法華狼の日記
*7:id:hokusyu氏がアゴラ記事の不正確な時系列把握を指摘している。「北村氏が呉座氏と和解したのは七月のことであり、オープンレターが発表されたときはまだ和解は成立していない。三月に呉座氏の謝罪があったのだから和解したのだろうと考えることこそ浅はかな思い込みなのである。」 いわゆる「ボーイズクラブ」問題に寄せて - 過ぎ去ろうとしない過去
*8:不当性については弁護士のid:miurayoshitaka氏の見解を引いておく。一応、「に近いと思う」「どっちに転んでも筋違いにしかならない気もする」と表現はやわらげているが。 ystk on Twitter: "(④続き)なので呉座氏が提起した地位確認(解職無効)訴訟については、知り得る材料から判断する限り呉座氏の勝ち筋ではないかと思う。勤務先が過剰反応して解雇に及ぶという事態まで想定してそれが生じないよう配慮すべきだというのでは何の告発もできなくなるし、この点は言いがかりに近いと思う。" ystk on Twitter: "というか考えてみたらこの話は、仮に解職が有効ならそんなに重大なことをしておきながらその重大事を明るみに出した人が悪いというのは筋違いだし、解職が無効なら職場が過剰反応したにすぎないのにそれを織り込んで動けというのは筋違いだし、どっちに転んでも筋違いにしかならない気もする。"