法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『サイコ』

マリオンという女性が、ふとした出来心で職場への支払金を持ち逃げしてしまう。警官の影におびえながら、自動車を飛ばすマリオン。やがて降りだした雨を逃れて一軒のモーテルに立ちよるが……


エドゲイン事件をモチーフとした小説を原作として、1960年に公開されたヒッチコック監督の代表作。「サイコ」という言葉のニュアンスを変え、ホラーサスペンスに新たなジャンルを生みだした。

サイコ [DVD]

サイコ [DVD]

映画は有名な殺害シーンだけが記憶にあるが、原作小説を読んだ記憶も残っていて、真相を知った状態でDVDで再視聴した。


カラーが定着した時代の作品だが、予算の関係もあってモノクロで撮影され、それが結果的に時代を超えた魅力を生みだしている。特に、タイポグラフィを活用したOPのスタイリッシュさはモノクロならでは。
ビル街を映しながらひとつの窓にクローズアップしていくカメラワークも見事。続いて、わかりやすい男女のサービスシーンで状況を説明し、すぐ女性の小さな悪事が始まる展開もテンポがいい。自動車を運転するマリオンに、マリオンの犯罪を語る職場の会話が想像でかぶさる演出も、情報量の密度を高めつつシャレている。今となっては牧歌的に感じがちなヒッチコック演出だが、この作品は逃亡サスペンスを前半に凝縮しているおかげで、緊張感がとぎれない。
逆に、転換点となる殺害シーンは何度となくパロディされてきたため*1、今となってはナイフをふるう腕の動きの遅さなどが気にかかる。構図やカット割りなどは、充分スタイリッシュには感じたが*2。一方、記憶になかった第2の殺害シーンは、かなり手間のかかることをしているため、現代でも同じような描写を滅多に見ず、新鮮味があった。
そして真相は今となっては古典的だが、すべての真実がわかる最後の殺害シーンには滑稽と紙一重の狂気が画面にあふれているし、客観性を喪失した真犯人の独白も不気味で、ジェンダーテーマともどもモダンなドラマとして成立している。ひとつだけ、いきなり出てきた精神科医が異常心理を解説する場面だけは説明的で単調だが、ここで観客が飽きかねないことは、メイキングによると当時のヒッチコック監督も懸念していたという。


いつもの人工的な箱庭感がないため、ヒッチコック作品としては『鳥』*3とならぶ異色作という印象もある。
予告編*4ヒッチコック監督がモーテルを歩いて紹介する趣向のように、主要な舞台となるモーテルはテーマとあいまって箱庭感もあるのだが、前半の逃避行が物語世界を広げることに一役買っている。
画面のすべてをコントロールしようとして制作費がかさむ手法が映画会社に嫌われたヒッチコック監督。それゆえ資金を自分で集めて、いつもと少し違う作風を選んだ*5ことで時代を超えた傑作が完成したという奇跡。

*1:アニメ『星のカービィ』『さよなら絶望先生』等。

*2:絵コンテはOPと同じソール・バスが担当。DVDに特典映像としてコンテとの比較が収録されていた。

*3:『鳥』 - 法華狼の日記

*4:DVDに収録されていたので、初視聴した。

*5:もっとも、マリオンが自動車を止めて警官から逃れる場面のように、屋外の描写でもいつものようにスタジオ撮影を多用しているという。